修羅般若
2027年(令和9年)4月19日【太陽系第5惑星『木星』大赤斑直上3700Kmの静止軌道 JAXA木星探査船『おとひめ』】
全長2Kmに及ぶマルス・アカデミー製オウムアムル型母艦内に在る、大規模商業施設のフードコートと見間違えそうな程広大な『おとひめ』食堂フロアー片隅で琴乃羽美鶴が食事トレイを持ったままプルプルと震えながら立ち尽くしていた。
「琴乃羽さん、大丈夫ですか?あまり無理はいけませんよ」
琴乃羽美鶴を気遣う船長代理のイワフネ。
「美鶴姉さま、どうなされたのですか?またポテチの食べ過ぎですか?」「食欲がないならウチラで食べるっしょ!」
心配する天草華子と食い気が勝る名取優美子が琴乃羽の向かいの席に座る。
ようやく席に座った琴乃羽が俯きながらポツリと呟く。
「……黄将の餃子が食べたい」
「はぇっ!?」「いやいやピザーロのモントレー一択っしょ!」
想定外の言葉に戸惑う華子と自分の好みを口にする優美子。
「ついでに言うと、ぷりぷり海老と甘辛いチリソースが癖になるエビチリとシャキシャキキャベツと濃厚味付け豚肉の回鍋肉も食べたい!
勿論餃子は2皿!チャーハンは裏メニューの焼き豚チャーハンが至高。反論は認めない!」
キリッとした顔でテーブルに肘をついて手を組むと、黄将メニューへの愛を早口で熱く語り始める琴乃羽美鶴。
そんな琴乃羽の黄将愛にあてられたのか、周辺に座っていた乗組員数名が席を立って中華メニューを買いに行く。
「美鶴姉様、無駄に乗組員の食欲を煽らないでください……火星からの”コウノトリ便補給”までまだ2週間もありますのに」
眉を八の字にして困り顔の華子が琴乃羽に注意する。『おとひめ』船長として食糧備蓄が心配だったのである。
「華子船長。食料備蓄に問題はありません。食材はミツル商事の支援により木星衛星軌道の衛星『イオ』近辺の液体水素帯で合成食材プラントを試験稼働中です。
今日のメニュー『シーフードカレー』は食料プラントで作られた素材を使っているのですよ」
船長代理のイワフネが説明する。
「木星衛星軌道には幾つもの水素やアンモニア・液体金属と水もあるし、生命誕生の可能性が噂されていたっしょ。
実際のところ、大赤斑最深部には沢山木星由来生物が居たわけだし」
イワフネの説明に頷く優美子。
「そう言う事で琴乃羽さん。黄将メニューの件、私にお任せ下さい!」
胸元をドンと叩いて頷くイワフネ船長代理。
「よく分からないけど、素敵っ!」
絶望していた琴乃羽美鶴が目を潤ませて喜ぶ。
「「……大丈夫かなぁ」」
見つめ合う二人を若干引いた感じで見守る天草華子と名取優美子だった。
―――――1時間後【木星探査船『おとひめ』艦橋 指揮・通信ブロック】
広大な艦橋フロアーの一角に在る指揮・通信ブロックで火星日本列島と惑星間通信を行っていたイワフネ船長代理が、後ろで見守っていた琴乃羽や華子と優美子達に振り向くと告げる。
「黄将へ直ぐに予約を入れました!」
爽やかな笑みを浮かべるイワフネ船長代理。
「素敵すぎるイワフネさんっ!一生付いて行きますっ!」
喜色満面の琴乃羽。
「どういたしまして。”8か月後”となる今度のお正月にはおせち料理と一緒に配達してくれるそうですよ」
「……はへぇ?」
にこやかに告げるイワフネに喜色満面だった琴乃羽美鶴の顔がどす黒く変容していく。
「キーッ酷いっ!一生憑いてやるっ!うわーん!」
一修羅般若と化した琴乃羽美鶴が泣きながら艦橋フロアーから駆け出していき、すれ違う搭乗員は突如出現した修羅般若に恐れ慄いて飛び退いている。
「……付いて行くが”憑いて逝く”なんて」「ショックで溶け落ちなかっただけマシっしょ……」
やはりこうなったかと嘆息して呆れる華子と優美子だった。
【木星探査船『おとひめ』居住区】
個室ベッドの上で1体のスライムがプルプルと悲しみにうち震えていた。
「……ううう。ぬか喜びしすぎて凹むわ~」
琴乃羽美鶴は居住区の個室でショックのあまりスライム化してしまっていた。
「この悲しみどうしてくれようか……」
怒りと悲しみを消化しきれない琴乃羽スライムは、窓の外を見る。
衛星軌道上とはいえ地球の34倍ある木星は巨大であり、対流を繰り返す木星の雲海が激流の如く鮮明に見える。
「激流の傍で叫ぶとスッキリするかもしれない……」
ふと思い立った琴乃羽美鶴はスライム状態のまま艦内をぬるりと移動し、マルス・アカデミー・アンドロイドをミルクキャラメルで買収すると、格納庫のアダムスキー型連絡艇で木星大気圏の雲海に向かうのだった。
♰ ♰ ♰
――――――琴乃羽美鶴が修羅般若のちスライムとなった2時間後。
【火星 アルテミュア大陸中央部 ウラニウス山カルデラ盆地 ウラニクス市跡 ユーロピア共和国軍駐屯地】
「隊長!ウラニクス湖の湖底に設置した惑星磁力線センサーが異常検知!」
焼け焦げた大地の片隅に唯一遺された滑走路脇のプレハブ造指揮所の当直隊員が、折り畳み机で書類と睨めっこしていた隊長に報告する。
「データは転送したか?」
「ニューガリア首相府とNEWイワフネハウスに転送完了しています」
隊長に訊かれた当直隊員が答える。
「よし!これからウラニクス湖へ向かい、異常事態が発生していないか調査する!クロエ首相補佐官にも直接連絡しておけ。全員叩き起こせ!」
外人部隊隊長が室内に居た全員に命令すると、当直隊員達はそれぞれの役割を果たす為に指揮所から飛び出していくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・琴乃羽 美鶴 =ミツル商事サブカルチャー部門責任者。元JAXA種子島宇宙センター宇宙文字解析室長。木星原住生物と親しい為、木星探査隊に出向扱い。少し腐っている。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。心的外傷療養目的で木星探査に同行中。
*イラストは、らてぃ様です。
・天草 華子=木星探査船『おとひめ』船長。神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。木星探査船は大月家結婚披露宴のビンゴ大会で1位となった景品で取得していた。心的外傷療養目的で木星探査に同行中。
*イラストは、らてぃ様です。
・イワフネ=マルス人。ミツル商事にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、木星探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。




