切っ掛け
2027年(令和9年)3月28日午後5時40分【NHK緊急放送】
プルプルルルルルプルプルルルルルと何かが転がるような独特の信号音が鳴ると、首都圏全てのテレビ・ラジオが自動的に起動してNHKの緊急放送が始まった。
『—――—――NHK緊急放送です。この放送は東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県にお住まいの方へ放送しています。この放送を少しでも沢山の人に伝えて頂くため、お近くの人とお声を掛け合ってください。
――――――東京都世田谷区、中野区、神奈川県海老名市、平塚市にワーム弾が落下し、住民が小型ワームに襲撃される被害が多数発生しております。
市民の皆様におかれましては、直ちに最寄りの防護シェルター又は鉄筋コンクリート造の建物の高い所へ避難してください。巨大ワーム群の東京湾接近に伴い、首都圏沿岸部に直接上陸又は全域にワーム弾が落下する可能性があります。
――――――現在首都圏各地で巨大ワーム群による被害が多数発生しております。直ちに命を守る行動を取ってください!
――――――避難の際はヘルメットを被り、肌が露出しない厚手の服装で足をしっかり守る固い革靴等を履き、アスファルトやコンクリートで舗装された地面を通って避難場所へ向かってください。
決して土が剥き出しとなった場所には近づかないでください!土の上を歩かないでください!
避難場所へ向かう際は、自動車やバイク、自転車の使用は止めてください!タイヤはワームが吐く強い酸性の液体によって溶かされ走行不能となる恐れがあります。自動車やバイク、自転車の使用は止めてください!
――――――ワームを発見した場合は、最寄りの警察や消防、自衛隊に連絡してください。小型ワームであろうと決して近づかないでください!
ワームは火に弱いとの情報がありますが、確認されていません。ガスバーナーや携帯ボンベ、スプレー缶、チェーンソー、刃物でワームに立ち向かうのは非常に危険です!ワームは私達人間よりも素早く動き、強力な酸性液を噴射して襲いかかります!一度体に取り付かれると皮膚を食い破って内臓まで達し命を失ってしまいます!
――――――市民の皆さまは直ちに命を守る行動を取ってください!』
テレビ画面には”ワーム危険!すぐ逃げて!”と赤字で大きくテロップが表示され点滅している。
アナウンサーの懸命な呼び掛けは何度も続けられていた。
♰ ♰ ♰
2027年(令和9年)3月28日午後5時55分【東京都千代田区自由維新党本部】
『後白河副総理が死亡しました』
月面都市『ユニオンシティ』駐在、地球方面特命全権大使東山龍太郎が、自由維新党総裁の岩崎正宗に後白河政則の死亡情報を連絡してきたのは、岩崎正宗自由維新党総裁と有志議員達が独自の巨大ワーム群対応を検討していた時だった。
突然の凶報に岩崎が眉を吊り上げ、春日、甘木が動揺する。
「何ですって!?」
「春日さん、落ち着いてください。失礼しました。それで、一対何が起こったのですか?」
動揺する春日を宥めた岩崎が東山に事情を尋ねる。
『後白河副総理は、ユニオンシティ軍横田基地がワーム弾を迎撃している最中にヘリコプターから降りてシェルターへ避難する途中、迎撃ミサイルの発射に巻き込まれたそうです。一部始終が監視カメラの映像に記録されていました。
SPや秘書官も巻き込まれていたので、酷く損傷した遺体を副総理と特定するのに時間がかかった様ですね』
東山が説明した。
『桑田です。市ヶ谷から情報が入りました。立憲地球党指導部及び所属する国会議員が世田谷で大勢死亡した様です』
オンラインで岩崎と繋がっていた元防衛大臣の桑田が報告する。
『もしや、立憲地球党を口封じしようとイスラエル連邦が動いたのでは?』
緊張した面持ちの東山。
「イスラエル連邦と言えど、巨大ワーム群のコントロールは出来ないでしょう。どうやら、副総理も議員団も羽田から北陸地方へ避難する途中だった様です」
呆れた表情の岩崎。
「北陸へ避難ですって!?」
予想を超える行為にすっとんきょうな声を上げる春日。
「おおかた、巨大ワームの東京湾襲来に怯えたのでしょう。首都圏の市民を見捨てて脱出するなど、事実が明らかになれば立憲地球党を支持する人は居なくなるでしょう」
肩を竦める岩崎。
『いつまで経っても議員達が戻らず、連絡員との応答も途絶えたのでヘリコプター部隊の指揮官が市ヶ谷に報告し、捜索命令を受けた三宿駐屯地の警備部隊が付近の公園内で小型ワームに襲われたらしい集団の遺体を発見しました。所持品から立憲地球党議員と特定出来ました』
桑田が説明する。
「……不味いですね。後白河副総理を始めとした多くが新政権の閣僚です。指揮命令系統がごっそりやられ、おまけにこの非常時に脱出を試みて死亡したと公表されたら首都圏はパニックになるに違いありません。
そうなると、国民の不安が高まってマルス・アカデミーの日本列島生態環境保護育成システムが稼働して列島が再転移しまうかもしれませんよ」
