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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 昏迷胎動
334/462

静かに動き始めて

2027年(令和9年)3月下旬【新潟県新潟市 新潟県庁内 知事執務室】


 人払いをした知事室で新潟県知事と財務次官がソファで向かい合っていた。


「実は後白河副総理から個人的な伝言を受けておりまして……」


 密かに新潟県庁を訪問した財務次官が一枚の紙片を新潟県知事に手渡す。


「これは……本当の事なのですか?」


 紙片を持つ手が震えているのを自覚しながら財務次官に尋ねる知事。


「はい。茨城沖に侵入した巨大ワームは首都圏に深刻な被害をもたらしつつあります。万一、別の巨大ワームが東京湾内に侵入された場合、東京は未曾有の損害を受けて首都機能は麻痺します。

 それを避けるため、後白河副総理は緊急措置として首都機能を新潟ここに移転させるお考えなのです。今お渡しした首都移転計画に沿って首相官邸は動いております。

 知事におかれましては直ちに用地を確保していただきたく……」


 新潟県知事に答える財務次官が頭を軽く下げる。


「分かりました。国家国民の一大事であれば最大限の協力を約束いたしましょう。

 私の知り合いの建設業者や不動産会社に土地のあっせんや開発を早急に随意契約で行います。

 予算は”そちらから”でよろしいでしょうか」


 財務次官に協力を約束する知事だが、さらっと予算は国の負担であることを財務次官に確認する。


「臨時国会で補正予算が可決されれば、新潟県に追加分として地方交付税交付金を支給する方向で検討いたします。それまでは県の債権を発行することで対応されてはいかがでしょうか?

 衆議院の立憲地球党議員は過半数を占めています。補正予算案はおそらく可決されるでしょう。

 新潟県が先陣を切って用地買収に着手すれば、新潟新首都建設に弾みがつくことでしょう。知事の名声は新首都建設立役者としてのみならず、21世紀列島改造論の先駆者として後の世代にまで語り継がれる事でしょう」


 微妙な言い回しで予算負担の断定を避けつつ、知事を持ち上げる財務次官。


「お、おぅ。そうだな。ハハハ、よっしゃ!よっしゃ!新潟新首都やるかいの!」


 財務次官の言葉に上機嫌となる新潟県知事。


「私は省庁移転準備のために急いで霞が関に戻らなければなりません。

 言い忘れましたが、緊急措置の首都機能移転は他言無用に願います。社会的影響が大きいですからね」


 知事に念を押すと足早に知事室を出ていく財務次官だった。


 財務次官が知事室を出ていってしばらくすると、知事は手帳を取り出して親族が経営する建設・不動産関連会社の連絡先を確認する。


「……ここらでいっちょ稼がせてもらうとするか。

 ――――――おぉ!久しぶりやね。ここだけの話なんだけどもね土地が欲しいんよ……。

 予算?幾らかかってもかまへんよ。よっしゃ!よっしゃ!ドンドン行ってええんよ」


 親族の経営者に水面下での用地確保を依頼する知事だった。



 その日午後、新潟市内で大規模な地上げが県主導で突如始まったとの噂が地元不動産業界に広まり、新潟県内での土地取引が急激に増加した。


 突然始まった新潟市内の地上げは、巨大ワーム群が襲来している東京首都圏の混乱を避けるために大企業や省庁が首都圏から脱出する前兆では、との憶測が新潟市内の企業と地主に広まっていった。


 全国的な電力不足によりテレビ・ネット通信は一日数時間のみという制限のため、口コミや噂という”人づて”による情報拡散が主流となり、やがてデマへと変質していった。 


 その日深夜には新潟市内に在る自然博物館一帯が”仮皇居”となり、近隣老舗ホテルに”宮内庁”が仮庁舎として移転するとの情報がまことしやかに囁かれるに至るのだった。



 財務次官が東京霞が関に戻った翌日、新潟市街地の不動産取引相場はバブル絶頂期だった1991年(平成3年)の坪単価148万円の2倍超となる300万円に暴騰するのだった。


 この異常な土地バブル現象は現地の日銀中越支店、北陸財務局が把握していたが、財務省と首相官邸に忖度して消極的な情報発信に終始した結果、しばらくの間新潟市外に伝わる事がなかった。


☨☨☨


――――――【神奈川県 横浜市内のとある一般家庭】


「あなた!朝からずっとソファーから動いてないじゃない!ゴロゴロしていないでちょっとは買い物に行ってきてよ!配給の行列に並ぶのも一苦労なんだから!」


 何百回目になるだろうか。妻がソファーで萎びた野菜の様にだらけてスマホをいじる夫に口を尖らせる。


「電気代も上がって共働きでも家計が苦しいのよ。副業で畑を耕さないの?」


 腰に手をあてて夫に迫る妻。


「え?オレちゃんと働いているよ。朝から」


 スマホいじりを止め、ソファーに寝転がったまま不服そうに頬を膨らませて反論する夫。


「どこがよ!」


 焦れた妻が夫のスマホを取り上げる。


「スマホの画面を視てみなよ」

「……んんん?何コレ」


 夫に言われてスマホ画面を視て言葉を失う妻。


 画面には『本日の岩砕きイベントコンプリート!ボーナス5000ワット獲得。今すぐ給電しますか?YES/NO』と表示されている。


「このゲームは実際にポイントを稼ぐと”宇宙から電力で直接還元”してくれるんだよ。これでしばらく電気代はタダだよ」


 事も無げに告げる夫。


「……そんなバカな。なんてゲーム?」


 夫の隣に座った妻が尋ねる。


「これだよ――――――MCDA(火星通商防衛協定)公認オンラインゲーム『スーパーポ〇モン対戦』。日本製と違って最近ではトップ画面で巨大ワームの位置情報がリアルタイムで見れるんだよ」


