注文の多い総裁執務室
【東京都千代田区 自由維新党本部】
「待っていたわ岩崎自由維新党総裁」
岩崎が総裁執務室に入るなり、総裁執務椅子にちょこんと腰掛けて信玄餅をつまんでいた存在が気さくに声をかけてくる。
不審者と判断したSPが、咄嗟に岩崎の前へ出て懐から拳銃を取り出そうとするのを制して岩崎が尋ねる。
「……やはり、貴女も行かれるのですか?」
予想していたのか、疲れたような声で尋ねる岩崎。
「モチのロンよ!私は今日こそ三崎マグロ丼が食べたいのよ!」
即答で力強く答える美衣子。
口にしたセリフは日本国最大政党の総裁執務室でするにはアレな内容だが。
だがしかし、口元にきな粉と黒蜜が付いていようが岩崎自由維新党総裁は突っ込まない。
これは駆け引きなのだ。突っ込んだら(笑ったら)負けかもしれない。
「……では、行きましょう」
観念した様子で同行を認める岩崎。
「その前に……」
総裁執務室の椅子に座る事無く執務室を出ようとした岩崎が足を止めて振り返ると、美衣子に告げる。
「机にこぼれたきな粉と黒蜜を拭いてからですよ」
重厚な執務机に散らばるきな粉と黒蜜を指差す岩崎。
「……」
岩崎に指摘され、ポーチからウェットティッシュを取り出していそいそと机を拭く美衣子だった。
「それと、背中の物騒なモノは置いてきてくださいね?」
美衣子が背中に背負っているプラズマ・バズーカを指差す岩崎。
「……クェっ!注文の多い総裁執務室ね」
不満げに小さく鳴いて舌打ちすると、しぶしぶ執務机にプラズマ・バズーカを置いて岩崎の後に続く美衣子だった。
岩崎と美衣子が去った後、執務室の清掃に入った公設秘書たちは机に置かれた異星文明銃器の取り扱いに頭を悩ませるのだった。
「……これどうしましょうか」「我々が持つと銃刀法違反ではないか?」
結局、美衣子のプラズマバズーカは党本部を警備していた機動隊員に引き渡されて遺失物扱いとなるのだった。
† † †
2027年(令和9年)3月末日【東京都千代田区 国会議事堂 議員控室】
「蓮ちゃん。巨大ワーム群は倒したが、首都圏の混乱は簡単には収まらないだべ。ここは政治主導で事態を収拾せにゃあならんよ」
岩崎自由維新党総裁が、立憲地球党国会対策委員の大塚蓮司に語りかける。
「……んだな」
短く答える大塚の目には隈ができ、眉間には深い皺が刻まれている。
向かいに座る岩崎の隣には、白銀の鱗に覆われたマルス人の美衣子が白衣を纏って気難し気な顔で縦長の瞳を細めて大塚に向けている。
「このままだと、首都圏住民の不安感が暴走して日本列島生態環境保護育成プログラムの防衛機能が稼働して日本列島が火星から転移する可能性があるわ。これが最近のデータ。ソースは私」
おもむろに議員控室内を歩き回りながら説明を始める美衣子が、応接セットの机上にホログラフィックモニターを出現させる。
ホログラフィックモニターには、花子達八百万神が出雲大社屋根裏で監視している日本列島生態環境保護育成システムのリアルタイムデータがせわしなく表示されている。
「最近の火球や三浦海岸の巨大生物騒ぎの原因とも言える日本国民の不安、不満、恐怖が小規模な空間干渉を引き起こしているわ。
更に増大すると今度こそ逃避願望が広域化するかもしれない。日本列島は一度”転移した実績”があるから、空間の揺らぎは常に存在する。
そしてちょっとした切っ掛けで空間は大きく変動するのよ」
口元にきな粉と黒蜜を残したままシリアス顔で語る美衣子。
食べかすをつけたまま話すのが異星人の流儀なのか分からず、美衣子に突っ込めない大塚。
それよりも日本列島再転移という言葉に驚愕してしまう。
「……なん、だと!?」
絶句する大塚。
「蓮ちゃん。美衣子さんが言ったとおり、首都圏の交通が封鎖状態にある事で流通機能が麻痺している。
食料品を始めとした生活物資の不足は住民達の不安感増大に繋がっているんだべ。
今すぐに関係各省庁が発令した規制を解除して電力供給を回復させるのが政治家としての務めだよ!」
美衣子の食べかすを気にする事無く、大塚を説得する岩崎。
「……んだな。だども、もはや立憲地球党だけではどう動きようもないんだべ。皆死んじまってお手上げだぁ」
ソファーの背もたれにダラリと身体を預け力なく答える大塚。
