牡丹江へ
2027年(令和9年)4月18日午前9時【地球極東地区 旧ロシア沿海州 ナホトカ郊外 陸上自衛隊第7師団司令部】
ナホトカ市中心部から北西4Kmの高台に在る別荘地に仮設した師団司令部で鷹匠准将が救助対象者の捜索状況について報告を受けていた。
師団司令部は簡易プレハブ造りだが、放射能を含んだ火山灰や塵などの外気が入らない様、建物の気圧は病院手術室や集中治療室(ICU)と同様に気圧が高く設定されている。
建物入口の除染シャワーで化学防護衣とガスマスクを念入りに洗浄した後、ようやく入室が許可された機械化歩兵部隊隊長が鷹匠に報告する。
「一昼夜かけてナホトカ市街地の建物を1つずつ確認いたしましたが、生存者や遺体は発見出来ませんでした」
「ご苦労だった。捜索部隊は輸送艦に戻って休憩してくれ」
機械化歩兵部隊隊長を労う鷹匠。
「発見が間に合わなかったのか、それとも……」
隊長が司令部を出ていった後、一人思案して呟く鷹匠准将。遺体は巨大ワームに喰われたのであろうが。
「救助対象が移動したということはありませんでしょうか?」
鷹匠の呟きに応える作戦参謀。
「ナホトカ市街地の外は荒れ果てた山地と荒野だ。生身の人間がジプシーの様にキャンプ生活で長距離を移動して生存出来る場所ではありません」
作戦参謀の言葉に反応した情報参謀がタブレット端末に付近の地図を表示して答える。
「では、やはりイスラエル連邦の情報は……」
情報参謀が友軍を疑う禁句を言いかけたが、鷹匠の視線を感じて口をつぐむ。
「情報参謀の考えはもっともだ。だが、何故イスラエル連邦軍の電子哨戒機が日本海北部まで飛ぶ必要が有るのか?最初から何かを探していたのではないか?」
疑念を口にする鷹匠。
「そう言えば、先日ハバロフスク南方にイスラエル連邦軍がデブリ投射システムを使用したとの報告がありました。試射だとのことですが……」
情報参謀が鷹匠准将のタブレット端末にデータを転送する。
「我が師団の後方に敵性勢力が居たのなら、デブリ投射警告があってもおかしくないのだが……」
首を捻る鷹匠。
「イスラエル連邦にとっては敵だが、我々にとっては敵ではない?という勢力が存在するとは聞いた事がありません」
情報参謀も首を捻る。
「現在のニタニエフ首相率いるイスラエル連邦は未だ地球連合防衛条約から離脱したままです。これ以上の細かい情報連携は期待出来ないかと」
作戦参謀が指摘する。
「……いずれにしろ、誰が救難信号を発信したのか疑問が残る。
それを突き止めるためにも、我が師団はイスラエル連邦軍の情報を元に次の捜索・救助ポイントである牡丹江へ向かうべきだろう」
牡丹江への進出を決める鷹匠。
情報参謀と作戦参謀が鷹匠に頷いた所で司令部に警戒態勢発令を知らせるブザーが鳴り響く。
「師団長!警備部隊がナホトカ市街東側に巨大ワームを発見!」
通信士が鷹匠に報告する。
「師団の背後が取られます!空中巡洋艦戦隊を反転させましょう」
作戦参謀が進言する。
「慌てて反転する必要はない。我が師団は空中艦隊に搭乗すれば道が途絶えた場所でも移動出来る。補給物資も輸送艦隊が随伴しているから当面は問題ない。
背後を取られた所で後方からの補給も増援もおそらく来ない。
心配するだけ無駄だというものだ」
情報参謀を宥める鷹匠准将。
「だが、背後をうろちょろされるのは癪だな。
作戦参謀。待機中のパワードスーツを投入しろ。
WB中隊はパワードスーツの援護に当たれ!『利根』の修理が終わるまで踏みとどまるんだ!」
「『利根』の応急修理が終わり次第、ナホトカを離れる。師団司令部は撤収準備に入れ!
