ミーコの選択
2022年1月4日午前5時【富山県立山市 尖山】
西野ひかりは大月が極東アメリカ合衆国首都の那覇DCへ向かった翌朝、マルス人留学生のイワフネを叩き起こすと、有無を言わさずアダムスキー型連絡艇を用意させて尖山へ向かった。
ひかりの指示でイワフネがマルス・アカデミー尖山基地を取り巻く人工竜巻を解除させると、基地格納庫にアダムスキー型連絡艇が着陸する。
「それで、一体どうしたのですか!?」
格納庫に連絡艇を収容させたイワフネがひかりに向き直ると、有無を言わせなかった理由を訊く。
「実はね。大月さんが……」
西野は、大月が極東アメリカ合衆国の強い意向で、アルテミュア大陸北部に上陸する部隊にしぶしぶ同行する事をイワフネに説明した。
事情を聞いたイワフネは、直ちにシドニア地区で研究施設の復旧作業中だったアマトハ、ゼイエスと連絡を取って大月と極東米露の動向を報告し、対応について相談した。
アマトハ達と通信を終えたイワフネが、申し訳なさそうな表情で西野に告げる。
「西野さん。現状では、極東アメリカ軍のど真ん中から、我々の飛行挺を使用して彼だけ救出する事は不可能です。
中立的立場を取るマルス・アカデミーとしては、介入は出来ないのです」
「そんな...」
落胆する西野。
それでも西野は、尖山基地の通信設備を使用して角紅社長や岩崎官房長官に直談判を試みたが、二人共「申し訳ない」と手段が手詰まりであると答える事しか出来なかった。
「人類に危険かもしれない火星原住生物がはびこる日本列島外へ国民を送り出す事について、我が国は澁澤総理自らミッチェル大統領に抗議しました。しかし極東米露は核を含む軍事力を前面に出して強引な要求を行ったのです。
やむを得ず、先日私から大月さんにお願いして、彼らに同行して頂く事となったのです。勿論、そちらの仁志野社長も苦渋の決断を下すしかありませんでした」
岩崎が苦しい状況を吐露した。
「……岩崎さん。貴方は最初に首相官邸でお逢いした時、澁澤総理と共に最大限私達をサポートすると仰っていた筈ですが。あれは嘘ですか!?」
詰問する西野。
西野の詰問に、何も答える事が出来ない岩崎官房長官だった。
♰ ♰ ♰
【富山県立山市郊外 マルス・アカデミー尖山基地 管制室】
岩崎官房長官との折衝を諦めた西野は、椅子の背もたれににぐったりと身体を預けると、管制室の高い天井を仰ぎながら頭をフル回転させて大月を救う為の方策を考えるのだった。
管制室の片隅で尖山基地のセンサーやレーダーを活用して日本列島周辺とアルテミュア大陸の情報収集を行うイワフネと、自衛隊ヘリで駆けつけてイワフネの手伝いを申し出た東山と春日は、心配そうに西野を見守る事しか出来なかった。
♰ ♰ ♰
――――――尖山基地最深部に眠る"親カプセル"本体
その存在は、カプセルの中で悠久の眠りについている様に思えた。
実際には、日本列島生態環境保護育成プログラムをインストールされた電子思念体が、日本列島各地に分散している800万のナノマシーンから生物の情報と生物体各々の思念を刻々と収集し続けている。
ゼイエスとアマトハが創り上げた創生計画の中心的存在である電子思念体=マルス人工知能『ミーコ』は、強い愛情と苦悩に苦悶する女性の思念を、自らが居るカプセルのすぐ近くに感じた。
生態環境保護育成プログラムにインストールされた、空間内知的生物支援概念に基づいて"直接対応"すべく、カプセルに搭載済のマルス人少女型クローンに電子思念体が取りつくとカプセルは覚醒シークエンスに入っていく。
同時に、悩めるヒト女性=西野ひかりを、最深部のカプセルまでテレポートさせた。
マルス人工知能『ミーコ』は、西野の愛情と苦悩に直接応える選択を取り始めるのだった。
♰ ♰ ♰
管制室の片隅で西野を見守っていたイワフネと東山達は、西野の姿が突然かき消えた事に驚愕したが、シドニア地区のゼイエスから、西野ひかりの思念に応える形で、人工知能『ミーコ』が稼働を開始したと連絡を受けて安堵するのだった。
創生計画始動後、初めて親カプセルと人工知能『ミーコ』の稼働に驚いたゼイエスとアマトハは、イワフネに連絡を入れると直ぐに尖山に駆け付けるのだった。
♰ ♰ ♰
――――――【マルス・アカデミー尖山基地 最深部】
管制室の高い天井を仰ぎながら、頭をフル回転させて大月を救う為の方策を考え続けていた西野ひかりは、僅かな眩暈を感じた直後、知らない空間に転移した事に気付いた。
心なし空間の空気は、管制室に比べるとひんやりとしているようだった。
西野が転移した空間の中央には、高さ5m、幅4m程の流線型カプセルが、床に突き刺さった形で蒼白い光を明滅させていた。
「何、あれ?」
カプセルに呼び寄せられる様にゆっくり近づいていく西野。
『---貴女』
突然背後から女の子の声が響き、西野は心臓が跳ね上がる程驚く。
ゆっくりと振り向いた西野の眼には、自分より少し小さい、イワフネ達よりも明らかに幼いと思われる体格をしたマルス人が、ちょこんと立っていた。
『貴女は、彼を助けたいの?』
西野の頭の中に、少女と思われる声が響く。
新たな存在に突然遭遇し、頭の中に響くテレパシーであろう呼び掛けを受けて大いに驚く西野だったが、同時に大月を救う為の救世主だと確信した。
「そうよ。私が添い遂げる人だから!」
毅然とした態度で西野が答える。
『そう』
短く呟くと、マルス人少女の周りにポッと水色の淡い光球体が複数現れる。
『彼を護って』
光球体に指示すると、光はスッとかき消えた。
『これで一応大丈夫……』
西野に伝えると、パタリと地面に倒れ込むマルス人少女。
「ええっ!?」
慌ててマルス人少女に駆け寄って抱き起こす西野。
『・・・お腹、減った』
今度はテレパシーではなく、か細い声を上げて縦長で水色をした瞳孔で西野を見上げるマルス人少女。
『私・・・ミーコ。イワシパイ食べたい』
それだけ小声で言うと、気を失うマルス人少女。
「・・・どうしてイワシパイの存在を知っているの?」
唖然としながらも、イワフネやゼイエス、アマトハ達が駆け付けるまで西野ひかりは、マルス人少女『ミーコ』をしっかりと抱き締め続けるのだった。