額に冷や汗を滲ませる甘木。
元経産大臣だった甘木は八百万の神と交流していた経済産業省AIサイトに詳しかった為、世論動揺による再度の列島転移を懸念していた。
「情報の発表は抑えられません。……ですが公表された際にパニックを抑えるべく直ぐに手を打てば、国民の不安感が減るかも知れません」
甘木の発言を考慮し、事態打開の方策を考える岩崎。
「……タイミングとしては早すぎるのかも知れませんが、日本国民の不安感が転移レベルに達しないよう、超党派による暫定臨時政権を樹立して国の建て直しを図りましょう。
まずは衆参議長に緊急臨時国会開催を自由維新党が要求します」
岩崎が決断する。
「自由維新党の議員数だけでも、全議員の3分の1以上ですから開会要求出来ますね!幸いなことに衆議院議長、参議院議長共に赤坂議員会館に留まっているので連絡可能です!」
春日が直ぐに反応する。
「桑田さんは横須賀のユニオンシティ海軍基地に向かっているのですか?」
岩崎が訊く。
『はい。向かっています。上手く行けばユニオンシティ海軍の駆逐艦に乗り込めるかも知れませんからね!ははは』
溌剌に返答する桑田。
「ほどほどにして下さいね。桑田さんにはこれから首都圏の防衛態勢を立て直してもらわないといけないのですから」
岩崎が釘を刺す。
「春日君はMCDA加盟国、ユニオンシティとの連絡調整を頼みます」
「かしこまりました」
岩崎の指示に頷く春日。
「甘木さんはMCDAからの電力融通と国内送電システムの再構築へ向けて計画を作成してください。素案はこれをベースにお願いします」
「……はい。わかりました」
岩崎のタブレット端末からデータが甘木の端末に送られ、甘木が確認して頷く。
「時間が惜しいです。直ぐに動ける方は全員国会議事堂に集合です!」
総裁執務室に集まった者の顔を見回すと、行動開始を宣言する岩崎総裁だった。
春日と甘木が執務室から飛びだす様に退出した後、一人総裁執務室に残った岩崎はゆっくりと総裁の椅子に腰欠けると、背もたれに身体を預け天井を見上げて呟く。
「……イスラエル連邦の謀略ではないとしても、彼の国の動きは気になりますね。
火星日本列島がワーム騒ぎに気を取られている内に、地球で問題を起こさなければ良いのですが。
もっとも、今の日本国には地球方面に関わる余裕等無いのですが……」
イスラエル連邦の動向を懸念する岩崎だった。
♰ ♰ ♰
2027年(令和9年)3月28日午後6時20分【神奈川県久里浜市 陸上自衛隊久里浜駐屯地内 第1師団野戦司令部】
「三宿の警備部隊より『小型ワームは世田谷都立公園全域に拡散中』との報告あり!」
「東京中野区と神奈川県海老名市と平塚市の住宅地では、落下したワーム弾から発生した小型ワームが市民を襲撃。警察機動隊と消防が対応していますが被害甚大!」
次々と入る報告を情報将校が集約して戦域地図に記号を加えていく。
「横須賀火力発電所の機甲部隊を海老名と平塚へ向かわせろ。中野は練馬の普通科連隊を派遣。世田谷は公園全体をナパームで焼き払うしかあるまい」
渋面の第1師団長が決断する。
♰ ♰ ♰
【神奈川県横浜市中区日本大通 神奈川県庁本庁舎】
100年近く前に建築された『キングの塔』と呼ばれ県民に親しまれている由緒正しい建物1階広間に特設された県の巨大ワーム対策本部に、連絡将校として到着した陸上自衛隊第1空挺団の黄泉星少佐は、今まで見たことのない光景に驚きの目を瞠る。
広間に整然と長机がコの字型に幾重にも並べられ、多数のPCとそれを操作する50名あまりのオペレーターが猛然とデーターを入力している。コの字型の中央には立体ホログラムモニターが設置され神奈川県南部地区の状況が地形図に反映されていく。
黄泉星少佐が驚いたのは、これ程の人員と機器が並ぶ対策本部につきものの喧騒が無く、静寂が保たれている事だった。
よく見るとPC端末のオペレーター達は神奈川県の作業着を着たマルス・アンドロイドであり、目にも止まらぬ速さで情報処理を行っている。
コの字型の長机中央に座る黒磯神奈川県知事と数人の県幹部が中央のホログラムモニターと手元のタブレット端末を交互に視てスカイプ機能を駆使して現場に居る局長クラスに指示を出している。
整然とした光景に対策本部入り口で立ち尽くしていた黄泉星少佐に黒磯知事が声を掛ける。
「ああ、自衛隊の方ですか。ご苦労様です。
……ですがご覧の通り、此処に居ても生の情報は掴めないでしょう。現場である台湾警備軍野戦司令部に出向く事をお勧めしますよ。私から王代表に連絡します。案内役をつけましょう……ツルハシ30030さん?彼をよろしく」
『ウイ。マスター』
1名のマルス・アンドロイドが挙手をすると開いた胸元にPC端末を格納して黄泉星の傍に歩み寄る。
『フツツカモノデスガ、スエナガクヨロシュウオネガイスルッス!』
黄泉星の前で頭を下げるツルハシ30030号。
「……お、おぅ」
予想外の展開にドン引きしながら応える黄泉星少佐だった。




