ユジュニ375【後編】
2027年(令和9年)4月上旬【秘密軍事都市『ユジュニ375』地下 ハドロン加速器環状トンネル】
秘密軍事都市の地下深く設置されたハドロン加速器トンネルに辿り着いた黄星三姉妹は昆虫型巨大生物群に囲まれていた。
「地下にはお宝が沢山の筈なのに、モンスターハウスに来てしまった件について!でござるだぞっ!」
体長3メートル程の甲虫が2本脚で立ち上がると、顎をギチギチと鳴らしながら黄星輝美に襲いかかる。
ひゃうっ!と慌てて貨物列車リヤカーに退避する輝美の口調は崩れ気味だ。
「あらあら、こんなモノまで育ててどうするのでしょうか~?」
首を傾げながら、体当たりしてきた4メートル程ある芋虫の巨体をエイヤっ!と正拳突きで貫く守美。
「違うのだぞっ!と。永久凍土で眠っていた火星隕石の微生物が、此処の核施設と細菌施設から漏れだした諸々を取り込んで勝手に育ったのだぞっ!と」
不可視をも見抜く瞳を輝かせて解説しつつ飛来する2メートル超のサソリモドキを手刀で切り裂く舞。
「むーん。先ずは此処のモンスターを倒したら直ぐに資材集めをするのだぞっ!と」
舞が方針を決める。
「でもこのモンスターはキリがないのですぅ~」
うんざりしながら正拳で芋虫を貫き続ける守美が指摘する。
「んじゃ、列車でGOだぞっ!」
輝美が貨物リヤカー最後尾まで戻ると、後ろから貨物リヤカーを押して、ハドロン加速器の環状トンネルを高速でぐるぐる走らせ始める。
貨物リヤカー先頭では正拳突きや手刀を構えた舞や守美が貨物リヤカーに迫りくるモンスターを弾き飛ばしたり貫き倒していく。
それでも立ち塞がる昆虫群を貨物リヤカーが何重にも轢いてミンチにしていく。
1時間程で環状トンネルに巣食うモンスターを排除した三姉妹は地上施設へ向かうのだった。
旧ロシア極東管区最大の都市ハバロフスクから200Km南に位置するこの都市は、西側を優越する軍事能力を獲得すべく様々な研究開発・実験を行う目的で1940年代後半に建設された秘密軍事都市である。
この都市は便宜上『ユジュニ375』と呼称されているが、ソヴィエト共産党指導者ヨシフ・スターリン書記長の意向で公式地図に一切記載されず、集められた科学者、技術者とその家族からなる20万人余の都市住民は二度と都市外に出る事が許されなかった。
ユジュニ375ではハドロン衝突型加速器として地下に総延長21Kmの環状トンネルが設置され、地上には国連が禁止した環境改変技術としての電離圏加熱施設や天然痘由来の新型細菌兵器の菌株を保管する実験施設が在り、新型核兵器の開発も秘密裏に行われていた。
尚、旧米ソ両国の記録からは削除されているが、1960年代にアメリカ空軍U-2高高度偵察機が都市上空まで侵入したものの、防空ミサイルで撃墜されている。
ソヴィエト崩壊後はロシア政府が都市管理を引き継ぎ、核兵器や細菌兵器について細々と研究開発を続けていたが、第三次世界大戦直後のポールシフトで北極圏の永久凍土が融解して地盤が沈降、大変動による海面上昇で半ば水没した所に細菌施設から天然痘由来の致死性細菌兵器が流出、続いて火星原住生物の巨大ワームが襲来した為、モスクワへ退避した僅かな生き残り以外の都市住民は半年足らずで死滅している。
だが、秘密軍事都市を自動的に管理運営していたAIコンピュータは、地下深く設置された原子炉から安定された電力を供給されて健在だった。
真世界大戦において、エリア51”シャドウ・マルス”ダグリウス操るDNAコンピュータに支配された秘密軍事都市AIコンピュータは、命じられるまま都市内に放置されていた資源と生産設備を使って無人戦車とサイボーグ・ワームを大量に生産して北米大陸とユーラシア大陸西部へ送り込んでいた。
その後、人工日本列島タカマガハラの極東着床と共に反撃に転じた地球連合防衛軍の電磁パルス攻撃でユジュニ375都市管理運営AIコンピュータは致命的な回路破壊によって機能停止していた。
――――――その機能停止した秘密軍事都市で、ようやくお目当ての資材集めに奔走する黄星三姉妹の姿があった。
黄星三姉妹で手分けして資材集めをする事となり、輝美は希望通り地下施設でお宝探しを再開すべく駆け込んでいく。
守美は核ミサイル弾頭を仕入れる為に発射サイロへと向かう。三姉妹が想定する最悪のケースでは核分裂が必要なのだ。
舞は地上施設の中でも通信施設で使える機器があれば都市へ持ち帰りたかった。これから第12都市とコンタクトを取る為には、通信チャンネルは多い方がいいのだ。
「……んんん?何だこれ」
