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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 昏迷胎動
345/462

後顧の憂い

2027年(令和9年)3月28日23時【神奈川県久里浜市 陸上自衛隊通信学校内 第1師団野戦司令部】


「百里のF2攻撃機”ワームバスター”、2機編隊が爆装で世田谷上空に到着します」


 ワームバスターと呼ばれるコードネームの対巨大ワーム攻撃機編隊が世田谷区上空に到着したと、戦術航空管制官が報告する。


「よし。ナパーム弾投下目標、蘆花恒春園博物館」


 躊躇わずに空爆を命令する師団長。


「師団長!公園内の爆撃について東京都知事と世田谷区長の認可が下りていません!

 これはシビリアンコントロールを無視し、地方自治の原則をも踏みにじる重大な憲法違反であります!

 また、ナパーム弾は環境破壊の恐れがあり、非人道兵器としても作戦使用に道義的問題があります!」


 立憲地球党代々木党本部から派遣されていた副官の一人である政治将校が声高に指摘するが、他の副官である作戦参謀や情報参謀は醒めた目つきで彼を見ていた。


 自衛隊が久里浜に野戦司令部を設置してから代々木の立憲地球党本部から派遣された政治将校は、部隊配置や移動について県条例や市条例に抵触しているとして地元市民団体と協議会を開催すべきと主張した。


 挙句の果ては”市民オンブズマン”を監察官として司令部に常駐させるべきと同党所属の県議会議員、久里浜市議会議員と共に駐屯地内部にまで入り込んで師団長に”進言”しており、作戦遂行上の妨害行為しかしていなかった。


 だが、ここで政治将校を更迭すると代々木の立憲地球党本部はさらに自衛隊の身動きを封じ込もうとするのだろう。

 政治主導仕分けという名の人民裁判が来年度の予算案検討過程で行われるかもしれないのだ。


 立憲地球党急進左派は、火星転移後も自衛隊を憲法違反だと主張し続けており、師団長は冷静に対応を心掛けるしかなかった。


「また君か。Jアラートが首都圏に発令された時点で自衛隊には火星転移措置法で改正された国民防護法制に基づいて行動することが認められている。

 すなわち、自治体の同意なしに市街地に陣地を造成したり、民間車両を徴発出来るのだ。

 世田谷区の公園を爆撃するのは、国民の生命や財産が小型ワームに喰われることを防ぐ目的がある。

 そして、ナパーム弾だろうが、燃料気化爆弾だろうが”国民を守れるのならば”なんでも使う。これはワームと人類の生存をかけた戦争なのだ!」


 うんざりしながらも戦闘行動の正当性を説明する師団長。


「しかしですね!それでは司令部の外で待機している同志市議会議員や市民団体の方々と、MCDA(火星通商防衛協定)との連合作戦について事前協議を行うべきです!

 既に彼らに話しは通しております。後は、作戦前に彼らを安全な後方へ輸送する書類にご署名していただくだけです」


 市民団体との協議と自らの保身を厚かましく求める政治将校。


「”彼ら”とは誰のことだね?

