ユジュニ375【前編】
2027年(令和9年)3月下旬【地球極東地区 人工日本列島『タカマガハラ』エリア・富士 イスラエル連邦政府首相官邸】
「首相閣下。例の都市が見つかりました」
モサード(諜報特務庁)長官がニタニエフ首相に報告する。
「本当か?秘密軍事都市だぞ」
訝しげにニタニエフ首相が尋ねる。
第3次世界大戦前の時点で、モサード諜報能力をもってしてもロシア秘密軍事都市の特定は叶わなかったのだ。
「可能性は高いと思われます。例のクローン人間都市のデータベースに最重要機密として記録が残っておりました」
モサード長官が答える。
大変動でロシア連邦政府が崩壊したために、イスラエル連邦軍が旧ロシア領内で自由に活動した事と、植民地化した人類統合第11都市『成都』のデータベースを活用して地図上に無い都市や施設の特定が進んだのである。
「都市は今もシャドウ・マルスの影響を受けているのか?」
「いいえ首相閣下。昨年の人類反抗作戦序盤の電磁パルス攻撃で沈黙した模様です」
ニタニエフの質問に答えるモサード長官。
「住民は?」
「生存者はいないと思われます。大変動後の激変した環境と都市内の生物兵器研究所で起きたバイオハザード、火星原住生物の襲撃でほぼ死滅したと思われます」
「ふむ。得体のしれない都市など星屑で粉砕してもいいのだが、秘密軍事都市には貴重な軍需物資や秘密兵器があるやも知れん……。
丁度我らにはクローン人間という”開拓者”が居るのだ。彼らを先遣隊として向かわせよう」
「……よろしいのですか?」
ニタニエフの案に疑念を示すモサード長官。
第11都市の住民を都市外で活動させるには、体組織維持に必要な薬品が不可欠だった為に制約が多いのだ。
「構わん……。ただし、人体維持薬品の持続時間は48時間だ。48時間で結果が出なければ調査は打ち切りだ。
日本自衛隊がナホトカから東進中だが、秘密軍事都市の事を知られるのはよろしくない。彼らには人道支援に集中してもらわねばならんからな。
パペット中隊を派遣して上空から監視させろ。いざという時は星屑を落とせ」
「かしこまりました。首相閣下のご命令のままに」
ニタニエフ首相の指示に頷いたモサード長官は、直ちにイスラエル連邦支配下に在る人類統合第11都市『成都』住民からなる開拓偵察部隊を編成してロシア沿海州北端へ派遣する手配に取り掛かるのだった。
♰ ♰ ♰
――――――20時間後【旧ロシア極東 北極圏ハバロフスク地方 秘密軍事都市『ユジュニ375』地下区画】
「何だ此処は!怪物の巣窟じゃないか――――――がはっ!」
絶叫しながら3メートルを超える巨大カマキリに向けてAK-47カラシニコフ自動小銃を乱射する開拓偵察兵だが、奮闘虚しく巨大カマキリの鎌で頭部を切断されて斃れる。
第11都市総督となったイスラエル連邦軍マイケル・バーネット中将から、旧文明遺構に有る古代装置を捜索する名誉ある任務と説明された開拓偵察小隊は秘密軍事都市に派遣された。
だが、秘密軍事都市の地下施設に足を踏み入れた途端、環状トンネルから沸き出した昆虫型巨大生物群の襲撃を受け、地下施設を逃げ続けて20時間が経過していた。
「隊長!殿がやられました!」
通信兵が開拓偵察小隊長に報告する。
「……やむを得ん。一度地上へ戻って増援を要請するしかないだろう」
「地上に置いてきた装甲車の通信機では第11都市(成都)まで通信が届くかどうか……」
隊長の決断に通信兵が指摘する。
「途中の牡丹江に置いてきた支援班が通信を聞けば成都まで連絡が届く。
旧文明だろうが何だろうが、あの空を向いたデカブツが使えれば助けを呼べるかも知れん。いくぞ!」
通信兵に答えた隊長は、行く手に立ちはだかった巨大な芋虫へ向けてRPG7対戦車ロケット弾を撃ち込んで地下通路奥へ噴き飛ばすと、汗で纏わり付く化学防護服に苦労しながら地上施設へ伸びる梯子を昇り始めるのだった。
♰ ♰ ♰
2027年(令和9年)4月上旬【旧ロシア極東 北極圏ハバロフスク地方 秘密軍事都市『ユジュニ375』】
