状況認識
2027年(令和9年)3月29日午後8時【神奈川県横浜市上空】
横浜中華街に在る台湾警備軍野戦司令部から飛び立った、典型的なUFOであるマルス・アカデミー・アダムスキー型連絡艇は、ゆっくりと飛行しながら東京千代田区の国会議事堂を目指していた。
「ところで春日君。日本列島が大停電に見舞われたのは何時からか思い出せるかね?」
「昨年12月1日からです。忘れる事はありません」
唐突に聞いた岩崎自由維新党総裁に即答する春日自由維新党青年部長。
二人の眼下には夜でも煌々と横浜市街地を照らす電力があるのだが、これから通過する川崎市から北の市街地に灯る数は数えられる程しか無い。
「……4か月になりますね。これ以上は本当に国が持ちませんね」
呟く岩崎。
巨大ワーム群を殲滅したとは言え、未だ三大都市圏の大停電は解消されていない。
交通、警察、消防、上下水道等最低限のインフラには電力供給を続けているが、国民の自助努力は限界に近い。
何かの弾みで限界を超えた日本国民の不安と不満が逃避願望を高まらせて日本列島を未知世界へと再転移させる事に繋がりかねない。
「まずは国内外から電力融通の道筋を付ける事から始めましょう。
私は下準備としてMCDA(火星通商防衛協定)加盟国首脳に”来たるべき新政権”が協定に加盟申請した場合に許可出来る条件を探ります」
岩崎総裁が自らの考えを春日に話す。
「電力供給システムはどうしますか?」
春日が訊く。
「電力供給システムは経済産業大臣経験者である甘木さんを中心に、元経産省OBや次官を集め、電力供給システム再構築計画を練ります」
岩崎が答える。
「そして春日君は、ミツル商事での経験を生かしてマルス・アカデミーとの関係改善を図ってください。
新政権はマルス・アカデミーと協調しない限り長くは持ちませんからね」
アダムスキー型連絡挺を操縦するマルス・アカデミー・アンドロイドを横目で見ながら春日に指示する岩崎。
「分かりました」
岩崎の指示に神妙な面持ちで頷く春日。
「その前に”蓮ちゃん”と最低限の状況認識のすり合わせをしなければなりませんけどね……」
アダムスキー型連絡艇の窓から眼下の暗い東京都内を見下ろしながら呟く岩崎総裁日本だった。
♰ ♰ ♰
――――――同日深夜【長崎県佐世保市ダウニングタウン 英国連邦極東首相官邸】
「……提督。本当にその様な集団が存在するのかね?」
報告に思わず耳を疑うケビン首相。
照明を落とした執務室でパジャマ姿のケビンは、地球派遣軍欧州抵抗部隊司令官のロイド提督から緊急報告を受けていた。
執務室内で明かりが灯るのは、執務机上のノートパソコンだけである。パソコン画面には、ロイド提督が映っている。
『肯定であります首相閣下。人類統合第2都市『バンデンバーグ』の下級兵士や住民は、少なくとも私達と同じように自らの意思がありました』
冷静に答えるロイド提督。
「……解せんな。シャドウ帝国が言う所の人類統合政府とは実のところ、例のマルス人マッドサイエンティストであるダグリウスの意のままに動くクローン人間だったと報告を受けているが?」
ロイド提督の報告を疑うケビン首相。
『交戦後に視察したバンデンバーグ住民の大部分はクローン生体維持に必要な薬品類が枯渇しており、瀕死の状態でした。
生体維持薬品に脳機能操作や思考誘導を促す物が使われていたのでしょう。
そこへ”介入者”が来た事で生体維持薬品が不要になったのです』
「……”介入者”?」
ロイドの説明で出てきた言葉を反芻するケビン。
「”介入者”とは何だ?」
『黄星三姉妹です』
片眉を上げて尋ねるケビンに即答するロイド提督。
長崎沖で英国連邦極東軍の軍事施設を破壊した”マリネ”ことヤマタノオロチもどきの改造火星原住生物を生んだ、マルス・アカデミー三姉妹とは”別の存在”とケビン首相は美衣子から聴いている。
同時に「ちゃんとお仕置きと贖罪の機会を与えた」とも知らされている。
介入者三姉妹とは、黄星舞、黄星守美、黄星輝美の事である。
日本国文部科学省の記録によると、昨年6月から東京都内の学校施設にて存在が確認されている。
『介入者三姉妹は都市一つ丸ごと包み込む様な大規模なエネルギー場を展開、展開が解けた後には瀕死の住民達の状態が快方へと向かっていたのです。
軍医の話では人体細胞レベルよりもさらに細かい粒子レベルの構成組み換えにより、全く異なった生体へと変化しただろうと……』
