共同作戦

２０２７年(令和９年)３月２８日午前８時５分【神奈川県横浜市中区 台湾国中華街 関帝廟内 台湾警備軍野戦司令部】

「日本の海上自衛隊は久里浜港と金谷港を結ぶライン――――――浦賀水道中央部を最終防衛ラインとして迎撃ですか……」

　タブレット端末に転送されたダンケルク宇宙基地からの偵察情報を視た王国家代表が呟く。

「久里浜市内には戦車や火砲を始めとする陸自特科大隊が展開、対岸の千葉県木更津市には対戦車ヘリコプター部隊が待機しています。海自護衛艦隊は三浦半島劒崎沖で掃海活動中です」

　王国家代表の傍らに控える台湾国警備軍将校が報告する。

『自衛隊は巨大ワーム群を劒崎と洲崎のライン”浦賀水道入り口”で海自の魚雷と・爆雷で先制攻撃、撃ち漏らしを陸自が久里浜と金谷の最終防衛線で掃討する作戦でしょう』

　長崎佐世保のダウニングタウンに在る司令部に居る英国連邦極東軍グリナート提督の声と共に王が手にするタブレット端末右上に提督を映す画面が現れる。

『日本海側で警戒監視していたユニオンシティ空母機動部隊を呼び戻すとは大胆なことだ。山陰、敦賀、北陸地方自治体の反発も予想されるというのに。

　その大胆さを九州地区でも発揮して欲しかったな』

　ダウニングタウンの首相執務室からケビン首相が皮肉気に呟く。

『ムッシュ後白河と立憲地球党は東京首都圏の安定にしか興味がないのでしょう。

　首都圏迎撃戦の初手でムッシュ後白河率いる新政権は多くの犠牲を出しました。

　彼らはこれ以上の失敗を許容できないのでしょうね』

　ニューガリアに帰還していたジャンヌ首相がケビンの皮肉に応える。

「ジャンヌ首相のおっしゃる通りでしょう。

　停電と物質不足による日本市民の不安と不満は高まっています。加えてワーム弾が市街地に降り注ぐような事態になれば社会的混乱は避けられず、政権維持が出来ないでしょう」

　オブザーバーとして野戦司令部に招かれていた岩崎 正宗 自由維新党総裁が指摘する。

『ミスター大月。今回の作戦は自衛隊と共同かね？』

　ケビン首相が満に訊く。

『いいえ。ＭＣＤＡ（火星通商防衛協定）加盟国部隊で実施します。

　自衛隊の二の舞を避けるため我々は最も狭い東京湾口＝三浦半島観音崎と房総半島富津岬のラインを絶対防衛線として巨大ワーム群を迎撃します』

　ダンケルク宇宙基地に停泊している『ディアナ号』から満が答える。

『具体的には、防衛線の海底に移動式誘導魚雷発射装置と高圧電流を流す網を設置、海面付近に逃れてきた巨大ワーム群を横浜市南本牧に配置した台湾警備軍の自走レールガン部隊で殲滅します。

　撃ち漏らしは、横浜市金沢八景沖に待機中のユニオンシティ海軍レールガン搭載駆逐艦艦隊が掃討します』

　ホログラム映像上に表示された部隊や艦船の模型を動かして説明する満。

『ミスター大月。ユニオンシティ海軍は日本政府から雇われて相模湾と福島沖に展開していたのでは？』

　グリナート提督が尋ねる。

『日本政府が安全保障契約を結んでいるのは空母機動部隊です。

　新政権が思いやり予算を削減した影響で沿岸警備駆逐艦隊は契約対象外となっていたので、月面都市のソーンダイク代表に直接交渉して”時間単位の安全保障契約”を締結させていただきました。

　沿岸警備駆逐艦とは言え、ズムウォルト級ステルス駆逐艦が搭載しているレールガンは相当な威力があります。

　……こちらの契約締結については、事後報告となってしまい申し訳ございません』

　グリナート提督に答えつつ、謝罪する満。

『いや、構わんさ。ＭＣＤＡだけでも単独軍事作戦が可能という事を日本政府に示すには良い機会だろう』

『そうね。契約には王国家代表も立ちあったのでしょう？プロの商人が同席しているのなら問題ないわ』

　ケビンやジャンヌ首相が問題無しと応え、王も笑顔で頷く。

「そうなると、日本政府がＭＣＤＡ（こちら）の作戦に干渉、或いは情報共有を強行に主張してくる事は目に見えています。作戦情報の取り扱いについて直ぐに検討する事をお勧めします」

