地球戦線異常あり
【地球極東 人工日本列島『タカマガハラ』エリア・フジ イスラエル連邦首相官邸】
「例の"仕込み"はどうなっている?」
人類統合第12都市『氷城』攻略作戦地図を眺めながらニタニエフ首相がモサード(諜報特務庁)長官に訊く。
「人類統合政府第11都市『成都』のクローン人類を新たな開拓地探索員として牡丹江とナホトカに派遣しています」
ニタニエフ首相と同じ様に作戦地図から視線を外さずに答えるモサード長官。
「新たな開拓地?ふん、タカマガハラから外の場所はドーム都市でない限り、長生き出来んというのに。その様な環境で何処を開拓すると言うのかね?」
自嘲するニタニエフ。
「首相閣下。開拓とは何もない所を切り開いて興すものだと私は認識しております……」
殊勝な態度で応えるモサード長官。
「あっははは!失礼。そうだな、その通りだ長官」
手を叩いて大笑いするニタニエフ。
「どのようなモノを開拓するのか、期待しようじゃないか」
作戦地図から顔を上げると首相執務室の外に広がる人工富士山麓に広がるキブツ(イスラエル式集団農場)を眺めて目を細めるニタニエフ首相だった。
† † †
2027年(令和9年)4月16日午前0時30分【人工日本列島『タカマガハラ』エリア・千歳駐屯地】
『遅い時間にすまない。ミスター鷹匠。ニタニエフ首相閣下から人命救助要請が出された。場所は旧ロシア沿海州のナホトカと内陸部牡丹江だ。
3時間前に我が軍の電子哨戒機が日本海北部を飛行中に偶然救難信号を受信したのだ』
状況を説明するモサード長官。
「友軍は出動出来ないのですか?」
『我が軍は現在、不穏な動きを見せている旧中国東北部に巣食う火星原住生物やクローン共に対処するため主力部隊を現地に派遣している。
恥ずかしい事だが、タカマガハラの防衛を考えると複数箇所に対応するだけの戦力が無いのだ』
鷹匠の質問に肩を竦めて答えるモサード長官。
「分かりました。直ちに向かいます」
『感謝する。唯一神ヤハウェイのご加護が自衛隊にあらんことを』
応諾した鷹匠に礼と祈りを奉げるモサード長官だった。
――――――【日本国陸上自衛隊第7師団 司令部】
「作戦参謀。派遣する部隊規模はどのくらいが適切だろうか?」
モサード長官との通話を終えた鷹匠が作戦参謀に訊く。
「旧中国黒竜江省から旧ロシア沿海州地域の情報は大変動前のものしかありません。
イスラエル連邦が旧中国東北部の火星原住生物に大部隊で対処する事を考えると、これから向かう場所も火星原住生物の襲撃があると認識すべきです」
情報参謀が答える。
「情報参謀の認識で人命救助活動を行うならば、短時間で捜索・救助活動を行う必要があります。
少数精鋭の派遣よりも一気に師団ごと移動して仮設拠点を設置、捜索部隊を各地へ派遣した方が早めに救助対象を発見出来ます。
万が一火星原住生物が襲来したとしても、師団規模の火力が有れば不測の事態にも対処可能です」
作戦参謀が鷹匠に答える。
「よし分かった。第7師団全部隊でナホトカへ上陸。上陸後は内陸部牡丹江まで向かう。情報参謀は市ヶ谷の防衛省本省に以下の文面で第1報を打電してくれ。
『我が師団はイスラエル連邦政府の要請により、旧ロシア沿海州地区にて人道支援活動に入る』で頼む」
情報参謀が控えていた隊員に頷くと、隊員は直ぐに隣の指揮所へ走っていく。
慌ただしく動き始めた隊員を見ていた鷹匠は、不意に珍奇な千石船で取材に来たBBC放送取材チームを思い出す。
「……そうだ!彼らにも同行してもらおう。情報参謀、ソールズベリー卿を此処に呼んでくれ。独占スクープのチャンス到来だと伝えてくれ」
ニヤリと笑って英国連邦極東のテレビ局の活用を思いつく鷹匠だった。
† † †
2027年(令和9年)4月16日未明【地球極東地区 日本海北部上空500m ソールズベリー商会『大黒屋丸Ⅱ』】
夜が明けたばかりの曇天を西へ向かって一隻の千石船が進んでいた。
火山灰混じりの大気はエンジン故障や電気系統の過剰負荷を引き起こす為、外気を取り込む内燃機関で造られた航空機の飛行に適さないが、惑星磁力線を動力源とするマルス・アカデミー技術を利用した薄い電磁シールドを船体周囲に展開した千石船は、イオン粒子推進システムを使って大気中の火山灰を弾きながら順調に進んでいる。
前方を行く自衛隊連合空中艦隊も同様の電磁シールドを展開して目的地へ向かっている。
「クリス。私が思うにこれは人命救助にしては少々大袈裟ではないかね?」
ソールズベリーが操舵担当のマルス・メイド・アンドロイドのクリスに尋ねる。
『イエス。マイマスター。少々ドコロデハアリマセン。私ノデータベースニヨルト、昨年ノナスカ攻略作戦ニ匹敵スル規模トナリマス』
千石船を操舵するクリスが答える。
「……そうだよなぁ。思い切り戦争に巻き込まれているようにしか見えないが、これでいいのか日本国?」
日本国航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』を中心に陸上自衛隊第7師団が搭乗するマンスフィールド級空中巡洋艦戦隊、シェフィールド級空中輸送艦が輪形陣を組んだ50隻に及ぶ壮大な連合空中艦隊を眺めて嘆息するソールズベリー。
突然、操舵室天井に備え付けられていた火災報知機の様なベルがジリリリ!とけたたましく鳴り響く。
「ナホトカ湾西側の岬からワーム弾多数接近!」
レーダーを見ていた岬が声を上げる。
「自衛隊空中艦隊カラ発光信号”盾ヲ持テ、我ニ続ケ”」
操舵しながら外を警戒していたクリスが報告する。
「ミス・岬。シールド多重展開です」
ソールズベリーが指示する。
「イエス、マスター。俵2号から6号電磁シールド多重展開!」
岬が制御卓のボタンを次々と押していくと、千石船前甲板に積み上げられた米俵から緑色の淡い光が拡がって千石船をすっぽりと包み込んでいく。
シールドを展開したばかりの千石船のすぐ横を、黒々としたワーム弾がビュッ!と掠めていく。
前方を進む自衛隊空中艦隊もワーム弾が掠める中、其々が電磁シールドを展開して艦体を包みこんでいく。散発的なワーム弾のため、被弾した艦は今のところ無い。
「クリス。火星のケビン首相に電文。『地球戦線異常あり』」
クリスに指示すると、船長席に表示された情報の解析を始めるソールズベリーだった。
電磁シールドを幾重にも展開した千石船『大黒屋丸Ⅱ』は、戦闘態勢に入った自衛隊空中艦隊の後方に続いてナホトカへ向け進んでいくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソールズベリー=英国連邦極東企業『ソールズベリー・カンパニー』商会長。元英国連邦極東外務大臣。クリスを引き当てた事で独立起業した。
イラストは七七七 様です。
・クリス=ソールズベリーの助手。大月家結婚披露宴の大ビンゴ大会で賞品としてソールズベリーが引き当てたマルス・アンドロイド。
イラストは七七七 様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・鷹匠=日本国陸上自衛隊第7師団師団長。准将。一時的に強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長も兼務。
・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦首相。