ロイドが軍医から受けた説明をそのまま口にするのだが、彼自身未だに理解出来ないのか言葉が次第に尻つぼみとなっていく。
「つまり提督。介入者三姉妹は都市住民を丸ごと救済し、新たな人類が誕生したということだな?」
端的に纏めるケビン。
『おっしゃる通りです閣下。バンデンバーグ住民は我々に降伏し、新たな生活を送る決断までしておりました。他の人類統合都市ではあり得ない事です』
頷くロイド。
「だが連合防衛軍司令部の公式発表では、提督率いる攻略部隊とバンデンバーグ防衛軍との交戦で消滅した事になっている。違うのかね?」
ケビンが訊く。
『正確には、当初は防衛軍と交戦したものの”介入者”によってバンデンバーグ防衛軍司令部が破壊され、生き残った兵士達との間に停戦が成立、此方がバンデンバーグへの支援物資を積んで戻った時には、都市の在った場所には巨大なクレーターしかなかったのです』
説明するロイド。
「イスラエル連邦の新兵器”デブリ投射システム”で消滅したのではないか?」
『いいえ。最高司令部である日本国防衛省のメインサーバーの記録では、イスラエル連邦はバンデンバーグに手を出していませんでした。
むしろ、我々が北米大陸の攻略に注力している隙をついて、旧中国地域の人類統合都市に特殊部隊を使って介入していた様です』
ケビンの質問に答えるロイド。
「では介入者に訊くしかあるまい。彼女達は今どこに?」
『……彼女達もバンデンバーグと共に消えておりました』
「……わけが分からん」
お手上げという風に首を竦めるケビン。
『ところが先日ミス瑠奈から”特ダネ”としてアリューシャン列島付近で妙な物体を撮影した動画を提供されたのです』
ロイドの言葉と共に動画が再生される。
「……」
じっと動画を視るケビン首相。
三姉妹の一人とは言え、一般人の瑠奈と軍高官であるロイドと交流がある事を激しく問いただしたい気持ちもあったのだが、動画に集中する事を決めたケビン首相。
もっとも、瑠奈はイングランド島滞在中に偶然遭遇した英国女王陛下と共に地下室で泥を捏ねて耐熱セラミックタイルを大量に生産した仲間繋がりであるのだが、そこまでケビン首相は知らない。
『この映像は、ミス瑠奈が管轄している月面のマルス・アカデミー地球観測システムが偶然捉えたものだそうです』
説明するロイド提督。
「……なんだ?これは」
動画に撮影された物体を視て唖然とするケビン。
『消滅している筈のバンデンバーグでしょう。……西へ移動しているように見えます。
交戦直前の空撮映像と比較したところ95パーセントの一致箇所がありました』
ロイドが答える。
「シャドウ帝国の人類統合都市には自律機動する都市もあるのか?」
『……バンデンバーグ以外の都市では聞いた事がありません』
『手掛かりと言えるのか確信出来ませんが、バンデンバーグ跡地に残されてた人類統合都市防衛軍の戦艦に日本語の書き置きがありまして……』
ロイド提督が擱座した統合都市防衛軍陸上戦艦の砲塔に大きく刻まれていた日本語の書き置きをアップしてケビンに見せる。
『旅に出るので、探さないでください。守美』『他の都市の人を助けに行くのだぞっ!輝美』
「……」
「……いやいや提督!書置きは名前付きだし、思い切りヒントじゃないのか。
民間人がおいそれと立ち入ることが出来ない戦場で敵の戦艦に落書き出来る者など、普通は居ないと思うがね」
思わずロイドに突っ込んでしまうケビン。
「都市を丸ごと救う未知の御業を行使して住民を保護して移動する存在を放置はできん。
少なくとも、イスラエル連邦と対立させるような事にでもなれば、地球復興の話どころでは無くなるぞ」
危機感を強めるケビン。
「先に我々がバンデンバーグと介入者達に接触し、支援なり共存の話し合いをすべきだろう。提督の所で追跡は可能か?」
『わが部隊は、ドーバー海峡を渡ってくる巨大ワームの撃退で手一杯です。少なくとも1個軍団規模の増援がないと追跡できません』
想像以上に巨大ワームが地球上に広がっている事が復興への障害となっており、残存NATO軍と連隊規模の英国連邦極東軍からなる欧州抵抗軍に余力はなかった。
「火星から地球へ増派出来る余裕はどの国にもないだろうな。となると……」
暗い天井を見上げて新たな状況認識のもと、英国連邦極東として行動の選択を思案するケビン。
「……彼しかいないだろうな」
呟いたケビン首相は、長崎・対馬沖から帰還途中の空母『クイーン・エリザベスⅡ』艦長への直通回線を開くのだった。