 世田谷区長は立憲地球党議員団と共に現在行方不明ではないか。協議相手が捉まらねば事後承諾も出来ん。

 それにな、ワームは人間の根回しなど関係なしに侵略してくるのだ。

……ところで、貴官は私の許可無く一般人を基地に招き入れ、しかもMCDAとの作戦内容について市民団体に伝えたのかね?」


 怒りよりも著しく隊規に違反した政治将校行為を知って顔をどす黒い怒りに染めていく師団長。


「知らせて当然ではありませんか。

 暴力装置である自衛隊の動向は、党と人民の安全に直接かかわるのです。我々は日本人民とともに地球市民革命を――――――」


 政治将校の言葉を右手を挙げて遮ると、師団長は処置なしといった顔で情報参謀に処置を促す。


「警備兵!情報漏洩と外患誘致の現行犯で政治将校を拘束せよ!司令部の外にいる市民団体の連中も共謀容疑で拘束しろ」


 師団長の合図を受けた情報将校が直ぐに司令部に控えていた警備兵に合図すると、一斉に警備兵がなだれ込んで政治将校を床に跪かせて取り押さえると司令部の外へ連れていく。


「……やっとこれで真面目な作戦行動がとれる」


 肩を竦めて独り言ちる師団長が空を見上げると、鈍い爆音を響かせながらF2戦闘爆撃機が上空に到達していた。


『こちら百里F2”ワームバスター”ナパームはいつでも投下できる。指示を乞う』


 世田谷上空に到達して旋回するF2戦闘爆撃機から野戦司令部に通信が入る。


「司令部からワームバスターへ。投下座標を送信した。直ちに投下されたし」


 戦術航空管制官が指示する。


 10数秒後、2機のF2戦闘爆撃機から投下された2発のナパーム弾は、世田谷公園中央に在る蘆花恒春園博物館ろかこうしゅんえんはくぶつかんに直撃すると、ナフサとパーム油の合成剤が瞬時に発火して幅20m、長さ300mにわたる巨大な炎の壁を現出させてワーム弾落下地点や公園に隣接する住宅地をワームごと激しく焼き尽くしていくのだった。


         †          †          †


【火星衛星軌道 第1衛星フォボス 英国連邦極東軍・ユーロピア共和国軍『ダンケルク共同宇宙基地』内宇宙ドック”ディアナ号”】


 MCDA(火星通商防衛協定)加盟国と自衛隊を交えた作戦会議を終えた満は、自衛隊連絡将校の黄泉星少佐、元防衛大臣の桑田、自由維新党総裁の岩崎、同党青年部長の春日、ユーロピア共和国のアッテンボロー博士を別室ゲームサロンへ招待していた。


 ゲームサロンで話し合う議題はワーム弾から発生した小型ワーム対策である。


 小型ワームと言えど、防衛線後方の首都圏市街地が混乱したままではまずいのだ。


 そして日本国民の動揺が火星日本列島再転移へと繋がる可能性を孕むのだ。


 チャット画面と隣り合わせに設定した画面では、NHKが深夜の世田谷公園から立ち昇る巨大な炎と黒煙を中継映像が流れている。


 巨大なキャンプファイヤーの如く燃え盛る世田谷公園の周囲は、自衛隊偵察ヘリや消防防災ヘリが飛び交い、地上では赤色灯を点滅させた自衛隊警備車両や消防車両が集まっていた。