利根と護衛の巡洋艦はエリア・千歳へ帰投せよ。本隊は既定方針通り、牡丹江へ進出する」
鷹匠が司令部の全員に指示を出す。
† † †
【旧ロシア連邦沿海州『ナホトカ』 市街西地区アメリカーナ通】
荒廃したナホトカ市街地東側通りを数体の巨大ワームが身体をくねらせながら進み、時折進路上の建物を巨体で弾き飛ばしながら、西側幹線道路入口でバリケードを作る90式戦車の隊列に迫る。
「この先には修理中の『利根』が居るんだ!絶対にここを通すな!」
90式戦車小隊を指揮する中尉がインカムで指揮下の各車を激励する。
90式戦車の背後には、ワーム弾でエンジンを破壊された空中巡洋艦『利根』が着陸して応急修理中だった。結局エリア・千歳に自力で帰還出来なかったのである。
「……くっ!このミミズめちょこまかと!狙いが定まらん!」
悪態をつく砲術士。
90式戦車が120mm滑空砲の照準を苦心して合わせる間に至近距離まで巨大ワームが迫り、大口を開けて戦車ごと吸い込もうとする。
『お待たせ!パワードスーツ隊参上よ』
90式戦車のバリケード横から50mmガトリングガンを連射しながらソフィー大尉の乗るパワードスーツ『サキモリ』が大口を開けた巨大ワームを横から撃ち倒す。
90式戦車を丸ごと呑み込まんとうねうね迫っていた巨大ワームは、横殴りの銃弾に巨体を細切れの肉塊に変えられて地面にぼとぼと崩れ落ちていく。
「ふぅ~。お肉屋さんよりも働いたわね私」
自身への皮肉を口にするソフィー大尉。
90式戦車小隊が作るバリケード前に出たサキモリが更なる巨大ワーム襲来に備えてガトリングガンを通りへ向けて構える。
『サキモリパイロットへ。こちら第7師団第8戦車小隊。貴官の奮戦に感謝する』
ソフィーに礼を伝える90式戦車小隊隊長。
「どういたしまして!通りの先まで巨大ワーム反応は無いわ」
ソフィー大尉が応える。
『大尉。ご苦労だった。師団司令部から牡丹江への先行偵察任務が下された。行くぞ!』
上空を警戒飛行している21型パワードスーツから高瀬中佐がソフィー大尉に呼び掛ける。
「ラジャ。次はジャパニーズ・クノイチね!戦車の皆さんまたね!生存と健闘を祈るわ」
ソフィー大尉が張り切って高瀬に応え、戦車小隊を激励すると上昇して高瀬のパワードスーツに合流する。
『相変わらずアニメの影響を受けやすい子ですの』
ナホトカ上陸後の待機時間中、取り溜めしていた深夜テレビアニメ"スパイ・ファミリー"にのめり込んでいたソフィー大尉を知るAIパナ子は電子空間でそっと溜め息をつくのだった。
『一緒にソフィー大尉のデータベースをガン見していたとは言いづらいね……』
高瀬中佐のパワードスーツを制御するAIケンは心の中でそっとパナ子に相槌を打つのだった。
優秀なAIは搭乗者と同僚AIに多少の配慮が必要になるかも知れない。
ソフィーと高瀬が操るパワードスーツは幹線道路沿い上空を西へ飛行していくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソフィー・マクドネル=パワードスーツ『サキモリ』パイロット。ユニオンシティ防衛軍大尉。日本国自衛隊 第零特殊機動団に出向中。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・パナ子=パワードスーツ『サキモリ』機体制御システム担当人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・高瀬 翼=日本国自衛隊 統合幕僚監部所属 第零特殊機動団長。階級は中佐。乗機は菱友重工が開発した21型パワードスーツ(H21-PS)。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・ケン=21型パワードスーツに装備された機体制御AI。
公益財団法人 理化学研究所(理研)が開発した人工知能で、美衣子達三姉妹がセッティングしたお見合いでパナ子とゴールインした。天体観測を生かした遠距離射撃が得意。
*イラストは、しっぽ様です。
・鷹匠=陸上自衛隊第7師団師団長。准将。