世田谷で大勢の同僚議員を失った立憲地球党議員で東京に留まった者はごく僅かだった。
ごく僅かの一人である大塚は首相官邸の機能を維持すべく奔走しつつ、指導部を丸ごと失った代々木党本部を掌握し、地方党支部からの照会にも応対し続けており疲労困憊であった。
「わかっているさね。……ここは挙国一致でいくしかあるまいよ」
「……んだな」
岩崎の申し出に短く応える大塚。
無言で二人を縦長の瞳でじっと見つめる美衣子だった。
大塚としては、統治能力を喪失した立憲地球党に代わり暫定的に超党派の救国臨時政権を樹立するのが最も適切な対応だと考えており、岩崎の申し出を素直に受け入れた。
もっとも、岩崎の隣で無言のプレッシャーを放ちながら歩き回るトカゲ娘に言い知れぬ恐怖を覚えたのもある。
「……アレは逆らったらアカンやつだべ」
控室を出て代々木党本部へ戻りながら呟く大塚の顔は冷や汗にまみれていた。
子供時代に裏山で主として恐れられていた大イノシシに遭遇した恐怖感を彷彿とさせるものだった。
岩崎と会談した結果を大塚は代々木党本部に報告し、生き残った他の同僚議員達と代々木党本部は挙国一致案に同意する以外の選択肢が無いと悟り、政権交代準備を始めるのだった。
♰ ♰ ♰
【東京都千代田区 自由維新党本部】
「おかえりなさい岩崎さん!」
岩崎が総裁執務室に入るなり、総裁執務椅子にちょこんと腰掛けて信玄餅をつまんでいた存在が快活に野太い声をかけてくる。
不審者と判断した美衣子が、咄嗟に岩崎の前へ出ると懐からプラズマ・サブマシンガンを取り出そうとするのを制した岩崎が気遣って尋ねる。
「……お久しぶりです澁澤さん。お身体は大丈夫ですか?」
「ガハハハ……痛っ!……とこんな感じでまだまだ療養中の身体だが、離島でのんびりさせてもらっているよ」
心配顔の岩崎に苦笑しながら答える澁澤元総理大臣。
昨年11月、長崎県対馬市で自爆テロに遭い瀕死の重傷を負って総理大臣を辞任、政界引退した澁澤は妻の真知子夫人と共に長崎県五島列島で療養生活を送っていた。
「本当は岩崎さんが出掛ける前に話したかったのだが、まあいい。決めたんだろう?大連立」
「……ええ。やはりご存知でしたか」
澁澤に答える岩崎。
「療養中の身だから政治の事はさっぱり浦島太郎だが、たまにニュースを聴く限りなんとなく、だな」
ニヤッと笑う澁澤。
「相変わらず勘の鋭い方ですね。……そろそろ首相官邸へ戻られてもいいのでは?」
苦笑する岩崎。
「馬鹿言わんでくれ。引き際は分かっているつもりだ。……もう岩崎の時代だ」
岩崎の申し出を笑って断る澁澤。
「だからな、岩崎さん」
じっと澁澤が岩崎の顔を見つめる。
「なんでもやれ!日本列島が生き残るためにはどんな事だっていい……それを信じるんだ!」
大声で言い含めるように言うなり、どっかと執務椅子に力なく身体をあずけた澁澤が目を閉じる。
「……全く。ヒロインを差し置いて私には一言もないのかしら」
無表情の美衣子が”総裁執務椅子の形態を取っていたストレッチャー”を元に戻すと、廊下で待機していたマルス・アカデミー・アンドロイドに澁澤の付き添いを指示する。
何故かアンドロイドの背後には救急道具を抱えた英国連邦極東軍の衛生隊員が数名待機していた。
「あの、美衣子さん?」
「澁澤が『どうしても岩崎に一言言いたい』と言うから、ケビンに頼んで運んでもらったのよ。まだ絶対安静だというのに」
恐る恐る尋ねた岩崎に憮然と答える美衣子。
「マルス・メディカル・ツルハシ。容態は?」
『貧血による意識低下デス。修復シタ内臓カラ出血ヲ確認。血圧・心拍低下』
美衣子の確認に答える医療用アンドロイド。
「此処での用事は済んだわ。応急処置後、直ぐに澁澤を長崎へ戻して。屋上の連絡艇は?」
『イエスマイマスター。大型アダムスキー型連絡艇ハ待機中デス』
貧血で意識を失った澁澤は、屋上まで付き添った岩崎に見守られながら英国連邦極東軍衛生隊員によってマルス・アカデミー・アダムスキー型連絡艇に乗せられ、長崎五島列島へ戻っていく。
「……岩崎。分かっているわね?」
「……ええ。分かっています」
美衣子の問いに短く答える岩崎自由維新党総裁は、日本列島を窮地から救おうと決意する政治指導者の顔となっていた。