「首都圏は夜の時間帯です。地中に潜む小型ワームを見つけたり、襲撃を躱すのは困難でしょう」


 満が一同に切り出す。


『世田谷に落下したワーム弾の小型ワームは、空自がナパーム弾で焼き払いました』

黄泉星少佐が苦々しい声音で報告する。


 ゲームに詳しくない黄泉星少佐や桑田前防衛大臣のために、アバターは解除して音声チャット方式にしている。画面付の電話会議である。


「黄泉星少佐。小型ワームはナパームで殲滅できるのですか?」

満が訊く。


『化学燃料による激しい燃焼により、高熱と酸素欠乏で生物は生存不可能となるのです。世田谷公園一帯の小型ワームは殲滅されたと野戦司令部は評価しています』

答える黄泉星少佐。


「同じ攻撃を他のワーム弾落下場所に行うと、公園のような緩衝地帯がない市街地では甚大な被害が出てしまいますねぇ……」


 顔を曇らせるひかり。


 ナパーム弾投下地点周辺の生物が生存不可能になるという事は、周辺住民の生存も不可能となるからだ。


「だけど、小さいワームを一匹づつ見つけ出して退治するなんて無理ゲーよ」


 結が尻尾を上下に振りながら指摘する。


『ナパーム弾を使わないとなると、火炎放射器や重機関銃、戦車や大砲、ミサイルになるぞ。同時多発的にワーム弾の被害が発生している状況では陸上兵力が全然足りんぞ』


 元防衛大臣の桑田も指摘する。


「……そうですね、うーん。……アッテンボロー博士、確か巨大ワームは電気信号に反応するのですよね?」


 腕を組んで唸っていた満が顔を上げて尋ねる。


『反応するでしょうね。ムッシュ大月。

 アルテミュア大陸上陸作戦では地上防衛陣地や艦船に対し、巨大ワームが地中や海底から襲撃してきました。

 巨大ワームは電気信号の発信場所には熱源が有り、熱源には餌があると学習しているものと考えられます。

 40億年以上も空気の薄い過酷な氷原で生き延びた火星原住生物は僅かな経験でさえも学習して種で情報共有する習性が有るのでしょう。

 ただし、今回の日本近海における戦闘では戦闘艦艇からのソナーを避けている様にも思えますね。

 明らかに対潜水艦兵器の攻撃を恐れているのでしょう。奴らは環境に順応、進化し続けているのです』


 アッテンボロー博士が満に答える形でサロンに集ったメンバーへ巨大ワームの生態を説明する。


「……ヘラス大陸上陸作戦でも瑠奈率いる『マロングラッセ』が地中戦艦みたいに地中でバンバンとプラズマ砲を撃って巨大ワームをやっつけていましたね。あれが種族としてのトラウマになっていたのでしょうか?」


 アッテンボローの言葉に満がふと思い出したように質問する。


『大月先輩。今までの話をきくかぎりでは、陸上でもワームが警戒する様な電気信号を発信すれば、散らばった小型ワームの活動を制限出来るのでは?』


 満の言葉を聞いた春日が提案する。


「フフン。そこでこのオンラインゲームがワーム撃退に役立つのよ」


 自分の番が来たとばかりにドヤ顔の美衣子が告げる。


『どの様にゲームを役立てるのでしょうか?』


 岩崎自由維新党総裁が訊く。


「MCDA加盟国と日本国内で”ポケ〇ンGO”をダウンロードした家庭には、衛星軌道上の太陽光発電システムから”無線送電”で電力供給がされているわ。

 無線送電周波数を巨大ワームが嫌う周波数帯域に変えて送電すれば、自ずと各家庭には簡易的”巨大ワーム避け”が出来上がる訳よ!エッヘン!」


 どや顔で開設する美衣子。


「あらまあ、えらいですね美衣子ちゃん。凄いですねぇ~」


 賞賛するひかりが栗の入った月餅を美衣子に渡す。


「ムフフン!」


 栗入り月餅を美味しく頬張る美衣子。


「「クェーッ!」」


 月餅を歓喜の表情で頬張る美衣子を見た結と瑠奈が悔しそうな声を上げながら持ち場へ戻る。


 食堂前のテレビ画面に移動した結と瑠奈は、コントローラーを操作して観音崎沖海底で待機するマルス・アカデミー多目的戦闘艦『エクレア』『ババロア』の戦闘準備を加速させていく。


 二人は戦闘実績を上げてご褒美を貰う決意を固めるのだった。


「いや、まぁ。やる気があるのはいい事なんだけど……」


 サロンのワーム対策から離脱した結と瑠奈を呆れ顔で見送る満。


「美衣子。周波数帯域の変更はどのくらい時間がかかるのかな?」

「モグモグ。すぐにでも可能。チョチョイのチョイよ」


 栗入り月餅を頬張りながら満の問いに即答する美衣子。


「問題はどの様にゲームのダウンロードを広めるかだけどね……。

 MCDA側の放送局は日本国総務省が電波停止処分を実施して首都圏での放送が出来ないんだよなぁ、参った」


 頭を抱えて考え込む満。


『大月さん。住民への広報については、私達に任せて下さい』


 協力を申し出る岩崎。


「大丈夫ですか?岩崎さん」


 心配そうに満が訊く。


『我々自由維新党の各地区支部から住民に呼びかけます。まあ、選挙活動の応用編みたいなものでしょう』


 岩崎がニヤリと笑って答える。


『それでは我々はワーム弾落下地域の住民に、ゲームアプリをダウンロードすればワーム除けになると広めます。青年部に所属する党員達を総動員してきます!』


 岩崎と春日が満に広報してくると言ってゲームサロンから退出していく。

 自分にも出来る事があると分かって、やる気になっている春日だった。


「これで後顧の憂いもなんとかなりそう……かな」


 チャット画面から次々と離れていく皆を見ながら呟く満だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】


・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。

・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス文明「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班顧問。生物学博士でサーの称号を持つ。

・岩崎 正宗=自由維新党党首。元内閣官房長官。

・春日 洋一=自由維新党参議院議員。元ミツル商事社員。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・桑田=自由維新党衆議院議員。元防衛大臣。MCDA軍事部門相談役。

・黄泉星=陸上自衛隊第1空挺団少佐。連絡将校として台湾警備軍司令部に派遣された。

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