東京湾攻防戦【空海の攻防①】
2027年(令和9年)3月28日午後4時35分【東京都新宿区市ヶ谷 防衛省総合司令センター】
防衛省地下50mに在る司令センターに警報ブザーが鳴り響き、警告灯が赤く明滅し始める。将兵達が足を止め、メインスクリーンを注視する。
『—――—――府中、航空総隊より至急。
千葉44番の早期警戒レーダーが飛翔体6基を探知。発射地点、浦賀水道!高度25000m!間も無く飛翔限界点に到達、落下コースに入ります!』
「イージス艦が搭載するSM3迎撃ミサイルの最低迎撃高度70Kmより低い。地上のPAC3で迎撃するしかありません」
「それしかあるまい」
作戦参謀の進言に頷く当直司令。
「入間基地の第1高射隊に迎撃命令。ユニオンシティ軍横田基地にアイアンドーム(近接対空防衛システム)稼働要請。首都圏全域にJアラート発令!」
当直司令が直ちに迎撃とJアラート発令を指示する。
「16時36分、東京首都圏にJアラート発令」
情報将校が復唱すると全省庁へ発令していく。
『――――――こちらダイモス宇宙基地。飛翔体は飛翔限界点到達――――――落下コースに入った!自由落下、速度マッハ13から17!』
「入間のPAC3(パックスリー=パトリオット対空ミサイルシステムの略)と横田のアイアンドームは迎撃準備完了!」
各部署から迎撃態勢の報告が上がる。
『こちら府中管制。杉並上空を陸上自衛隊第1空挺団ヘリコプター部隊が北上中』
「この非常時になぜそんな所を陸自のヘリコプターが飛んでいるのだ!?」「第1空挺は久里浜防衛線後詰めでは?」
困惑する当直司令。部隊配備状況を再確認する情報将校も首を捻る。
「ああ、そのことでしたら問題ありません。代々木の同志諸君が避難中ですから」
司令席へ静かに近付いた政治隊員が小声で説明する。
「大問題だ。対空戦闘指揮に支障が生じるではないか!」
首を横に振る当直司令。
「市ヶ谷総合司令センターから陸自第1空挺ヘリコプター部隊へ。首都圏Jアラート発令により当空域は飛行禁止となった。速やかに緊急着陸せよ!」
当直司令の傍で待機していた作戦参謀が無線機を取って直接指示する。
「その指示は待て!それでは同志達の避難が遅れるではないか!」
作戦参謀の通信機を取り上げようと近付く政治隊員。
「ワーム弾から首都圏市民を護る為の対空戦闘態勢です。そして横田のアイアンドームシステムは、自動的に飛行物体を無差別に攻撃するのです。貴方が守りたい同志達が対空ミサイルで撃ち落とされてもいいのですか?」
政治隊員を宥める作戦参謀。
「いかん!いかん!いかん!党の同志達に万が一の事が有れば日本人民主導による地球市民革命が―――――」
その場に座り込むと、顔を真っ赤にして駄駄を捏ねて喚く政治隊員。
「市民革命よりも、国民を生き残らせる事が最優先だ。それが分からんのか!—――—――警備隊!この分からず屋を拘束しろ。防衛任務を妨げた、公務執行妨害で現行犯逮捕せよ」
泣き喚きながら警備隊に取り押さえられる政治隊員。だが、当直司令や将校達は騒ぎを無視してメインモニターのワーム弾弾道コースに注目している。
『こちらダイモス。ワーム弾が多数分離……28基が神奈川県、35基が東京へ落下コースに入った。着弾まで350!』
心なしか声が震えるダイモス宇宙基地管制官。
6つの弾道コースから無数の新しい軌跡がメインモニターに表示されていき、それを凝視する当直司令と将校達の顔面からみるみる内に血の気が引いていく。
「市ヶ谷から東部方面全部隊へ至急!直ちに防護施設に退避!多数のワーム弾が落下するぞ!急げっ!」
地上部隊への直通回線に向かって叫ぶ当直司令。将校達も手分けして退避命令を伝えている。
「迎撃ミサイル順次発射!これ以上首都圏にワーム弾を落とさせるな!」
祈る様にモニター画面を見つめる当直司令。
