安定供給
新政権発足の1週間後、日本国はMCDA(火星通商防衛協定)に加盟申請すると共に、多国間主義外交への回帰を宣言、地球連合防衛条約への復帰とイスラエル連邦と締結した友好善隣条約の効力停止をイスラエル連邦に通告した。
MCDA各国は日本国が加盟申請した翌日、横浜中華街でサミットを開催、全会一致で日本国の加盟を承認した。
一方、友好善隣条約の効力停止を日本国政府が宣言した事についてイスラエル連邦政府は”強烈な不快感”を首相官邸報道官が表明したもののニタニエフ首相が直接声明を出す事はなかった。
対抗措置としては日本マルス交通が運航する火星南半球ヘラス大陸、月面都市『ユニオンシティ』との相互乗り入れ便が停止された程度に収まっていた。
懸念されていた在日ユニオンシティ軍を使った核兵器による軍事的威嚇行動も無く、事態は政治的解決で図られると楽観視する見方も現れていた。
同時期、ようやく地球から衛星ダイモスの自衛隊基地に到着した我妻(前)総理大臣は、澁澤総理大臣暗殺未遂、内閣法制局への軍事機密情報漏えい、無断で太陽光発送電システム『アマノハゴロモ』過剰使用による裏人類都市『ウラニクス』への非人道的攻撃等多数の容疑でダイモス基地到着と同時に待機していた東京地検特捜部、長崎地検特捜部の合同チームに逮捕・拘束された。
疲れ切った表情の我妻は終始無言で抵抗の素振りもみせずに逮捕されたという。
我妻前首相が逮捕された翌日、春日官房長官はマルス・アカデミーと緊急電力融通措置で合意した。
また財務省が保有していたミツル商事、日本マルス交通の株式も全て大月美衣子、大月結、大月瑠奈に譲渡すると発表した。
日本国政府の発表を受けてマルス・アカデミー駐在代表である美衣子は、記者会見で日本国政府の要請に応じてアルテミュア大陸中央部にあるマルス・アカデミー・シドニア地区研究室から東京首都圏へ無線送電を即日開始すると発表した。
更に美衣子はミツル商事、日本マルス交通両社の大株主となった三姉妹の意思として、創業者である大月満と大月ひかりをミツル商事及び関連会社代表取締役と副社長に推挙する事を表明した。
3日後、ミツル商事と日本マルス交通の臨時株主総会が相次いで開かれ、大月満を代表取締役社長、大月ひかりを副社長とする議題が全会一致で決議された。
その日夕方、マルス・アカデミー・シドニア地区とMCDA加盟国から無線送電された電力が本格的に首都圏へ供給され、繁華街にネオンの灯りが灯り、全ての住宅で電化製品が使用可能となった。
長期的な電力安定供給に対する不安は残るものの、矢継早に事態打開を図る新政権を目の当たりにした首都圏住民は、巨大ワーム群襲来で動揺した心理状態から少しずつ落ち着きを取り戻していくのだった。
美衣子の思わぬ発言で動揺していた大月夫妻も、封鎖が解除されて新鮮な三崎マグロを口にした美衣子の機嫌が回復したことで『あれは間違い。二人の絆は永遠』と太鼓判を押した事で満の無実は証明されたのであった。
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――――――臨時株主総会があった日の夜【火星衛星軌道 第1衛星フォボス 英国連邦極東軍・ユーロピア共和国軍共同『ダンケルク宇宙基地』宇宙ドック内 『ディアナ号』】
「あなた。明日から会社ですけど?」
夕食後のデザートで桃缶を堪能していた満にひかりが尋ねる。
「あ、そっか。会社だった」
慌てて手元のタブレット端末でスケジュールを確認する満。
「木星行きはどうするっスか?」
瑠奈も尋ねる。
「木星?ムリムリ。お仕事いっぱい入ってしまったし……はぁ」
項垂れる満。
「嬉しい悲鳴?」「ツンデレっスか?」
結と瑠奈が首を傾げる。
「あれあれぇ~?貴方は貴方のやるべきことをするのではなかったのですか?」
ひかりが満の肩を優しく揉み解しながら諭す。
「……そうだった。うん、これからNEWイワフネハウスへ戻るよ。出航準備出来るかな、美衣子?」
操舵室片隅のちゃぶ台でマグロ丼をかきこんでいる美衣子に満が呼び掛ける。
「モグモグ……ちょっと待って」
丼を持ったまま片手で応える美衣子。
「……美衣子。さっきご飯食べたばかりじゃないか」
呆れる満。
「マグロ丼は別腹よ」
「何、その謎理論」
美衣子の答えに引く満。
「そんなことよりも、あなた。私はどうしたらいいのかしら?」
ひかりが満の額に自分の額を当てて訊く。
「……ひかりさんは僕の傍に居て貰うに決まっているじゃないか。対外交渉担当副社長ということで……よろしくお願いしたいのだけど?」
少しだけ赤い顔を背けて答える満。
「んまぁ!嬉しいっ!」
「近い近いっ!ひかりさん!みんな見てるから!」
イチャイチャする満とひかり。
「フフフ……岩崎。分かっているじゃない」
仲直りする大月夫妻の背後で、満足気にマグロ丼を堪能しながら呟く美衣子だった。
約束通り、岩崎はマグロ丼の安定供給に尽くしたのだ。
火星日本列島再転移の可能性は低くなったと思われた。
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――――――2027年(令和9年)4月16日
『我が師団はイスラエル連邦政府の要請により、旧ロシア沿海州地区にて人道支援活動に入る』
この日、地球極東に派遣されていた陸上自衛隊第7師団の通信を受けた防衛省総合司令センターの情報将校は、この通信を単なる哨戒報告の一種だと捉えて統合幕僚監部へ報告を行わず、独断で了承の返信を行うのだった。




