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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 昏迷胎動
342/462

東京湾攻防戦【空海の攻防⑤】

2027年(令和9年)3月28日午後5時頃【千葉県富津市 金谷港】


「全然効かない!」「7.62mmもダメだ!」


 生き残った空挺隊員達が小グループ毎に固まりながら、にわかこしらえで積み上げたコンテナや荷箱からなる即席陣地から自動小銃や軽機関銃で巨大ワームを攻撃するが、筋肉質で固い鱗に包まれた巨大ワームに小銃類の弾丸は全く効かず、逆に巨大ワームに陣地ごと吸いこまれていく。


『久里浜司令部から第1空挺団ヘ。最優先命令—――—――あらゆる犠牲を払って――――――巨大ワームを迎撃—――—――』


 巨大ワームに撥ね飛ばされて横転したジープの無線機から、途切れ途切れだが久里浜駐屯地の野戦司令部から命令が響きわたる。


「こんな軽装備で巨大ワームの相手など出来るものか!司令部!巨大ワームは海自が制圧するんじゃなかったのか!?」


ジープの脇に伏せながら、無線機に向かって叫ぶ黄泉星少佐。


『—――—――護衛艦隊は巨大ワーム群を取り逃した。金谷の他にも三浦海岸—――—――巨大ワーム群が出現—――—――混乱している――――――何とか足止め出来ないか?』


 野戦司令部も混乱している様で雑音交じりで途切れがちな無線の背後からは、騒然とした雰囲気がうかがえる。


「軽機関銃数基と携帯式対戦車ミサイルでどうしろと!?」


『木更津からコブラ(対戦車ヘリコプターの機種)が出る。5分で着く。海自艦隊にも支援砲撃許可を出している。それまで持たせろ、以上!』

司令部が黄泉星少佐に答える。

 

『こちら第1護衛隊群『いずも』。砲撃目標の確定値を送信されたし』


 第1護衛隊群から黄泉星少佐に要請が来る。


「何を言っているんだ!?縦横無尽に動き回る巨大ワームをどうやって捉えるつもりなんだ!」

呆れて応える黄泉星。


「目標は激しく機動中。針路予測不能!」

伝える黄泉星。


『—――—――了解した。それでは艦隊から内房線沿いに艦砲射撃を行う。貴官は部隊を浜金谷駅まで移動されたし』


 少し間が空いた後、野戦司令部から司令が下る。

 

「待ってくれ!浜金谷駅から東京方面の鉄道沿線の住民は避難していない!」


『久里浜司令部及び市ヶ谷本省の最優先命令は巨大ワーム群の殲滅である。その他の要素は考慮されない。貴官らは直ちに制圧地域から移動されたし。以上――――――』


 黄泉星の異論を遮る形で久里浜司令部が一方的に指示を出して通信が終了する。


「くそったれ!総員浜金谷駅まで退避!砲撃に巻き込まれるぞ!」


 悪態をつきながら部隊に退避命令を出す黄泉星の傍らで、一人の隊員が横転したトラックから持ち出した対戦車ミサイルが1体の巨大ワームの背中に命中する。


 背中に対戦車ミサイルが命中した巨大ワームは、背中の一部が抉れて青い体液を流しながら悶絶すると、海へ戻ろうと鎌首を反転させ、フェリーターミナルへと引き返していく。


 浜金谷駅へ退避する黄泉星少佐の背後では、沖合に展開していた護衛艦隊が一斉にチカチカと赤く発光すると、フェリーターミナル脇の燃料タンクに赤く輝く砲弾が命中して爆発炎上する。続いて浜金谷駅から100m離れた場所から東京方面内房線沿線沿いに護衛艦隊からの艦砲射撃が次々と着弾して線路沿いの温泉施設や民家、マリーナを住民ごと破壊していく。


「………マジかよ」


 激しい砲撃の効果に唖然とする黄泉星。


 艦砲射撃で生命の危機を感じた巨大ワーム群は、停泊中のフェリーや炎上する港湾施設に巨体を衝突させてなぎ倒しながら海へ逃れ、再び東京湾奥を目指して北上を続けるのだった。