 夫がゲーム画面を操作すると、懐かしく哀愁を漂わせるゲーム音楽と共にドット画面の関東沿岸を大蛇の様にデザインされた巨大ワーム群がちょこちょこと千葉県沖を南下している。


「本当なの?この情報、ふざけてるんじゃない?」


 首を傾げた妻がテレビを点けてNHKチャンネルを映したが、通常の番組が流れている様だ。因みに電気代の心配が無くなったので気軽にテレビを点けている。


「やっぱり、ガセネタじゃない?……って、あれれ?」


 NHKからチャンネルを切り替えた妻が絶句する。極東BBC放送は臨時番組で巨大ワーム群の関東接近を伝えていた。


 テレビ画面に表示された英国連邦極東軍公表情報では、房総半島を南下して東京湾へ向かう”ひも状の物体”が二十数体表示されている。


『アッテンボロー博士。この巨大ワーム群は何処へ向かっているのでしょう?』


 長崎佐世保スタジオのキャスターが、アルテミュア大陸からオンライン出演している火星原住生物専門家ロンバルト・アッテンボローに訊く。


『決まっているじゃないですか。東京です。巨大ワーム群は東京湾への侵入を目指しているのです』


 明確に答える火星原住生物専門家。


 この火星原住生物専門家は木星へ向かう準備をしていたのだが、ジャンヌ首相の特命で日本列島が巨大ワーム群襲来を切り抜けるまで待機する様、命令を受けていた。


「……うそでしょ」


「準備しよう。……先ずはボーナス電力を使って自家水素を作ろう。水素は車の燃料や家にも使えて保存出来るからね。よいしょっ!」


 呆然とした妻の肩を労うように軽く叩いた夫はソファーから起き上がり、自宅裏にあるプロパンガスボンベに似た水素発生タンクの電源を入れにいくのだった。


 とある家庭の動きは、首都圏でオンラインゲーム『スーパーポ〇モン対戦』を購入した多くの人々と同じだった。


 人々が静かに動き始めていた。


          ♰          ♰          ♰


2027年(令和9年)3月28日午前8時【神奈川県久里浜市 陸上自衛隊久里浜駐屯地内 野戦司令部】 


自衛隊は陸上自衛隊が久里浜駐屯地に野戦司令部を設置、久里浜市郊外の海岸に面した横須賀火力発電所敷地内に戦車、自走砲部隊からなる特科大隊を集結させ、更に筑波にある防衛省技術開発本部で試験中だったレールガンも千葉県金谷から東京湾フェリーで運搬し必勝の構えで臨んでいた。


 次々と輸送トラックや連絡員を乗せたジープが出入りする久里浜駐屯地内の中でもひときわ目立つ、多種多様な通信アンテナを備えた迷彩色の天幕を背に、おろしたての防護戦闘服を着た副総理兼外務・財務大臣を務める後白河政則が閣僚や立憲地球党指導部を引き連れ、司令部要員に向けて熱弁を奮う。

 

『もはや我々に後は無い!東京湾に巨大ワームが侵入すれば、日本は崩壊してしまう!愛国の守護者たる諸君らだけが頼りなのだ!私も諸君達と共に在る!諸君らの奮闘を期待する!』


 隊員と後白河の間に割り込むように撮影を続ける立憲地球党が手配したリベラル系マスメディアと党の機関紙『鎌旗』記者に対し、政治隊員を除く自衛隊員は僅かに目を細めるのみで能面の様に表情を崩さない。


 後白河が訓示を終えると隊員が一斉に敬礼をする。同時に後白河副総理を取り巻く閣僚や党幹部、最前列に並ぶ政治隊員らが拍手している。

 

 訓示を終えた満足そうな後白河の下へ一人の秘書官がスッと近寄ると1枚のメモ用紙を手渡した。後白河はメモ用紙を一瞥して頷き秘書官にメモを返すと何もなかった様な顔で、控室の通信学校校舎へ向かうのだった。


 メモ用紙には『新首都計画は進行中』と走り書きがされていた。


 訓示を終えて15分後、駐屯地東側の雑木林に面した人気の無い通用口から1台の黒塗りワンボックスカーが静かに走り出し、久里浜市街地を迂回して横浜横須賀道路に入ると全速力で羽田国際・宇宙空港へ向かうのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――同日午前11時30分【神奈川県横浜市中区山下町 横濱中華街】


 再び巨大ワームが首都圏に襲来すると噂が流れ、横浜駅周辺の繁華街は人通りがまばらになる中、台湾国が在る横濱中華街は白と黒に塗装されたアダムスキー型空中連絡艇がゆっくりと上空を巡回していた。


 チャイナドレスやカウボーイ姿、紋付き袴等多様な衣装に身を包んだマルス・アンドロイド警官がアルテミュア大陸ユーロピア共和国や長崎・英国連邦極東から来訪した観光客にせがまれて記念写真を屋台や土産物屋の前で撮っており、つられた横浜市民も繰り出していつもながらに賑わっていた。


 だが中華街表通りから一歩入った台湾国行政庁舎に近い関帝廟周辺は、完全装備のマルス・アンドロイド兵士と台湾警備軍兵士が厳重な警戒を敷いており、緊張感が漂っていた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・ロンバルト・アッテンボロー=生物学博士。元ユーロピア共和国火星原住生物対策班長。

・後白河 政徳=日本国副総理兼外務・財務大臣。元自由維新党党員。澁澤総理大臣暗殺未遂事件の後、離党して立憲地球党代表の我妻に協力し政権交代を成し遂げた。

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