殲滅作戦
――――――【地球極東 人工日本列島『タカマガハラ』エリア・フジ 首相官邸】
剥き出しの茶色い山肌の中腹以上が火山灰を含んだ灰色の雪に覆われた人工富士山5合目に在るイスラエル連邦首相官邸では、目前に迫った特別軍事作戦の最終確認が進められていた。
「—――—――旗艦『ベングリオン』を主力とした攻略部隊は旧上海地区から北上、クローン人類統合第12都市『氷城』まで200km地点まで進出しています」
国防大臣が首相執務室の壁面モニターに表示された部隊配置図を示す。
「敵の反応は?奴らは気付いているか?」
ニタニエフ首相が訊く。
「此方からの威力偵察は増加させているので何らかの動きが有ると感づいてはいるでしょうが、我が軍主力を探知していないようです。
此方のジャミングシステムはクローン人類統合第11都市『成都』の防衛システムを研究した上で対策を講じており、我が軍を探知する事は至難の業でしょう」
モサド(諜報特務庁)長官が答える。
「うむ。火星からの後方支援が有るとはいえ、我が軍戦力には限りがある。
クローン人類の技術水準は火星文明の模倣だが我々に優るとも劣らない。
故に奇襲作戦で先手を取る事で戦略的優位性を保った上で『氷城』を制圧しなければならない」
ニタニエフ首相の発言に国防大臣とモサド長官が頷く。
「主力は北上中で順調だな。囮の方はどうだ?」
「間も無く首相閣下が出される人道支援要請に基づいて日本国自衛隊第7師団と強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』が中心となった”人道支援部隊”を旧ロシア沿海州ナホトカから上陸させる予定です。
クローン人類側は放射能汚染の酷い東側ウラジオストク方面の攻撃はないと思っているでしょうから、ナホトカから背後を強襲される可能性を察知して防衛部隊の配置を北東部に厚くすると思われます」
国防大臣がニタニエフに答える。
「……人道支援部隊か。名目はともあれ見事な囮役と言ったところだな。火星のワーム騒ぎはどうなっている?」
国防大臣の報告を聴くと満足気に頷きながら、モサド長官に尋ねるニタニエフ。
「自衛隊単独による迎撃作戦は失敗に終わりました。後白河副総理を含む首脳部は東京から退避を試みましたが失敗、死亡しました。
日本政府は司令塔不在のまま、英国連邦極東やユーロピア共和国と共同戦線で対処を試みるようです」
淡々と答えるモサド長官。
「生き残った人類で最大勢力を誇る割にはあまりに脆い国だ。
火星に跳ばされ、澁澤首相が暗殺未遂の憂き目に遭っても尚、平和ボケから目覚めない愚かな人種だ。
……やはり地球圏を掌握した後は、直ぐに我々ユダヤ民族が日本人も含めた人類を導かねばならんようだ」
嘆息して呟くニタニエフ。
「我々が敵都市を制圧するまではせいぜい烏合の衆で抗えばよかろう……。
クローン殲滅の特別軍事作戦を成功させる為には、火星『ガリラヤ』防衛にこれ以上地球から戦力を割く事は出来ん。ナパーム1発たりとも無駄にしてはならんぞ」
国防大臣に指示するニタニエフ。
愛する祖国を丸ごとカッパドキア地下都市からタカマガハラへ導いてくれたマルス人に報いる為、クローン人類制圧とユダヤ民族による地球再興を推し進めるニタニエフは、目前の特別軍事作戦に集中するのだった。
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2027年(令和9年)3月29日午前4時【東京都中野区 紅葉山公園付近】
三浦半島沖の巨大ワームから発射されたワーム弾が落下した紅葉山公園は、JR中央線中野駅南側の閑静な住宅地の一角に存在する。
ワーム弾落下直後に駆け付けた消防と警察は、首相官邸から有効な情報や装備がないまま義務感と犠牲的精神だけで小型ワームに立ち向かい、多くの人員を失いながら紅葉山公園の封鎖を維持していた。
日付が変わった午前零時過ぎ、練馬駐屯地と立川防災基地から出動した陸上自衛隊普通科連隊が到着すると、小型ワーム襲撃で疲弊した消防・警察部隊はようやく後退して自衛隊に封鎖を引き継ぐのだった。