「久里浜司令部!此方第1空挺。

 金谷港の巨大ワーム群は再び海に戻り東京湾を目指している!これ以上の砲撃は無意味だ!」


 海面を注意深く視ながら司令部へ叫ぶ黄泉星。


 三浦海岸菊名海水浴場の巨大ワーム群も、金谷港対岸の横須賀火力発電所から急派された機動戦闘車が到着する直前に再び海中に逃れて姿を眩ませたと久里浜司令部に報告が入ったのは黄泉星少佐とほぼ同じ時間帯だった。


 浦賀水道に於ける自衛隊の迎撃は失敗に終わるのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同日午後5時10分【神奈川県横須賀市 陸上自衛隊武山駐屯地内 自衛隊高等工科学校】


 久里浜駐屯地の後輩から請われて自衛隊高等工科学校を訪問していた元防衛大臣の桑田は、工科学校の生徒達に特別講義を行った後校舎裏で休憩していたが、野戦司令部の元部下からMCDA軍事部門への接触方法を訊かれたが「心当たりはないが、スーパーポケ◯ンのゲーム画面を視れば分かるのではないか?」と他人が聴いたら耳を疑う返答をするのだった。


 校舎裏で後輩に返答した桑田の目の前で、輸送ヘリが慌ただしく次々と北へ向かって飛び立っていく。校庭で待機していた輸送トラックや高機動車も次々と駐屯地を出発していく。


「……桑田さん。これは一体!」


 突然出発していく部隊を困惑しながら見送っていた案内役の隊員が桑田に尋ねる。


「迎撃部隊は既に配置に就いていた筈だ。武山から追加部隊が出動するということは”他の前線”が出来たという事だ。此処からは自分で行動するとしよう。案内ご苦労様」


 隊員に答えると桑田は送迎用ワゴン車を自ら運転し、横須賀のユニオンシティ海軍基地へ向かうのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同日午後5時30分【NHK緊急放送】


 首都圏全域の全ての人々に緊急放送を意味する信号音がピュルルルと鳴ってスマホやテレビ・ラジオが信号を受信して自動起動する。


『政府は先程、首都圏沿岸部を対象にJアラートに続いて緊急避難情報を発表しました。

 沿岸から10Km圏内にお住まいの皆様は、巨大ワーム襲来に備えてください!

 直ちに最寄りの防護シェルター又は鉄筋コンクリート造の建物の高い所へ避難してください!

 緊急避難情報に基づき第3管区海上本部は、東京湾全域で全ての船舶の航行を禁止しました。

 国土交通省は国土交通大臣の行政指揮権発動を宣言しました。

 沿岸部から10Km圏内の航空機や鉄道の運航を直ちに停止するよう航空会社、鉄道事業者に対し命令しました

—――—――首都圏沿岸部の緊急避難情報と国土交通大臣の行政指揮権発動を受け、日本道路公団は首都圏各地の高速道路全線を直ちに閉鎖、通行止めにすると発表しました』


         

【東京都新宿区 JR新宿駅ALTAビル前】


『—――—――視聴者の皆さん、こんばんは。極東BBCニュースです』


 街角のビル壁面に設置された大画面液晶テレビでは、極東BBCニュースが同時通訳で放送されていた。


 日本国政府が巨大ワーム襲来について具体的かつ明確な情報公開をしていない為、大部分の市民は先行きに不安を感じ、敏感な世論に背中を押された一部マスメディアが海外ニュースサイトを紹介する形で放映に踏み切っていた。


『日本政府が巨大ワーム対応に追われる中、日本の首相官邸は巨大ワーム群の動向について”関係省庁から随時適切な発表を行うと承知している”と後白河副総理談話を発表しています。

 ……一方、MCDA軍事筋の情報によると、自衛隊の迎撃は失敗に終わったようです。

 巨大ワームの動向について、火星原住生物専門家のロバート・アッテンボロー博士にお話を伺います』


 極東BBC放送の女性記者が、巨大ワームに破壊された金谷港フェリーターミナルと艦砲射撃で破壊され炎上する燃料タンクや住宅、横転した車輌を映す画像を強張った表情で見ながらアッテンボロー博士を紹介する。


『銚子沖で二手に分かれた巨大ワーム群のうち、南下した群れが向かう場所は東京湾以外にありますまい』


 明確に述べるアッテンボロー博士。


『東京湾ですって!?日本政府は明確なコメントを出していないにもかかわらず、何故そこまで博士は断言出来るのでしょうか?』


 オーバーリアクション気味な記者がアッテンボローに尋ねる。


『3600万人余りが暮らす東京首都圏の生活排水が何処へ流れ込んでいると思いますか?—――—――東京湾です!