　岩崎がアドバイスする。

『……そうですね。そう言う事になりますよね』

　首肯しつつ、肩を竦めて考え込む満だった。　

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――――――【火星衛星軌道 第１衛星フォボス 英国連邦極東軍・ユーロピア共和国軍 ダンケルク宇宙基地内宇宙ドック 多目的船『ディアナ号』】

　ＭＣＤＡ関係者を一同に集めた作戦会議を終えた大月家一同は食堂で反省会をしていた。

「えっ？ひかりさんは情報公開はダメなの？」

　腹案がダメ出しをくらって困惑する満。息抜きに食べようとした満のババロアを結が自分の手元に確保する。

「……むーん。こちらの情報をタダで皆に提供するのもちょっとねぇ」

　珍しく腕を組んで考え込む不満気なひかり。

　ひかりが息抜きに食べようとしたババロアを隣の瑠奈が手元に確保しようと動いた刹那、瑠奈の襟首をひかり捕まえて動きを封じる。ババロアは守られた。

「ひかり。目先の事に囚われてはダメよ。

　もっと心を広く持って。男は甲斐性があってなんぼのもん、と聞いた事がある。だから情報はオープンに」

　美衣子がひかりの背中によじ登って語りかける。

「急に甲斐性と言われてもねぇ。……因みに何処からの情報？」

　手元のババロアを結が美味しそうに食べているのを見ながら満が訊く。

「ソースは秘伝」「ソースは中濃」

　こてんと首を傾げて答える美衣子と結。今夜はとんかつを所望しているようだ。

「……情報源は秘密ですか。まあ、いいでしょう」「ケホッ」

　襟首を捕まえていた瑠奈を解放し、ふむふむと頷くひかり。少し咳きこみながら涙目の瑠奈。

「ソースは中濃。反論は認めないわ――――――そんなことより、情報公開はＭＣＤＡ公認ゲームのギルド掲示板で出せば良いと思う。

　ＭＣＤＡ加盟国と日本国内のゲーム購入者にはリアルタイムな情報提供が出来るし、ある程度防護機能も付与出来るわ。日本政府は其処から入手すればいい。一人くらい政府内でゲームプレイヤーは居る筈」

　いつの間にか満の背中から下りた美衣子は冷蔵庫から苺ムースを取り出すと、テーブルで結や瑠奈と味わいながら情報共有方法について大月夫妻に説明するのだった。

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――――――同日正午【神奈川県横浜市中区山下町 山下公園】

「……おいおい。何だよ、アレ」

　いつもの場所で釣竿を設置する手を途中で止めた男性が唖然として氷川丸を見る。

　昭和初期の太平洋横断航路に就航し太平洋戦争を生き残り戦後、博物館船として岸壁に係留されている客船『氷川丸』と並んで停泊している”全く同じ艦型の２隻”に気付いた男性は目を見開いて言葉が途切れてしまっていた。

　釣り人以外にも公園を散策していた市民や観光客らが氷川丸が３隻も並んだ光景に気付いて物珍し気にスマホで撮影している。

　氷川丸に並ぶ２隻の船上に人影はなく、煙突からエンジンが稼働中である事を示す黒煙が上がる事も無く、氷川丸と唯一異なるマルス・アカデミー旗をマストにはためかせながら静かに停泊していた。

「……何が始まるんだ？」

　暫く３隻の氷川丸を見つめていた釣り人は、警察や市の職員が駆け付けず、船が静かな様子に落ち着きを取り戻すと、水素不足で物流が途絶えがちな海鮮食料品を自らの釣果で補うべく、釣り糸を垂らすのだった。

　暫く後、岸壁から静かに”浮上”して海面を滑るように出港していく２隻を目撃した住民は、横浜港内を運航する観光シーバスと誤認して関心を無くすと台湾国フードバンクが開設した公園内の食料品配給所へ向かうのだった。

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――――――同時刻【神奈川県横浜市中区南本牧 貨物ターミナル】

　普段はアルテミュア大陸や各地へ輸送するコンテナトラックが出入りする貨物ターミナル入口付近は神奈川県県警によって立ち入りが規制され、代わりにマルス・アカデミー（美衣子）が全面協力した台湾警備軍の最新式２０３ｍｍ自走レールガン１６門が砲口を北東の海上へ向け、ＭＣＤＡが衛星軌道に設置した太陽光発電衛星から無線送電され充電を行っている。

　このレールガンの公式有効射程は１００Ｋｍとされているが、それは９０％以上の命中率を出せる距離であり、非公式な最長有効射程は１８０Ｋｍである。この射程は自衛隊が保有する自走レールガンを上回る。

　北東に砲口を向けるレールガンを支える９０式戦車をベースとした車体の周囲は、冷却用タービンがフル回転している為うっすらと陽炎が立ち昇っていた。