ワーム弾の着弾まで残された時間は少ない。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【火星衛星軌道 第1衛星フォボス 英国連邦極東・ユーロピア共和国 ダンケルク共同宇宙基地内宇宙ドック『ディアナ号』】
「結、瑠奈。追加オーダーいいかしら?」
「「イエス、マイロード!!」」
操舵室の床に正座して待機していた結、瑠奈が元気よく返事する。
「良い返事ね。『ババロア』『エクレア』の作業状況はどのくらい進んだのかしら?」
美衣子が観音崎沖の巨大ワーム用海底網を設置していた多目的船の準備を確認する。
「いつでも大漁よ」「飛んで火に入るワームっス!」
元気よく返事をする結、瑠奈だが、その声は少しだけくぐもっている。二人とも、首から上はヘッドアップディスプレイの付いた特製ヘルメットを着用しているためである。
「重畳重畳。細工は万端というところね」
満足げに頷く美衣子。
「海底で待機モードは退屈だと思うから、スリリングなシューティングゲームを用意したわ」
美衣子が手元のリモコンを操作すると、結と瑠奈が過敏に反応する。
「ふぁっ!目の前に暮れなずむ大空よ!」「なんか落ちて来るっス!リアル落ちゲーっスか!」
「そうよ。落ちてくる岩石をピストルで撃ち落とすリアルなゲームよ。落とし損ねたらペナルティとして痺れる様な体験が出来るわ。ささ、ゲームスタートよ」
美衣子が説明するなり、ゲームが始まるのだった。
「……晩御飯前に痺れるのは辛いわ」「……このまま正座していても痺れるからペナルティ食らっても同じ事っス!」
先ほどは元気よく返事したのだが、微妙にテンションの上がらない結&瑠奈。
「二人ともハイスコア出したら中華料理フルコースだよ!王代表が言ってた」
「さすが太っ腹王ね」「食い倒れっス!」
懐の痛まない賞品で励ます満。
「……では此方も動きますか。ひかりさん、王代表と桑田さんにゴーサインを」
「アイアイさぁー」
満とひかりも巨大ワーム群迎撃に取り掛かるのだった。
――――――【神奈川県横浜市中区南本牧 貨物ターミナル】
観音崎沖のMCDA(火星経済防衛協定)防衛線に来襲するであろう巨大ワーム群を迎撃する目的で配置されている台湾警備軍の203mm自走レールガン部隊では困惑が広がっていた。先程から北東沖を向いていた筈のレールガンの砲口が勝手に空へ向けられつつあった。
「な、なんだ!?照準が勝手に上を向き始めているぞ!」「こっちは操作もしていないのに、充電機から電力が供給されてきたぞ!もうすぐ120パーセントだぞっ!?」
動揺する兵士達。
「ツルハシ副官。これはどういうことかね?」
中隊指揮官の台湾警備軍中佐が、傍らに控えるシルバーボディのツルハシ15050号に尋ねる。
「……グランドマスターカラ至急電デス。ワーム弾ヲ迎撃スル。照準、発射マデフルオートデオコナウノデ問題ナシ。以上デス――――――チナミニレールガン耐久度ハ150パーセントマデダイジョウブっス!」
応えるツルハシ15050号。語尾が瑠奈に酷似しているので瑠奈が秘かに自作して紛れ込ませたのかも知れない。
「美衣子客人か。……致し方あるまい。中隊各員に告ぐ。現在我が中隊はグランドマスター美衣子客人の指揮下に入った。電力供給を絶やすな!それと、いつ発射されてもおかしくないから各員車両内に待機せよ!」
MCDAと台湾国にとって頭の上がらないマルス・アカデミーの最重要人物である美衣子の事は、建国以前から王代表を通じて知られており、突然無茶振りする破天荒さも常に予想されていた。
それ故に中隊指揮官は肩を竦めつつも美衣子の邪魔をしないように、そして自分達が巻き込まれないように部下へ指示するのだった。
隊員達が車両内へ退避して直ぐにレールガンの砲撃が始まり、本牧貨物ターミナルから幾筋もの青白い稲妻が乾いた発砲音と共に何度も横浜上空を貫くのだった。