 巨大ワームは間違いなく生活排水から東京首都圏ここにご馳走があると確信しているのです!遡上する鮭の如く、巨大ワーム群は東京湾へ殺到するでしょう』


『……なんてこと』


 力説するアッテンボロー博士に気圧された極東BBC記者が思わず呻く。


『東京首都圏にお住まいの皆さん。今すぐ内陸部への避難を。

 残された時間は余りありません。もしくはMCDA公認ゲームソフトを今すぐ起動――――――』


 アッテンボロー博士が尚も視聴者に語りかけている最中、突然画面が暗転して放送が中断する。


 日本国政府の頭越しに巨大ワーム情報を国内で報道され、激怒した立憲地球党代々木党本部の猛抗議を受けた総務大臣が行政指揮権を発動、強制電波停止措置が講じられたのである。


 地下街や防護シェルターで息を潜めて放送を視ていた人々は、中断したテレビ画面から眼を背けると顔を俯かせて力無くその場に座り込むのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同時刻【東京都福生市 在日ユニオンシティ軍横田基地】


 市ヶ谷防衛省から飛行禁止命令が出た為に後白河副総理を乗せた輸送ヘリコプターは、横田基地の滑走路脇に在る駐機場へ緊急着陸した。

 横田基地地上部分は対空戦闘態勢の為、人影はなかった。


 ヘリコプターが着陸した場所から300m程離れた場所に配置されていたアイアンドームミサイルシステムから8発の対空ミサイルが連続発射され、高温の白煙が風に流されて後白河の乗っていたヘリ近くまで漂う。


「副総理!横田基地司令官から『迎撃ミサイル発射中で危険な為、しばらく機内に留まるように』との指示が来ています!」


 操縦席から身を乗り出したパイロットが、後ろを向いて後白河に注意を促す。


 だがヘリコプターから降りる準備をしていた後白河は通信機を兼ねたヘッドホンを外して搭乗口に手を掛けており、パイロットの警告はヘリのローター音とエンジンの騒音で殆ど聞き取れなかった。


 故に後白河は、パイロットが”早く避難して!”と言っていると勘違いした。


 搭乗口が開いた瞬間に後白河は身軽に飛び降りると、最寄りの建物目指し全速力で走り出す。


 慌てたSPや秘書官が後を追ったが、学生時代にラグビーで鍛えた身体は意外と持久力があり、SP達を引き離していく。


「……はぁはぁ。おーい!先にいくぞ!」


 久し振りに全力疾走した爽快な気持ちで後白河が足を止めて後ろを振り返った場所は、迷彩色に塗られたアイアンドーム対空ミサイルランチャーだった。


「入り口は何処だ?おい!開けてくれ!扉を――――――」


 迷彩色に塗られた建物に後白河が声を張り上げた瞬間、彼が声を張り上げた建物=建物ではなく、対空ミサイルランチャーから20連装対空ミサイルがシュババババとオレンジ色の噴射炎と高温ガスを含む白煙を勢いよく噴き上げて発射され、噴射炎と高温ガスがあっという間に後白河と後を追うSPや秘書官達を包み込む。


 後白河副総理の意識は、突然発生した耳をつんざく轟音と焼ける様な全身の痛み、白く眩い光が視界一杯に広がったところで永遠に断絶した。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班顧問。生物学博士でサーの称号を持つ。

・桑田=元防衛大臣。陸上自衛隊出身。北米大陸攻略作戦で多数の戦死者を出した責任を取って辞任した。防衛省外郭団体相談役として陰ながら後輩達の相談に乗っている。

・黄泉星=陸上自衛隊第1空挺団少佐。

・後白河政徳=日本国内閣副総理大臣兼外務・財務大臣。

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