東京湾攻防戦【空海の攻防④】
2027年(令和9年)3月28日午後4時53分【東京都世田谷区八幡山 都立公園 蘆花恒春園】
雑木林や竹林、桜並木、日本庭園が広がる公園敷地内西側に茅葺屋根の古民家があり、近隣のグラウンドに緊急着陸したヘリコプターを降りた立憲地球党指導部と議員団が休息していた。
窮屈かつ騒音の激しいヘリコプター機内から解放された党指導部や議員団の面々が身体を伸ばして縁側で寛いでいる。
「……ほう。新首都は新潟ですか」
「ええ。主要省庁の移転先もほぼ内定しています。まだ内密にしてください。このワーム騒ぎが収まった段階で首相官邸談話として発表する予定です」
縁側で党指導部をもてなしていた世田谷区長が僅かに目を細め、党書記長の話に耳を傾ける。
「同志区長。新しい首相官邸は党・政府の執務室が一体となった構造で人民主導の改革が出来るのだ。対馬事変で閉鎖した旧中国大使館を改装する予定だが、工事の前金が少し足りなくてだな……霞が関の役人連中や大企業が抵抗して”埋蔵金や内部留保”を出し渋っておるのだ。なに、この騒動が落ち着いた暁には行政指揮権を活用して資本家や役人共に大ナタを振るって埋蔵金を吐き出させるから、それまでの間、予算を一部使えないものだろうか?」
「確か内閣官房には使途不明金があるのでは?」
「人民への体面上、使途不明金では申し訳が立たんのだよ」
区長は自由維新党が選挙資金に活用していたケースを思い出して尋ねたが、首を横に振る党書記長。
「……では区の善隣友好協力基金から区外市民文化交流目的等として工面しましょう」
黙考したのち、区長が決断する。
「おお!同志区長の迅速かつ果断な対応に感謝する。個人的には、同志区長を次の党大会で常務委員に推薦する事を前向きに検討するよう指導部で調整しようじゃないか!」
満面の笑みで区長の肩を叩いて感謝する党書記長。党書記長という雲の上の存在から賞賛の言葉をかけられて頬を緩める区長。
「……全く。政治には金がかかるものだ」
ひと息をつく党書記長。
「党組織が拡張されれば、行政組織と違って金のかからない政治が出来るというものです」
区長が応える。
金策を終えた党書記長と区長が座椅子の背もたれに身体を預けて寛ぎながら外を眺める。
党書記長が温くなった烏龍茶をすすった時、縁側や軒先でタバコを吸っていた他の党指導部や議員団が慌てて室内に入ってくる。
同時に天井にドスン!と音が響いて古民家が揺れ、室外の地面にも小石の様な何かがバラバラと勢いよく落下している事に党書記長と区長が気付く。
「同志諸君、一体何が――――――」
訝し気に室内へ入ってきた議員に訊こうと口を開きかけた途端、今度は古民家脇の雑木林にズシン!と茶色い岩石が落下して砂埃と枯れ葉を周囲に巻き起こす。落下の振動で古民家が揺れ、縁側のガラス戸もガタガタと音を立てて振動する。
「状況ワーム!状況ワーム――――――ぐぎゃっ!」
ヘリコプターから随行してきた唯一の自衛隊連絡員が、古民家外へ駆け出して茶色い岩石が落下した雑木林に駆け寄って警告の叫び声を挙げたが、直ぐに短い断末魔の叫びと共に枯れ葉に覆われた地面に倒れ伏して見えなくなる。
「わ、ワームだと!?」「自衛隊が撃ち落としたのでは無かったのか!?」
室内から外を伺っていた党指導部や議員団が騒ぎだす。
「書記長閣下。ここは危険です。直ぐに避難しましょう!」
「……人民から搾取しておいてワーム弾を撃ち漏らすとは。後で責任者を人民総括にかけねばならん。
同志諸君!落ち着いて行動しよう。同志区長の後をついてバスまで向かおうじゃないか!」
区長に避難を促された党書記長は自衛隊へ不満を漏らしつつ、指導部や議員達に避難を呼び掛けて古民家を出ると柔らかい土に覆われた遊歩道を歩いて駐車場へ向かう。
「同志書記長。こちらが駐車場への近道になります」
区長を先頭に遊歩道を外れ、雑木林を突き抜ける細い獣道をぞろぞろと進む党書記長一行。
5分程歩き続けると、雑木林向こう側の駐車場が見えてくる。だが、予想外の光景に思わず足を止めてしまう党書記長一行。
「……なん、だと」
唖然とする党書記長。
駐車場に停車していた避難用の都営バスは、3m程もある金属片が幾つも屋根に突き刺さって大きく裂けており、後部エンジンとみられる場所からはオレンジ色の炎が噴き上がって炎上していた。
都営バスの隣に駐車していた区長専用のワゴン車も、フロントガラスや天井に鋭く尖った金属片が幾つも突き刺さって破損していた。
待機している筈の運転手達の姿は見えない。
獣道で立ち竦む党書記長一行の背後で突然悲鳴が上がり、党書記長や区長が振り返ると数人の議員がその場で倒れ地面を転げ回っている。
「い、痛いっ!」「何かが中にイっ!」
ふくらはぎや太ももを抑えて痛みに耐えかねて転げまわる議員の胴体や首筋に茶色いひも状の生物が次々と絡みついてしばらくすると、血だらけで転げまわっていた議員達の身体がビクンと痙攣して静かになる。
無残な光景に足が竦んで動けない党書記長一行。
「……わ、ワームに喰われたのか!?」
呟く党書記長。
党書記長が呟くと同時に、枯れ葉の下で蠢いていた無数の小型ワームが一斉に党書記長や区長、数十名の国会議員達に襲い掛かるのだった。
雑木林からは暫くの間、絶え間ない絶叫と悲鳴が続いていたが、数分もすると先ほどの喧騒が嘘の様に途絶え、不気味に静まり返るのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m




