借りを返す
――――――【地球衛星軌道 月面都市『ユニオンシティ』 中央行政庁舎 中庭】
「分かりました大月さん。例の契約についてソーンダイク代表から了承は得ています。”北米大陸救出作戦の借りを返す良い機会”だと快諾されました」
樹上で足をぶらつかせながら、スマホ片手に東山龍太郎が満に答える。
『助かります。在日ユニオンシティ防衛軍はてっきりイスラエル連邦の傘下だと思いましたが、ダメ元で声をかけて本当に良かった』
美衣子謹製の惑星間通信可能な携帯電話から安堵した満の声が響く。
「あはは、ダメ元とは失礼な。これでも彼らは元在日米軍だったのですよ?日本への愛着はあります。本国が壊滅した今となっては、日本が第二の故郷といえるでしょう。
ですがまあ、イスラエル連邦の支配下にあるという大月さんの認識はあながち間違いではありません。
月面都市の生命環境維持装置を操る人員の半分はイスラエル連邦軍人です。彼らから見れば、ユニオンシティは舎弟みたいなものでしょう」
日本国地球方面特命全権大使兼ミツル商事地球方面支社長という長い肩書を持つ東山がユニオンシティの事情を満に説明する。
『……そうですか。もはや地球の大部分と月面はイスラエル連邦の勢力下ですね』
同意する満。
「その割りにユニオンシティ(こちら)を殆んど利用しない。無視と言ってもいいですね。彼らの関心事はシャドウ帝国軍残党と言われる人類統合都市が残る旧中国地域ですから」
肩を竦める東山。
『旧中国地域?イスラエル連邦はまだシャドウ帝国と戦闘しているのですか!?』
驚く満。
「”まだ”です。タカマガハラ駐留イスラエル連邦軍部隊の大半がエリア・フジから出撃して黄海から遼東半島北部に上陸、旧中国東北部で人類統合第12都市『氷城』防衛軍と対峙しています。
ニタニエフ首相の人道支援要請に応じてしまった陸上自衛隊第7師団と『ホワイトピース』が旧ロシアナホトカに上陸し、火星原住生物を討伐しながら西進しています。
駐在武官の話ではイスラエル連邦軍の要請を受けた自衛隊が共同で氷城を攻略するようです。イスラエル連邦の意向次第でいつ開戦の火ぶたが切って落とされてもおかしくない状況です』
『外務省ODA予算を活用したイスラエル連邦向け人道支援物資の大部分は、政権交代直後から武器弾薬や糧食の類いに切り替わっています。
在日ユニオンシティ軍への”思いやり予算”を削っておきながらのダブルスタンダードに会計検査院が何も言わないのが不思議です。与党である立憲地球党への忖度かもしれませんね」
実情を明かす東山の口調が苦々しく尖っていく。
『立憲地球党による新政権は、巨大ワームの首都圏襲撃で目先の対応に追われています。
ニタニエフ首相率いるイスラエル連邦政府は、地球圏実効支配を確実なものにする為に巨大ワーム襲撃を利用して、日本や列島各国の目を首都圏攻防戦に引き付ける事で地球に関心を持たせないようにしているのかもしれませんね』
満が応える。
「今回の巨大ワーム群日本列島襲来は、地球への関心を逸らす絶好の機会であると……そう言う事ですか」
東山が訊く。
『おそらく。では、ソーンダイク代表によろしくお伝えください。
お礼の品はご希望の盆栽セット?でしたね。東山さんには美味しい伊勢海老の干物を送ります。では!』
「……と言う事です、ソーンダイク代表」
満との通話を終えた東山が、自らが座る枝を伸ばしている幹に向かって語りかける。
『ボーボボボ(ああ。分かったよ)。ヴヴーべべ(そんなことよりも、早く切って)』
幹の窪んだ節目から野太い声で答えながら、蔦をくねらせて枝先を東山に指し示す樹木化人類のソーンダイク代表。
「……はいはい」
東山は座る位置を枝先に少し近づけると腰のポーチから剪定ハサミを取り出し、枝の最先端の小枝や生い茂る葉を切って整えていく。
『ブフー。ボフゥー(いやぁ。快適快適)』
気持ち良さそうな声を上げるソーンダイク。
『ブッ!?ブフッ!』
突然短く唸ると蔦で東山の背中をぺしぺし叩くソーンダイク。
「あ痛っ!?何ですかソーンダイク!?」
抗議する東山。
『ボボボブー(違うそこじゃない)、ギギギブー!(もっと格好よく!)』
以前、大月家三姉妹から送られた盆栽カタログのとあるページを蔦で指し示すソーンダイク。
「……えええ、そんなこと言われましても。私は美容師じゃありませんし、庭師でもないのですが」
樹上で途方に暮れる東山龍太郎だった。
♰ ♰ ♰
2027年(令和9年)3月28日午前6時【火星衛星軌道 第一衛星フォボス 英国連邦極東・ユーロピア共和国共同拠点 ダンケルク宇宙基地内宇宙ドック 『ディアナ号』】
「あなた、遠い月面とは手を結ぶのに自衛隊との共同作戦はなしなのですかぁ?」
ひかりが首を傾げて満に訊く。
「そりゃあ、首都圏で最大の戦力を持つ自衛隊の力を借りればずっと楽だよ。
……だけど今の新政権首脳部の行き当たりばったりな指揮を見る限り、最大戦力と言えども却って邪魔になるかも知れない。
……幸い巨大ワームは二十数匹と少ないからMCDA(火星通商防衛協定)の少数精鋭部隊で対応した方が効率的だと思う。流石に日本国内の最大戦力を遊ばせるわけにはいかないから自衛隊に情報は流すけどね」
自分の考えをあらためて検証しながらひかりに説明する満だった。




