会議は回る

２０２７年（令和９年）４月１８日午後５時【旧ロシア沿海州 ウラジオストク北方１５０Ｋｍ ハンカ湖畔】

「五芒の民？」

『マスター。五芒星＝イスラエル連邦の事ですの』

　首を傾げるソフィー大尉にサキモリＡＩのパナ子が説明する。

「巨大ワームの脅威はわかりますが、何故イスラエル連邦が脅威になるのでしょうか？私達からすれば、残存している他の人類統合都市だと思うのですが？」

　率直に訊く高瀬中佐。

「貴官の立場ならその様に考えるのが合理的でしょう。

　……ですが私達は北米大陸で抵抗する術を失った第７都市『フェニックス』が五芒の民による隕石爆弾で潰滅する様を見たものですから」

　顔を強張らせた黄少佐が答える。

「第２都市バンデンバーグは黄星様方によって邪悪な指導部が排除された後、ロイド提督と停戦で合意しました。

　ですが、同じ地球連合防衛軍でもフェニックスの様なケースがあることを考えると、安全な場所を求めざるを得ないのです」

　ここまでリヤカーで都市を運んでくれた黄星三姉妹の方を見て頷く黄少佐。

「私はロイド提督の報告を受けた本国から貴方達を救助・支援する為に火星から派遣されて来たのです。どうかご安心頂きたい」

　黄少佐の懸念に応えるソールズベリー。

「では貴方達にお願いする。私達を巨大ワームから守り、第１２都市まで護衛して欲しい」

　黄少佐が軽く頭を下げる。

「早速火星本国に報告して正式な承諾を得ましょう。

　クリス。火星ダウニングタウンに至急電文。『タウン発見』』

　ソールズベリーがマルス・メイド・アンドロイドのクリスに指示する。

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――――――同日午後８時【火星日本列島 神奈川県横浜市中区 台湾国 中華街餅朕楼(ペイチンロウ)】

　ソールズベリーから報告を受けた英国連邦極東のケビン首相は、直ちにＭＣＤＡ(火星通商防衛協定)緊急首脳会議の開催を事務局が在る台湾国に要請した。

　フカヒレスープが有名な老舗料理店が誇る回転テーブル付座卓を各国首脳が囲んで着座している。

「お集まりの各国首脳の皆さん。私英国連邦極東首相ケビンは、地球極東地区でシャドウ・マルスの生き残りとされている人類統合第２都市『バンデンバーグ』の保護を要請します」

　出来立ての溶き卵とコーンの中華スープがテーブルに運ばれて皆が唾を呑み込む中、ケビン首相が宣言する。

　首脳会議では、イスラエル連邦と今後どの様に対応するかで議論が行われた。

「イスラエル連邦の傍若無人な振る舞いは地球人類の今後に悪影響を与えかねない。少なくとも連邦政府首相のニタニエフは排除すべきでしょう」

　ユーロピア共和国ジャンヌ首相が主張する。

「ほほほ。過激ですな。混沌とした状況では誰かが先頭に立って最善へ行かなければなりません。彼らの行動は商人視点では合理的ですよ。ほほほ」

　熱々の麻婆豆腐を忙しなく口へ運びながら台湾国代表の王がイスラエル連邦の行動に理解を示す。

「イスラエル連邦は別に人類滅亡を目指している訳ではありません。

　ユダヤ民族による世界の主導権を握る事が目的です。見方によっては合理的効率的に時間と資源を使おうとしている。

　一方、ＭＣＤＡ(火星通商防衛協定)は集団指導態勢による民主的な地球復興を目指している。自由度は高いが、資源や時間の浪費がされる可能性は高いでしょう」

　よく煮込まれたフカヒレスープを少しずつ味わいながら、岩崎首相が指摘する。

「……地球人類の人口が激減している中、人類内輪の対立はナンセンス極まりないわ」

　早くもデザートの杏仁豆腐に突入したマルス・アカデミー駐在代表の美衣子がココナッツミルクの味に恍惚となりながらも指摘する。

「……まあ、議論するけれどもみんな美味しくテーブルを囲んでいるからいいのかな？」

　料理に舌鼓を打ちながらも、議論が行き交う空間に複雑な感傷を抱く満。

「あらあら、あなた。あんな所にエビチリがっ！」

　エビマヨを堪能していたひかりが満の向こう側に座るジャンヌ首相のテーブルに視線を投げかける。

「あら？ひかり。ニューガリア西海岸産のエビチリが欲しいのかしら？

　このエビチリは高いわよ……そうね。ウラニクス湖一帯の緑化農場化をお願いしようかしら」

　フフッと微笑んで商談を吹っ掛けるジャンヌ首相。

「喜んで承ります！いいわねあなた？」

　即答するひかりが電光石火の如くエビチリの載ったテーブルをグルンとこちら側に回すと、エビチリを小皿に掬いながら満に事後報告をする。

「……マジでいいの？」「ええっ！もう決まっちゃったの？」

　キョトンとするジャンヌ首相と驚く満。

「では、そう言う事で……」

　ジャンヌ首相の背後に控えて居た姉のクロエ・シモン首相補佐官がスッと進み出るとウラニクス湖緑化計画の調印文書をひかりと満に差し出す。

「うまぁ！ふんふん～」「……いいのかなぁ」

「美味しい話にまとまって良かったわ！」

　エビチリを堪能しつつ上機嫌で調印文書に署名するひかりと展開についていけずに困惑する満。

　サインを終えたジャンヌがテーブルをグルンと回して再びエビチリ皿を取り戻すが、満はエビチリを取り分けることが出来なかった。

「では、第２都市を保護する事でよろしいですね？ほほほ」

　議事進行を兼務する台湾国王代表が参加者に確認する。

　各国首脳全員が頷くが、視線は各々の取り皿の料理に移っている。

　こうして緊急ＭＣＤＡサミットの共同宣言では人類統合第２都市『バンデンバーグ』の保護を日本国自衛隊第７師団が人道支援任務として担う事が決定された。

　しかしながら、護衛を担う日本国自衛隊への補給をどの様に実施するかについて妙案は出なかった為、当面は日本マルス交通が保有するマルス・アカデミー・シャトルを補給船としてチャーターする事が決定されるのだった。

　ＭＣＤＡ各国首脳が美衣子に提示した対価は、餅朕楼(ペイチンロウ)無料飲食利用３年分だった。

「……そこはもうちょっと交渉しようよ」

　目先の食べ物に目が無い美衣子にため息をつく満だった。

　満の傍に居た美衣子はＭＣＤＡ首脳と密かにハンドサインを用いて交渉をしていたのだが、エビチリが残り少なくなり、テーブルが回転してくる順番を待ち焦がれていた満は、ハンドサインで行われていた交渉に気付くことが出来なかった。

　ちなみにひかりと結、瑠奈は先程から始まった蒸かしたて点心の店頭販売に夢中で席を外している。

　尚、爬虫類人類（レプティリアン）である美衣子の指は三本指であり、どんなに頑張っても片手で出せる最大数は３であった。