五島列島沖海戦【中編】

２０２７年（令和９年）３月２７日【火星衛星軌道 第１衛星フォボス 英国連邦極東・ユーロピア共和国 ダンケルク共同宇宙基地 内宇宙ドック 多目的船『ディアナ号』】

　ディアナ号操舵室中央の空間には、長崎県五島列島沖を中心とする地図がホログラム投影されている。

　地図の周囲にはダンケルク宇宙基地司令部、英国連邦極東海軍空母『クイーン・エリザベス』ＣＩＣ、ソールズベリー商会『大黒屋丸』の回線が常時接続され、リアルタイムで巨大ワーム迎撃作戦の進捗状況が共有できるようになっている。

　このオンライン作戦共有システムに日本国自衛隊は招待されていない。

　立憲地球党が介入して後手後手な対策で混乱と犠牲に拍車をかけた代々木党本部と防衛省本省司令部を嫌った英国連邦極東、ユーロピア共和国政府首脳が作戦情報共有に拒否反応を示した為である。

　もっとも、日本国自衛隊はシステムの受信は可能であり、英国連邦極東領海外周には作戦情報を受信した佐世保や佐賀県を拠点とする自衛隊が出動・警戒監視にあたっている。

『こちら大黒屋丸。キルゾーン進入。米俵のスープ燃料はあと３０秒で空になりますよ』

　助っ人で大黒屋丸に搭乗していた岬渚紗から巨大ワーム誘導報告が入る。

　大黒屋丸が五島列島沖の豊かな海域に鶏がらスープを撒きながら白波を立てて海上を疾走していく。

　疾走する大黒屋丸後方には巨大ワームがひたひたと海中を泳ぎながら迫っている。

『ラセーヌ編隊。『大黒屋丸』が引き連れてきた巨大ワーム群を確認。シーカー登録、完了。ペイブウェイⅡ（航空爆弾）何時でも投下可能よ』

　海域上空を旋回するラファール戦闘機隊を率いるジャンヌ首相が攻撃準備完了の報告をする。

『ＱＥ（クイーン・エリザベス）打撃艦隊、全艦アスロック（対潜水艦用誘導魚雷）投射準備完了』

　英国連邦極東空母『クイーン・エリザベス』からも随伴艦隊の攻撃準備完了報告が寄せられる。

『……ぜぇ、はぁ。そろそろ気力が尽きそうなんだが。攻撃はまだか？』

　

　息を荒げ、テンションダダ下がりのソールズベリーから連絡が入る。

「岬、よくやったわ。米俵をワームに呑み込ませたら任務終了、上空に退避して」

「岬、ナイスアシスト。米俵ドローンのデータはシープのレシピと合わせてレーザー通信で送って」

「ソールズベリーのおじさんバテバテでダサいっス！」

　ディアナ号では、美衣子達三姉妹が不甲斐ない紳士にダメ出しする１名を除き岬を労いながら行動指示をしていた。

「こら！瑠奈。ソールズベリーさんの事を悪く言うんじゃない。

　巨大ワームに呑まれる恐怖と戦いながら操船するのは並大抵の精神力では出来ないんだよ？」

　かつてシレーヌス海で巨大ワームに喰われた経験のある満が瑠奈を叱る。

「ごめんっス！ソールズベリーおじさんパネェっス！」

　素直に謝る瑠奈。

『……ううう。大和撫子少女の称賛が心に染みる』

　オンラインホログラム映像の向こう側から涙声で感極まる英国紳士の声が聴こえる。

『……あの、もしもし？大和撫子ならすぐ横に居るのですけどねぇ？あらあらまあまあどうしましょう！米俵の遠隔操作レバーをうっかり引っこ抜いてしまいましたわ』

『なっ！？違うんだレディ！これは――――――』

　冷ややかに詰め寄る岬渚紗の声に慌てふためいて釈明に追われるソールズベリーの音声が唐突に途絶えた。

　ディアナ号の操舵室では大黒屋丸の異常に結が気づいていた。

「米俵からのシーカー確認。無事、巨大ワームに喰われたわ」

　センサーを追跡していた結が淡々と報告する。

「あれぇ？大黒屋丸からのシーカーも同じ場所っスよ？」

　結の隣で大黒屋丸のセンサーを追尾していた瑠奈も首を傾げる。

「—――—――ソールズベリーからの通信が途絶えたわ」

　そっと大黒屋丸のホログラム投影を閉じる美衣子。

『英雄的犠牲に我らは報いなければなりませんな。シーカーがワームの胃液に溶かされてしまう前に、飽和攻撃しましょう』

　空母クイーン・エリザベス艦長が提案する。

『……そうね。気に食わないジョンブルだったけど、彼の遺志を無に出来ないわ！』

　ジャンヌ少佐も同意する。

「それでは、ラセーヌ編隊の爆弾投下を合図に飽和攻撃とします！」

　満が決断する。

『『『了解！！』』』

　全員が同意した。

「……えええ。盛り上がっているのは良いのだけれど、大黒屋丸搭乗員のバイタルモニターは正常なんですけれど？」

「しぃっ！今いいところっス！ここは大人しく見守るっス！」

　弔い合戦で盛り上がった空気にドン引きしたひかりが訂正発言を試みようと手を挙げようとしたものの、空気を読める子に育ちつつある瑠奈に制止されてしまうのだった。