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2027年(令和9年)4月10日【月面都市『ユニオンシティ』宇宙ターミナル 航宙管制室】
「U-ADIZ(ユニオンシティ防空識別圏)宙域を哨戒中の宇宙空母『インディペンデンス』のレーダーに反応。火星公転軌道からの航行物体が急速接近中。距離5万メートル」
イスラエル連邦軍のレーダーオペレーターが報告する。
「IFF(識別信号)照合。登録船籍は英国連邦極東『大黒屋丸Ⅱ』」
英国連邦極東軍の通信オペレーターも続いて報告する。
やがて月面都市近くの宇宙空間へ滑り込むように、全長100メートルに満たない米俵を甲板に積み上げて帆を張る典型的な千石船が現れる。
「……これは、宇宙船なのか?」
「あの帆を見ろ!あれはソーラーセイルだ。恒星から粒子を受け止めて推進する超最先端技術だぞ!」
「いや、でもなぁ……イギリス人のセンスって……」「米俵ないわー……ジャパニーズ・オタクに影響されたのかも知れんぞ」
管制室モニターに投影された人類の宇宙船とは明らかに異なる船体を見た各国の管制官達が感想を言い合う。自国の船籍がオタク扱いされた英国連邦極東軍管制官の肩身は狭そうだった。
「私語を慎め。任務中だぞ!」
肩身が狭そうな英国連邦極東軍管制官に気付いた日本国航空・宇宙自衛隊の当直司令が他の管制官達を注意する。
「こちら『ユニオンシティ』航宙管制室。ようこそ地球圏へ。ユニオンシティ宇宙ターミナル入港まで順番待ちだ。減速してラグランジュ・ポイントで待機せよ」
イスラエル連邦軍管制官が指示する。
『コチラ大黒屋丸Ⅱ。入港ハ無用。本船ハ、コノママ進ンデ北米大陸二降下スル』
平坦な声で返答する大黒屋丸Ⅱ。
「補給を受けないのか?」
誘導管制を断られて戸惑うイスラエル連邦軍管制官。
『オ茶ノ時間二遅レテシマウノデアシカラズ……』
短く答える大黒屋丸Ⅱ。
「……お茶?」
首を傾げる当直司令。
「当直司令。あんなヘンテコな船がたった1隻で予告なしに飛来するなど不審極まりない!地球圏に危険生物を密輸するテロリストかも知れません。
スクランブル機を出して強制着陸させて宇宙ターミナルで臨検すべきです!」
誘導を断られたイスラエル連邦軍管制官が当直司令に進言する。
「落ちつけ、冷静になるんだ。MCDA(火星通商防衛協定)だったか?
英国連邦極東はあのマルス・アカデミーと通商防衛協定を結んでいるのだ。
だったらあのセンスもアリじゃないか」
イスラエル連邦軍管制官を宥める日本人当直司令。
「……あのセンスがでありますか」
不承不承といった感じで引き下がるイスラエル連邦軍管制官。
「気持ちは分からないでもないが、これが現実だ。
此方に危害を与えないのであれば過度に干渉するのは”航行の自由”を標榜する旧合衆国理念に反する。レーダー監視だけ続ければ良い。
我々はユニオンシティから航宙管制を委託されているだけであって、宙域の支配者ではないのだ」
当直司令が結論を下しながらも出身国に偏りがちな管制官の振る舞いが行き過ぎない様に牽制する。
「こちらユニオンシティ航宙管制室。了解した。貴船の幸運を祈る」
当直司令自ら通信を送る。
『オオキニ感謝スル。ユニオンシティ二幸アレ』
航宙管制室の一同がモニターを注視する中、宇宙空間に堂々と帆を張った千石船は、速度を落とす事無く月面都市ユニオンシティ近くを高速で通過していく。
「お茶会の為に火星からわざわざ来るなんて。我が祖国らしいのか……それとも」
小さくため息をついて呟くと、北米大陸『ネオ・ロサンゼルス』駐留ユニオンシティ防衛軍に”予約客”が到着したコールサインをこっそり送る英国連邦極東軍の通信オペレーターだった。