秘密軍事都市の中でも目立つ施設の一つである巨大パラボラアンテナの下に、真新しい西側で良く使われていた装甲戦闘車が1台停まっていた。
生体電気シールドを最小限にしつつ、赤外線センサーに探知されないように体温調節を冷凍庫並に下げると装甲戦闘車に近づく舞。
用心して近づいたものの装甲戦闘車のエンジンは停止しており、内部で機器が作動している様子もない。装甲戦闘車側面に発煙筒に見せ掛けた誘導ビーコンを見付けた舞がくしゃくしゃと丸めて林の方へ方へ投げ捨てる。
ようやく後部ハッチを開くと中は無人だった。搭乗員はパラボラアンテナ関連施設に移動したのだろう。
廃墟と化した巨大パラボラアンテナの制御室に舞が足を踏み入れると、制御卓傍にごく最近脱ぎ捨てたように見える化学防護服が折り重なるように放置されていた。
「うわ~どろどろしてる……」
舞が一着の化学防護服を摘みあげると、完全密封型の防護服の中に溜まった液体がぶよんぶよんと手足の部分を膨らませて揺れている。
防護マスクの部分からは中身の液体がボトボトと漏れ出して零れ落ち、腐敗臭が制御室内に拡がる。
「……身体が維持できなかったのか」
腐敗臭に顔を顰める事無く、憐れみを持って嘆息する舞。
どうやらヒト体型維持に不可欠な薬品類が枯渇したのだろう。
「……だけど、なんでこんな所に?」
不可解な場所にバンデンバーグ住民の同胞たる存在が居た事について推測を試みる舞。
「近場の人類統合都市は第12か第11か。だが彼ら単体で地球人類系の情報を分析出来るのだろうか?」
――――――その時、舞が薄く上空も含めて張り巡らしていた惑星磁力線センサーに反応があった。
「守美!輝美!ステイっ!」
廃墟と化した核ミサイル格納庫を漁っていた守美と輝美に、テレパシーで活動停止を叫ぶ舞。
「ワン!何なんだぞっ!」「キャン!おやつの時間ですかぁ~」
核弾頭を抱えたままピタリと停止して首を傾げる輝美と守美。
「しーっ!”五芒の民”が近づいている!」
注意する舞。
淡い水色の電磁シールドを展開したイスラエル連邦軍F16戦闘攻撃機の編隊が、南から秘密軍事都市上空に接近していた。
「んん~?でもでも舞ちん。あの飛行機に”人”は乗って居ないですよ?」
物陰に隠れながら眼を細めて上空を旋回する戦闘攻撃機を視ていた守美が、無人機だと舞に告げる。
「そんな事はわかっているのだぞっ!と。問題は、どうして”五芒の民”に此処が分かったのか?何を探しに来たのか?と言う事だぞっ!と」
「”五芒の民”は人類の情報に詳しいのだぞっ!当然私達の事もどこかで見つけたのかもだぞっ!」
舞の質問に答える輝美。
「”五芒の民”は何をお探しなのでしょうねぇ~」
首を傾げる守美。
「分からないのだぞっ!と。ここまで集めた分だけでもギリギリ第12都市まで持つのだぞっ!と。そう言う事で、此処は撤収するのだぞっ!と」
守美と輝美にテレパシーで伝えると、地下トンネルに待機させていた大八車貨物列車に戻っていく舞だった。
黄星三姉妹が地下トンネルに接続していた南西部ハンカ湖への連絡水路を使ってユジュニ375から脱出した10分後、人工日本列島『タカマガハラ』から投射された多数のデブリ弾がこの秘密軍事都市全域に落下して地下の大規模ハドロン加速器や核ミサイル基地もろともユジュニ375は完全に破壊された。
上空を旋回していた無人のF16戦闘機編隊は、付近に動くものが無いか慎重に確認した後、タカマガハラへと戻っていくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・黄星 舞=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。美衣子に諭され罪滅ぼし中。元神聖女子学院小等部新任教師。守美の姉的ポジション。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 守美=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。美衣子に諭され罪滅ぼし中。元神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 輝美=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。美衣子に諭され罪滅ぼし中。神聖女子学院小等部6年生に転入していた。舞と守美の妹的存在。
*イラストは、しっぽ様です。