中野郵便局駐車場に臨時指揮所を開設した陸上自衛隊は、神奈川県久里浜の陸自野戦司令部やMCDA(火星通商・防衛協定)窓口である台湾警備軍野戦司令部に派遣している陸自連絡将校と通信回線を常時開放して情報分析を行いつつ、夜明け前に決行される小型ワーム殲滅作戦の検討を進めていた。
「中佐。神奈川県海老名市、平塚市に第1師団特科連隊先遣隊が到着。ワーム弾落下地点周辺の封鎖に取り掛かります」
情報将校が封鎖部隊指揮官の中佐に報告する。
「このままだと封鎖が完了している中野が最初に殲滅作戦を実行する事になるな。空自の”ワームバスター”はまだか?」
封鎖部隊指揮官の中佐が空自巨大ワーム対策編隊の支援状況を確認する。
包囲殲滅作戦では、地上から進撃するにあたり事前の空爆や砲撃支援が欠かせない。
だが、今回のワーム弾対策では重火器の使用は周辺住宅地に砲弾の破片による二次被害が懸念されるために砲撃支援は無い。
世田谷で使用したナパーム弾でワーム弾と小型ワーム集中箇所を焼き払い、生き残りを掃討するのが理想的である。
「”ワームバスター”は世田谷の目標を空爆後、百里に戻っています。再出撃は未定との事です」
困惑した様に答える情報将校。
「なんだと!?空自は百里以外に横田に待機している部隊がいる筈だぞ?」
「確認します」
指揮官の問いに応えるべく、情報将校自ら通信機器を操作して横田基地で待機している空自部隊に応援要請を試みる。
数分後、空自部隊との押し問答を終えた情報将校が険しい顔で中佐に報告する。
「ナパーム弾を保有するユニオンシティ空軍(旧在日米空軍)が自衛隊への提供を拒絶している為に装備の補給が受けられず、出撃出来ません」
「何を言っているんだ!日本政府とユニオンシティ政府は”年間安全保障契約”を結んでいる筈だぞ!」
「地球のイスラエル連邦軍司令部が、残りのナパーム弾はイスラエル連邦が開拓を進めている南半球ヘラス大陸の開拓都市『ガリラヤ』防衛に必要だから温存するようにユニオンシティ月面行政府に直談判して圧力をかけたそうです」
「なんということだ!火星日本列島をイスラエル連邦は見殺しにするつもりか!」
困惑した情報将校の説明を聴くと、あまりのやるせなさに思わず声を荒げてしまう中佐。
間もなく始まる東京湾入り口での巨大ワーム群迎撃・殲滅作戦を成功させる為には、後方のワーム弾着弾地域の制圧が重要になる。予定通り封鎖部隊による殲滅作成は何としても決行せねばならない。
中佐が部隊に多大な損害を強いる覚悟を固めた時、再び情報将校が久里浜野戦司令部からの新たな通達を中佐に報告する。
「……はぁ?今すぐゲームをダウンロードだと?」
「野戦司令部は部隊にゲームアプリをダウンロードした端末と蓄電池を準備するよう通達しています」
想定外の更に外側をいく通達に顔を引き攣らせる中佐と、タブレット端末に送信されてきた装備の図解付き通達を見せる情報将校。
「野戦司令部は、装備と使用方法に詳しいスペシャリストを台湾警備軍から直ぐに派遣するのでアドバイスを受ける様にとの事です」
「ゲームのスペシャリストを派遣?」
困惑の度を深めていく中佐だった。
5分後、典型的な空飛ぶ円盤であるマルス・アカデミーのアダムスキー型連絡艇が中野郵便局駐車場に着陸すると、シルバーボディのマルス・アンドロイド”ツルハシ30030号”と紺色のリクルートスーツ姿の青年が降り立ち、臨時指揮所に入っていくのだった。
「失礼します指揮官殿。台湾警備軍野戦司令部の方から来ました自由維新党青年部長の春日と申します。
こちらはマルスアンドロイドのツルハシ30030号です。これから小型ワーム対策について皆さんにレクチャーしつつ、殲滅作戦に同行・協力させていただきます。よろしくお願いします」
中佐に頭を下げて挨拶する春日とツルハシ30030号。
『スエナガク、ヨロシュウタノンマス』
口上を述べるのを忘れないツルハシ30030号だった。
「……お、おう。よろしく頼みます」
非現実的な展開に頭がフリーズしつつある中佐は意識を取り戻すと、なんとか返事をするのが精一杯だった。
中佐の脇に控えていた情報将校と作戦将校はぎこちなく頷くだけしか出来なかった。
彼らは春日が政治家であることについても深く考える余裕もなかった。
「それでは早速始めましょうか!」
