決戦 東京湾【前編】
2027年(令和9年)3月29日午前6時30分【東京湾最狭部 第二堡塁付近の海底】
中野区の紅葉山公園に春日や陸自封鎖部隊が殲滅作戦を開始する直前、東京湾深海谷では早朝になって海水温が上昇したことで活動期を迎えた巨大ワームが海面近くまで浮上し、鱗に覆われた巨体をくねらせて湾の内部目掛けて突進する。
地球内部から出る磁力線を僅かに湾曲させる巨大ワーム群の存在は、僅かな湾曲を探知するマルス・アカデミーに探知されることとなる。
『マスター瑠奈。Pエネルギー湾曲反応多数。7時カラ巨大ワーム16体ガ接近中』
現地のマルス・アカデミー多目的戦闘艦『ババロア』に搭乗しているマルス・アンドロイドが報告する。
【多目的船『ディアナ号』操舵室】
「よっしゃあ!巨大ミミズにビリビリ魚雷をプレゼントっス!」
満の右斜め前の床に腹ばいで寝転ぶ瑠奈がコントローラーの射撃ボタンを押す。
夜明け直後の薄暗い海中で待機していた『ババロア』艦首両舷から緑色に輝く電磁魚雷が放たれ、加熱した弾頭はジュッと付近の海水を加熱させて巨大ワーム群へ一気に加速していく。
目覚め直後の空腹に苛まれた巨大ワーム群は、通常魚雷よりも猛烈に速い電磁魚雷を巨大な口に喰らって次々と巨体を爆散させていく。
「……む。瑠奈。姉を差し置いて先に戦端を開くとはエレガントさに欠けるわね」
満の左斜め前の床に腹ばいになった結が、憮然としながらコントローラーの射撃ボタンを連打する。
結の傍らには、ひかりが”先払いご褒美”として渡した栗入り月餅とライチソーダを乗せた盆が置かれている。
傍目には自室で寝転んで菓子を食べながらTVゲームに熱中する廃ゲーマーにしか見えない。
『ババロア』と並んで海中で待機していた瑠奈が操る『エクレア』からも緑色に輝く電磁魚雷が唸りを上げてジュジュッと連射され、加熱加速した弾頭が巨大ワームを次々と貫いて吹き飛ばしていく。
「……いや、まあ。結果を出しているから良いのだけどね」
目の前で腹ばいで寝そべってコントローラーをいじってお菓子を喰らう二人を見て突っ込みたくても、現実には巨大ワームを次々と撃破していく現実にモヤモヤが募っていく満。
「ウマウマ。また一匹撃破。撃墜王の名前は私のものね……」
クールに決めて見せる結だが、満足そうにライチソーダで喉を潤しながら月餅にモシャモシャと齧り付く様はエレガントとは言い難い。
「モガモガッ!細かい事を気にしてもしょうが無いっス!ああっ!」
結の隣で張り合うようにコントローラーを激しく操作する瑠奈は、床に置かれたライチソーダの中ジョッキを肘で押し倒してしまう。
瑠奈用になみなみと注がれた中ジョッキは、瑠奈の肘鉄を食らってジョワ―と炭酸飲料特有の気泡を放ちながら、隣で寝転ぶ結の所まで容赦なくこぼれていく。
「冷たっ!……瑠奈。これは明確な敵対行為と判断して良いのかしら?」
縦長の瞳を細め、鱗の下からでも分かるぐらいに額の青筋をひくひく痙攣させた結が静かに瑠奈に尋ねる。
結の盆に置かれた栗入り月餅は、ライチソーダを吸収して衣がへにゃりと崩れている。
「ひいっ!これは事故っス!不幸な行き違いっス!」
顔色を青くした瑠奈が結から距離を取る。
「……そう。ちょっと月に小惑星落としてくる」
「ひいぃっ!」
コントローラーを床に置いて立ち上がると、ヘルメットを着けたままスタスタと操舵室を出ようとする結の背中に見えない怒りを感じた瑠奈が恐怖する。
このままだと瑠奈の生まれである月面のマルス・アカデミー研究拠点が破壊されてしまう。
結はやる時はヤルやばいレディである。
身近で見ていた満が結の本気を感じて慌てる。
「ちょっと待って結!作戦行動中だから!月餅の在庫も沢山あるから!」
結の肩を抑えて思い留まらせようとする満。
「ささっ結ちゃん。全部食べていいですからね~」
月餅の詰まった箱を結の目の前で見せるて説得するひかりの額に緊張した冷汗が滲む。
「……そう。話の分かるお父さんとひかりが居て幸せだわ」
月餅の詰まった箱を目の当たりにした結がほくほく顔でコントローラーを取って戦闘を再開する。
「「「た、助かったぁ~」」」
盛大にため息をつく満とひかり、瑠奈だった。
「瑠奈は腹ばい禁止。お菓子もジュースも作戦終了まで禁止ですっ!」
「うぐぅ……」
ひかりにお菓子とジュースを取り上げられてしまう瑠奈だった。
大月家でホームコメディが展開される中、東京湾海底では巨大ワーム群討伐が進行していく。
「それにしても、このPエネルギーというのは凄いよね。地球人が考える所のレーダーや赤外線センサーとは違うんだよね?」
平静さを取り戻した操舵室の空気を作戦行動中に戻したい満が話題転換を図るべく美衣子に訊く。
「オッホン。Pエネルギーとは、惑星中心部に在る核から放出される磁力線の事よ。どの惑星にも磁力線は存在するわ」
いつの間にか白衣を纏った美衣子がもったいぶったドヤ顔で解説する。
「惑星中心部から常時放出されるこの磁力線の波長を観測する事で、波長に変化の在る箇所には”何かが有る”と推測できる訳よ」
引き続きドヤ顔の美衣子がひかりにアイコンタクトを送ると、心得たとばかりのひかりが追加の抹茶月餅を乗せた皿を美衣子に差し出す。
「ちょっとひかりさん!あまり甘やかすのは良くないよ」
注意する満。
「あらあら。別に甘やかしてなどいませんよぅ。あの月餅は来月の三人分ですからねぇ。単なる前払いですよ?」
ハテナ?と首を傾げて微笑むひかりだが、瞳の光りが失われている。満はついお腹を押えてしまう。
「「「クエッ!?」」」
ひかりの反応にビクリと反応する美衣子達三姉妹。
「……そろそろ海面からワームが飛び上がる所を打ち取らないと」「けじめは必要ね」「作戦に集中するっス!」
ひかりの黒い笑顔で状況を察した美衣子達三姉妹は、いそいそと持ち場に戻ると自らの任務に集中するのだった。
ようやく本気になった美衣子達三姉妹は、火星磁力線の揺らぎを検知した箇所へ集中的な電磁魚雷攻撃を開始する。
自らが突き進む前方から急激に死の塊が押し寄せる状況を察知した巨大ワーム群の生き残りは、海面からトビウオのように飛び上がると巨体をしならせて海上をジャンプしながら最終防衛線である第二堡塁に迫っていく。




