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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 昏迷胎動
351/462

火球

2027年(令和9年)3月末日午前7時【神奈川県三浦市 菊名海水浴場】


「そーれっ!そーれっ!」「わっしょい!わっしょい!」「キャハハハ」「今夜は刺身パーティーだっ!」


 明るい子供達と保護者の声が早朝の砂浜に響きわたる。


 季節的には肌寒くて海水浴には不向きだがこの日朝、地元観光協会と漁業協同組合協力の下、巨大ワーム惨禍から観光復興を目指す地引網大会が開催されていた。


 地元観光協会から招待された神奈川県内の幼稚園や小学校から500名の園児・児童とその保護者達が新鮮な三浦沖で獲れる海の幸を体感しようと歓声を上げて元気に巨大な地引網を引っ張っていた。


 保護者側としても交通・通信制限下で流通がストップしている為、新鮮な海産物を手に入れるチャンスに飛びついたのである。

 その場で食べきれない分はクーラーボックスに入れ、マルス・アカデミー・ドローン便で地元幼稚園・小学校へ配送予定である。


「よーし。皆さん!網を引くのを止めてくださーい!」


 充分に網が砂浜まで引かれた事を確認した若手漁師が引き手止めの声を上げる。


 昨日夕方から沖合に設置されていた地引網には数多の魚介類がかかっており、大漁と言って問題なかった。


「それじゃあ――――――って!ちょっと待った!確認しますっ!」


 若手漁師のサポートに回っていた初老の漁師が、網の中に異様な生物を見つけたので声を上げて地引網に駆け寄る。


 ビチビチと網の中を跳ね回るアジやヒラメ、サバ、トビウオやエビに混じって異様な大ささのゼリー状をした生物が縦横10m以上ある網の底一面に広がっていた。


「……なんじゃあこりゃあ!クラゲか?」「新種の猛毒クラゲかもしれんぞ!」「どうした!」


 思わず叫ぶ漁師の所に仲間が駆け寄る。


 砂浜に引き上げられた地引網の底一面に広がるゼリー状の物体は薄い水色をしており、クラゲに酷似していたが既存種の越前クラゲでは無く、見慣れない種類のようだった。

 海面近くに上がる途中で自重に耐えきれなかったのか、体形を維持出来ずに死んでいる。


「……もしかして。火星原住生物じゃないか!?」


 駆け寄って網の中のゼリー状生物を見ていた漁師の一人が呟く。 

 

 初めての漁を経験した興奮に包まれていた園児・児童・保護者達だったが、漁師の呟きを聴くなり言葉を失って呆然と立ち竦むのだった。


 立ち会っていた観光協会関係者が110番通報の後、機転を利かして園児・児童・保護者達を速やかに砂浜から避難させた後、馴染みの水族館関係者に連絡した。


 駆け付けた金沢区テーマパークに隣接していた水族館館長は、巨大ワームと共に日本近海まで進出した未知の火星原住生物のクラゲ種かもしれないと推測するのだった。


 地引網大会の参加者達は、観光協会の手配で急きょ三浦半島特産の大根やハウス栽培のいちご狩りを体験して帰途についたのだが、朝方の出来事は強烈な体験として記憶に残っており、微妙な表情は隠しようがなかった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同日夕方【東京都港区六本木ヒルズ前の公園】


「はいっ!すいませーん!運んできた物資が無くなりましたので本日の配給はこれで終了です。配給の順番が回らなかった方は、ご持参のクーポンを持って明日再びこちらへお越しください」


