ワールド・アース・リポート
2027年(令和9年)4月16日深夜【英国連邦極東放送協会(極東BBC)・ユーロピア・チャンネル2(ドゥ) 合同テレビ番組『ワールド・アース・リポート』】
この両国国営放送の合同番組は、地球から火星に避難してきた住民向けに地球の現状を生放送でリポートする内容である。
自分達の故郷や思い出の場所がどうなっているのか誰もが知りたい所だが、今の地球は大変動や二度に渡る真世界大戦の影響で荒廃著しく、民間人が単独で訪問するのは極めて危険である。
故に、里帰りリポートとも言えるこの番組は、火星日本列島に住まう各国国民には好評で深夜時間帯の放送にもかかわらず、高い視聴率を誇る。
この日、陸上自衛隊第7師団に同行取材していたソールズベリーは、荒廃したナホトカ市街地を見下ろす高台に到着していた。
『火星の皆さんこんばんは。私は現在、旧ロシア極東地区有数の港湾都市だったナホトカに到着しています。
此処から170Km西に在る港湾都市ウラジオストクは、第三次世界大戦で米軍の核攻撃を受け完全に破壊されており、今も深刻な放射能汚染が続いています……。
アルテミュア大陸『人類都市ボレアリフ』お住まいのロシア出身の皆様には思い出深い場所でしょうが、同時にショッキングな映像が多数含まれる事を事前にお知らせいたします』
無残に壊滅したベイエリアを背景にソールズベリーがカメラに向かって視聴者に注意を呼び掛けるが、ガスマスクを装着して迷彩色の化学防護服に身を包んだその姿は異様だった。
『このロシア沿海州有数だった港湾都市ナホトカは、核攻撃で壊滅したウラジオストクから流れて来た高濃度放射能雲と、直後に起きた大変動による日本海巨大地震の大津波、朝鮮半島北部白頭山の巨大噴火による火山灰で壊滅的打撃を受けました。
私達取材チームが日本国自衛隊と共に上陸した時点で未だ生存者は確認出来ていません。第三次世界大戦前のナホトカの人口は軍民合わせて約20万人でした……』
ソールズベリーのくぐもった声と震える息づかいがガスマスク越しでも聞こえてくる。
『そして、この地に到着した私達が最初に出会ったものは、想像をはるかに上回るスピードで繁殖していた火星原住生物である巨大ワームでした……』
ソールズベリーを映していた画面が自衛隊統合幕僚監部が提供した動画に切り替わる。
ホワイトピースから撮影したと思われる自衛隊の動画は、日の丸を艦体に塗装したマンスフィールド級空中巡洋艦からなる空中艦隊が地上へ向けて一斉射撃をする場面から始まっていた。
空中巡洋艦両舷に装備された5インチ・レールガン、多目的誘導弾と近接支援火器である20mmバルカン砲の放つ砲弾やミサイルが火山灰に塗れた雪原や海岸へ降り注ぐ。
白と灰色が混じった地上は空中艦隊からの攻撃で土煙が立ち昇り、時折黒い塊が猛烈な速度で打ち上げられてくる。
黒い塊の発生源は、どんよりと暗褐色に濁った港の西側から巨体をイソギンチャクの触手みたいに伸ばした禍々しい赤錆色の鱗に覆われた巨大ワームの群れだった。
『ユーロピア共和国政府で火星原住生物対策チームを率いたロバート・サー・アッテンボロー博士によりますと、大変動以前に火星から地球に飛来した隕石は172個に及び、隕石に含まれていた微生物が放射性廃棄物による海洋汚染や地球温暖化、大変動による劇的な環境変化で活性化・巨大化して現在に至ったと推測しています。
昨年、中東イスラエルのヨルダン川西岸ガザ地区で討伐された巨大ワームのDNAは、4年前に東京の防衛省敷地内や先月東京湾に出現した巨大ワームのものと一致したという事です』
くすんだ赤錆色の巨大ワームがブベッと口から黒いワーム弾を空中に吐き出すと、電磁シールドを突き破って1隻のマンスフィールド級空中巡洋艦の左舷エンジンに命中する。
舷側の垂直ジェットエンジンを破壊された空中巡洋艦が黒煙を上げながら徐々に高度を落として後退していく。
後退していくマンスフィールド級空中巡洋艦と入れ替わる様に2体のパワードスーツが艦隊から発進して急降下すると、巨大ワーム群に至近距離からバルカン砲やミサイルランチャーを撃ち込んで粉砕すると地上スレスレを飛行して離脱していく。
しばらくすると空中艦隊は地上攻撃を再開し、後方のシェフィールド級空中輸送艦から両脇に垂直エンジンを備えたWB21空中戦闘砲台が次々と発進してパワードスーツ2機に先導される形で降下すると地上で蠢く巨大ワームを16連装誘導ミサイルランチャーで次々と攻撃していく。
地上から巨大ワームが排除された段階でシェフィールド級空中輸送艦がナホトカ市街地北側の高台に着陸、陸上自衛隊第7師団の主戦力である10式戦車や90式戦車、89式装甲戦闘車、155mm自走榴弾砲や203mm自走レールガンを次々と降ろす所で動画は終了してソールズベリーを映す画面に戻る。
『火星でこの映像をご覧の皆さん。……人工日本列島『タカマガハラ』の外へ一歩出た北東アジアは、未だ人類が居住するには絶望的だと言わざるを得ません。
—――—――私達に同行している自衛隊衛生将校から放射能汚染が危険レベルに達した為、撮影中止の指示が出ました……私達は一旦船に戻ります。
—――—――地球極東ナホトカから極東BBCのソールズベリーがお伝えいたしました。視聴者の皆様、良い夜を』
強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』を中心とした空中艦隊がナホトカ湾上空を旋回しながら警戒監視する中、仮復旧させた内陸部牡丹江へ通じる幹線道路上を進撃していく陸上自衛隊第7師団の戦車や装甲車の車列を背景に、ソールズベリーはガスマスク越しのくぐもった声でリポートを中断するのだった。