9か月前、人類反攻作戦の電磁パルス攻撃で機能停止した秘密軍事都市に東方から接近する移動都市とそれを”曳く”少女三姉妹の姿があった。
「……やはり、地上施設に生命反応は皆無なのですぅ」
火山灰が振り積もって立ち枯れた針葉樹林の中から遠くに見える傾いた高層アパート群と曇天を向いたまま朽ちた巨大パラボラアンテナを眺めて残念そうな声を上げる黄星守美。
「けれども、こういったゴーストタウンの地下にこそお宝があるんだぞっ!と」
ポジティブな黄星舞。
「それ、どこ情報ですかぁ?」
首を傾げる守美。
「ふーむ。ここの都市施設はかなり旧式だけど、使える素材はまだまだ沢山在るのだぞっ!」
守美の疑念をスルーしつつ、右手を丸め筒の様にして秘密軍事都市中枢部を透視する黄星輝美。
「ですけど、あの都市を汚染している細菌兵器は天然痘由来ですぅ。普通の地球人でさえ免疫のある人が少ないのに、都市の人が感染したらひとたまりもなく絶滅してしまうレベルなのですぅ」
ゴーストタウンから流れてくる風に含まれる放射性物質や細菌を含む微細粒子を生体電気を強化した電磁シールドで弾きながら、黄星守美が眉を顰める。
「それじゃ、都市の人はお休みにして、素材集めは私達だけでやるしかないのだぞっと!」
「分かったのだぞっ!」「かしこまりですぅ~」
黄星舞が行動方針を決め、輝美と守美が頷く。
「あのっ!どうかよろしくお願いします」「無理をなさらず……」
破壊された軍司令部ピラミッド跡地に張られた仮設テントから黄星三姉妹に頭を下げて見送る黄少佐と都市住民達。
黄星三姉妹の力で原子炉の代わりに惑星磁力線を転換エネルギー源とした供給システムで都市全域に薄い電磁シールドを展開、汚染された空気の流入を防いでいる。
放射性物質を含む微粒子レベルの火山灰は都市住民達にとって生命の危機である為、これ以上秘密軍事都市に近付く事が出来なかった。
黄少佐を始めとした都市住民は生体電気を弱電磁シールドとして展開させる能力は今のところ持っていない。
黄星舞は、三姉妹で体組織組成から作り替えた住民ならばいずれ新たな能力が発現すると秘かに確信していたりするが、今はまだ黙っている。
黄星舞が大八車に立ち上がって妹二人に号令すると、輝美と守美は人類統合第2都市『バンデンバーグ』の大八車と連結していた部分を解除、付近の泥炭を疑似金属加工して荷台を作り上げて貨物列車の如く編成すると、20Km先に在る秘密軍事都市へ向けてゴトゴト疾走していくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・黄星 舞=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。美衣子に諭され罪滅ぼし中。元神聖女子学院小等部新任教師。守美の姉的ポジション。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 守美=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。美衣子に諭され罪滅ぼし中。元神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 輝美=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。美衣子に諭され罪滅ぼし中。神聖女子学院小等部6年生に転入していた。舞と守美の妹的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄 浩宇=人類統合第2都市『バンデンバーグ』住民代表。少佐。北米大陸西海岸の戦いで地球連合防衛軍ロイド提督と停戦を結んだ後、黄星三姉妹と行動を共にしている。
・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦首相。