 セレブが住まう象徴ともいえる「六本木ヒルズ」前の公園で近隣住民を対象とした生活物資の配給を受けるべく、まだまだ続いていた行列に無情なアナウンスが流れる。


「あのっ!うちには育ち盛りの子供が2人居るんです。ずっとお腹を空かしていて……子供の分だけでももう少し頂けないのですか?」


 港区役所の配給担当に縋りつくように憔悴した母親と見られる女性が懇願する。


「……すいません。ここに並ばれている方も皆それぞれに苦しいご事情がある事は承知しております……。ですが、港区の備蓄は先週末で底を尽いているのです。

 今日配給した物資はMCDA(火星通商防衛協定)から人道支援物資として提供されたものですから、私共ではどうにもならないのです」


 困り顔で説明する区役所の配給担当。


「……そう、ですか」


 説明を受けた女性はとぼとぼと階段を登って、時折小休止した踊り場から夜空を眺めて呟く。高層階へのエレベーターは電力不足で途中までしか運転していない。


「……くそっ!配給貰えなかった!隕石落ちてみんな死ね!」


 女性は呪詛の如く呟きながら、再び階段を登って高層階の自宅へ戻っていくのだった。


 その夜、関東上空に幾つもの火球が目撃された。中には東京港区六本木や神奈川県三浦市上空で激しく光り輝いた後、衝撃音と共に火花を散らすものもあった。


 国立天文台は、火星近傍を掠めた未知の小惑星群が引力に引かれて大気圏に突入したものであり、落下による被害は確認されていないと翌日早朝に発表した。


          ♰          ♰          ♰


――――――【島根県出雲市 出雲大社 屋根裏】


「あ、どうもお疲れ様です弁財天様!」


 屋根裏を訪れた七福神の弁財天にトイレ神花子が挨拶する。


 花子の本来の持ち場は、東京白銀のお嬢様学校の女子トイレであるが、大月美衣子達三姉妹から八百万神としてメジャーデビューする為のアドバイスを受け、放課後はパートタイマーとして出雲大社の屋根裏で火星日本列島を護っている生態環境保護育成システムを監視して不測の事態に備えている。


「他の皆様方は?」


「恵比寿は地ビールの買い出し、大黒天は瀬戸内海で甘鯛釣り、布袋は福島沖で帆立貝柱の買い出し、毘沙門天は千葉でハウス苺狩り、寿老人は北陸地方の酒蔵をはしご中、福禄寿は梅田の業務スーパーで買い物よ」


 メンバーの行動を説明していく弁財天は、両手に伊勢海老の干物が詰まったデパ地下の紙袋を提げている。


 今月の屋根裏当番は七福神であり、日本列島環境保護育成システムの監視とメンテナンスを日夜行うため持ち場を離れる事が難しく、泊まり込みになる。


 ストレスが強くかかる役目であるため、お役目前には盛大に爆買いしたり、飲み倒れ、食い倒れしておくのが七福神の行動パターンになりつつあった。


「それで、システム負荷率はどうなっているかしら?」

弁財天が花子に尋ねる。


「58パーセントです。先週から5パーセント上昇しています。

 ……最近では夜空に火球、海岸に未知の巨大クラゲ出現など、普段起こり得ない現象が多発しています。

 特に巨大クラゲは火星のデータベースにもありませんでしたよ。

 ヒトが無意識に不安と不満、恐怖から周辺空間への干渉を行っているのではないかと美衣子ミーコ神が申しておりました」

花子が説明する。


 屋根裏中空に呼び出したホラグラフィックモニターに毎週の日本列島各地の負荷率が表示されるが、首都圏を中心に名古屋、大阪も増加傾向を示している。


 その中でも東京首都圏の負荷上昇が著しく、巨大ワーム群襲来から垂直に近い急上昇の一途だ。


 そして、首都圏に火球や未確認生物の目撃が相次いでいる。


「永田町のセンセイ方が変な意地を張るから、電力供給システムが機能していないのです。故に巨大ワームなんてミミズが入り込む隙を作ってしまうのです」


 困り顔で説明する花子。


 火星日本列島衛星軌道上の太陽光発電・無線送電システム『アマノハゴロモ』が我妻政権の過剰運用で故障してからというもの、東京・名古屋・大阪の三大都市圏への電力供給が不足がちとなり、それに影響を受けたのか日本国民恐怖・不安指数が右肩上がりで悪化の一途を辿っている。


「とは言うものの、巨大ワーム群は迎撃に成功して殲滅されたのだから、改善するのではないかしら?」


 伊勢海老の干物をパリッと齧りながら缶ビールを開ける弁財天は楽観的に推測する。


「首都圏の交通・電波統制は未だ続いていて、流通機能が麻痺しています。

 配給の遅れと物資不足は人々の気持ちを荒ませます。昨日の火球がそうですよ。

 それにこのままでは、新鮮な海の幸山の幸が出雲大社(ここ)まで届かないじゃないですか!」


 プリプリ怒る花子。好物のチーズたらをここ数日楽しめていないのだ。


「確かに。ミーコ神様も三浦漁港のマグロが食べれずにかなりお怒りモードでしたし……」


 考え込む弁財天。


「だけど……。となると、食に五月蝿いミーコ神様の世直しが始まるかも知れないわねフフッ」


 面白そうに呟く弁財天がくいっと缶ビールを飲み干すのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・花子=マルス・アカデミー・日本列島生態環境保護育成プログラム人工知能。八百万端末444番。瑠菜が通う小学校のトイレ神。

挿絵(By みてみん)

*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。


・弁財天=七福神の一人。マルス・アカデミー・日本列島生態環境保護育成プログラム人工知能。八百万端末777番。伊勢海老が好き。

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