そのような雰囲気を気にせず、明るく快活にゲームアプリのダウンロードとバッテリー(蓄電池)から発信されるワーム避けについて説明を進めていく春日だった。
「—――—――この様に、ポケ〇ンGOをダウンロードしたユーザー宅のアンテナに無線送電された電波は、火星原住生物が嫌う微弱な電波になっているのです。これを応用して封鎖部隊の皆さんには、ゲームアプリをダウンロードしたバッテリー付情報端末をバックパックに装備していただきます。
作戦開始後、紅葉山公園周辺の住宅地をワーム避け装備を持つ自由維新党党員が車両で巡回して警戒監視にあたります」
「電波の有効範囲はどのくらいですか?」
メモを取りながら質問する中佐。
「ウーン。50mクライカナ?」
首をコテンと傾げながら答えるツルハシ30030号。
ツルハシ30030号は春日のアシスタントを務めた後、自衛隊のジープにゲームアプリをダウンロードした端末と蓄電池を装備したり、臨時指揮所に集合する自由維新党中野支部の党員にゲームアプリ説明資料やワーム避け使用方法を配布するのだった。
中佐を始めとする部隊指揮官との質疑応答やワーム避けの装備を部隊が準備する間に時間は過ぎていき、東の地平線が僅かに明るくなった午前4時半に殲滅作戦が開始され、包囲封鎖していた部隊は一斉に紅葉山公園に進入していくのだった。
自衛隊が進入した紅葉山公園からは、サブマシンガンの発射音やグレネードランチャーの炸裂音が響き、木立の間から火炎放射器から吹き出す焔が垣間見え、小規模の火災が幾つも発生するのだった。
――――――同3月29日午前6時【東京都中野区 紅葉山公園内】
「Pエネルギー地中レーダーに小型ワームの反応は有りません」
春日とツルハシ30030号を先頭に進む部隊を上空から随伴するアダムスキー型連絡艇を遠隔操作で操る春日がタブレット端末に表示されるレーダー画面を視ながら背後の中佐に報告する。
「了解した。念の為、より直接的、視覚的な方法で危険が無いか私が一人で公園を周回して確認してみたいのだが?」
中佐が春日に提案する。
「中佐。ご提案はもっともです。ですが、指揮官を危険に晒すわけにはいきません。
ツルハシ30030号、コードMでお願いします」
『……コードM=ミート……カシコマリ』
傍らに控えて居たツルハシ30030号に春日が指示すると、シルバーボディのマルス・アンドロイドは背負っていたバックパックを地面に下ろし、大きな人工肉塊を取り出すとおんぶ紐を器用に操って背中に肉塊を背負い、スタスタと遊歩道を歩き始める。
「……ええっ!?ちょっ、何しているんですか!」
思わず制止しようとする中佐。
「中佐殿。大丈夫です。マルス・アンドロイドのボディはワームの強酸性液でも十分に耐えられます」
春日が説明するが、中佐は他人任せという状況に決まりが悪そうな顔をしていたので思う所を話す。
「中佐殿。作戦完了後は、海老名や平塚など他のワーム弾落下地点で作戦が始まります。此処で経験した事を他の場所にも共有されてはいかがでしょうか?
私には軍人としての部隊指揮や実戦行動から見たアドバイスは出来ません。中佐殿にしか出来ない事だと思います」
「……そうだな。春日さんのおっしゃる通りです。自嘲する暇など私には無いのだな」
中佐は春日の言葉に頷くと無線で臨時指揮所に連絡をとり、情報将校に戦闘記録を久里浜野戦司令部や各地の現地指揮所へ送信する様に指示していくのだった。
ツルハシ30030号が巨大な人工肉を背負って公園内を散歩した1時間後、小型ワーム襲撃が無かった事から、封鎖部隊指揮官の中佐は小型ワーム殲滅完了を宣言するのだった。
中野区での殲滅作戦はツルハシ30030号を通じて台湾警備軍野戦司令部がリアルタイムで把握しており、派遣されている陸自連絡将校の黄泉星少佐によって各地のワーム弾落下地区の現地指揮所に転送されていた。
各地のワーム弾落下地区の現地指揮所にはツルハシ30030号と同じ役目を持ったマルス・アンドロイドが自由維新党の岩崎総裁引率され殲滅作戦に同行したり、封鎖地区の後方警戒にあたるのだった。
午前7時には海老名市、平塚市のワーム弾落下地点においても殲滅作戦が開始され、午前11時半には小型ワームの殲滅が各地から宣言されるのだった。