♰ ♰ ♰
【地球北米大陸 ユニオンシティ(旧アメリカ合衆国) 『ネオ・ロサンゼルス』(旧カリフォルニア州ロスアンゼルス)】
雪雲の合間から差しこむ陽光が復興を目指す人類拠点のシンボルである幾つもの透明な巨大ドームを暖かく照らしていた。
「ロイド提督から話は聞いているよ。ようこそ地球へ。ソールズベリー卿」
「ありがとうございます。ジョーンズ中将閣下」
しっかりとお互いの手を握るジョーンズとソールズベリー。
大変動の大津波で壊滅した旧市街地よりも内陸部に建設されたネオ・ロサンゼルス外苑に在るユニオンシティ防衛軍駐屯地に到着したソールズベリーが、基地司令官ジョーンズ中将の手を握る。
「火星から亜光速とはいえ、記録的な速さですな。お身体は大丈夫ですか?」
ジョーンズが気遣う。
「商会は"いつも臨機応変"がモットーですから。お気遣い感謝します中将閣下。点検を終えたら直ぐにアリューシャン列島へ向かいます」
顔色が少し蒼白いソールズベリーが応える。
後ろに控えて居るマルス・メイド・アンドロイドのクリスと岬渚沙は、先程まで失神していた彼を知っているだけに首を傾げるが、ソールズベリーは全力でスルーする。
「……お、おう」
ソールズベリーの背後に控える二人の仕草を見て若干引いてしまうジョーンズ中将。
「ソールズベリー卿。頼もしい限りだが、いきなりアリューシャン列島に向かうのは得策ではありませんな。かの地はイスラエル連邦軍の勢力範囲ですぞ」
気を取り直したジョーンズ中将が少し眉を寄せて指摘する。
「ご忠告ありがとうございます。そう言えば、月面都市を通過した時もイスラエル連邦軍の管制にかなり怪しまれましたからね……。
一応"里帰り取材"で火星から来た極東BBC放送テレビクルーを名乗る予定ではありますが、いきなりアリューシャン列島だと英国繋がりの面で不審に思われてしまうでしょうか」
苦笑するソールズベリー。
「ロイド提督の情報を勘案すると、"例の都市"は旧ロシア極東を目指していると思われる。イスラエル連邦のデブリ投射攻撃から逃れる為に"反対側"の大陸を目指しているのかも知れん。
とりあえず『タカマガハラ』のエリア・千歳に駐留している日本国自衛隊に同行取材名目で向かえばイスラエル連邦に目を付けられる可能性は低いだろう。
日本国自衛隊ならば、英国連邦極東の船を上手く守ってくれるだろう」
思案しつつ、自衛隊が駐留するエリア・千歳訪問を提案するジョーンズ中将。
「ふむ。確かに自然ですね。エリア・千歳はニタニエフのお膝元であるエリア・富士からも離れていますし、色々調べるのに都合が良い。ご提案感謝します」
軽く頭を下げるソールズベリー。
「あ、あのっ!この地には火星原住生物はいるのでしょうか?」
待ちかねた様に挙手してジョーンズに尋ねる岬渚沙。
「おお!貴女は火星原住生物専門家でしたな。大変失礼しましたミス・岬。
ネオ・ロサンゼルス周辺に巣くう巨大ワーム群は殲滅したが、北のサンフランシスコは中露の核攻撃と巨大地震で完全に破壊され、放射能汚染も深刻でドローンも入れん。詳しい調査が出来ないのが現状だ」
答えるジョーンズ中将。
「ありがとうございます中将。シャドウ帝国が産み出したサイボーグ・ワームを駆逐しても尚、地球上は汚染され、火星原住生物が蔓延っているのですね……」
ジョーンズの言葉に神妙になる岬。
「おっしゃる通りですミス岬。人工日本列島の極東着床で地球環境は徐々に元へ戻りつつあります。
だが、汚染された大地を洗浄し、乱れきった生態系が復活するまでどれ程の時間がかかるのか想像も出来んのだ」
率直なジョーンズの言葉に岬、クリス、ソールズベリーは沈黙するしかなかった。




