関東近海攻防戦 ⑥
2027年(令和9年)3月27日9時35分【神奈川県横浜市都筑区茅ケ崎 港北ニュータウン】
横浜市中心部から北北西12Kmに位置する、1960年代に都市開発された住宅団地の立ち並ぶ一角で、大穴の空いた高層マンションが炎上しながら黒煙を噴き上げていた。
すぐ近くに在る横浜市営地下鉄『センター北駅』に接続する街路や住宅団地の路上には、静岡県駒門駐屯地から急行してきた陸上自衛隊第1師団に所属する最新鋭の10式主力戦車大隊が砲口を大穴の空いた高層マンションへ向けてズラリと並び、その外側には神奈川県警機動隊と消防車両が高層住宅団地を取り囲んで完全に封鎖していた。
偵察ヘリコプターが被弾した高層マンションに生存者がいないかセンサーを使って調べる中、センター北駅構内に設置された臨時指揮所では、特科大隊の大隊長が神奈川県警や横浜市消防局の現場指揮官と状況確認を行っていた。
「それで、状況は?」
大隊長が県警機動隊指揮官に訊く。
「マンション管理組合によると、30分前に7階中央付近にワーム弾が直撃、ワーム弾から溢れ出た小型ワーム多数が7階と6階の住民に襲い掛かったそうです。また着弾の衝撃でガス管が破壊されて7階から出火中」
県警機動隊指揮官が答える。
「避難状況は?」
次に大隊長が横浜市消防局指揮官に訊く。
「5階以下と8階から上の階の住民は階段又は防災ヘリで救出、避難を終えています」
横浜市消防局指揮官が答える。
「7階と6階に逃げ遅れた住民が居る可能性があるという事ですね?」
「「……」」
大隊長の問いかけに沈痛な表情の機動隊と消防局指揮官が無言で頷く。
二人の返答を受けて大隊長は救助部隊の編成を考え始めたが、駅構内のスピーカーに連動させた偵察ヘリからの報告が彼の思考を中断させた。
『フライング・フオックスから指揮所へ。当該建物4階以上のセンサー探知完了。35度以上の体温で活動する生物は存在せず。—――—――繰り返す。35度以上の体温で活動する生物は存在せず』
偵察ヘリから無情な報告が告げられる。
「こちら”バット・マザー”。フライング・フォックスのセンサーは小型ワームを捉えているか?」
大隊長が訊く。
『肯定であります。無数の小型ワームが火災から逃れるように7階から5階へ移動中。一部は4階中央部に到達』
偵察ヘリのパイロットが答える。
「ニュータウン住民の大半は未だ避難の途中です。このままワームが地上に降りるのはまずい!」
焦る機動隊指揮官。
「強力な放水で奴ら流せませんかね?」
消防局指揮官が呟く。
「そんな事をすれば小型ワームを四方八方へばら撒く事になるぞ」
指摘する大隊長。
「……やるしかないか」
ぼそりと呟く大隊長に、ぎくりと肩を強張らせる機動隊指揮官と消防局指揮官。
「戦車砲の斉射で小型ワーム群を排除します。流れ弾や貫通した砲弾が北側住宅地に着弾する恐れがあります。直ぐに被災マンション北側地区の住民を最優先で東西どちらかへ避難させて下さい!」
大隊長が指示する。
「バットマザーから第1戦車大隊全車へ。榴弾装填。第一斉射目標被災マンション7階中央のワーム弾。第二斉射目標、被災マンション6階。第三斉射目標、同5階—――—――柱には当てるな!マンションを倒壊させてはならん!」
大隊長が喉元に装着したマイクで砲撃指示を出す。
大隊長の指示を受けた地下鉄駅前の道路にズラリと整列していた10式主力戦車大隊の砲身が僅かに動き、被災マンションの中層部に狙いを定める。
ニュータウン北側エリアでは避難誘導中の警官・消防士が、避難途中の住民達を引きずる様に被災マンションから全力で退避させる。
『フライング・フォックスより指揮所。小型ワームの先頭が3階に移動を始めた』
警告する偵察ヘリ。
「全車撃て!」
すかさず射撃命令を出す大隊長。
地下鉄駅前に整列していた42両の10式主力戦車が一斉にズバン!と轟音を立てて発射すると、地下鉄駅や近隣商業施設、オフィスビルのガラスが戦車砲の衝撃波で一斉に砕け散り、破片が地上改札入り口や高架下の道路に降り注ぐ。
42両が一斉に発射した120ミリ戦車砲弾は、濃いオレンジ色に輝きながら被災マンションの7階中央部のワーム弾に着弾してワーム弾を粉微塵に爆砕した。
更に二度目の斉射でマンションの6階部分が柱部分を残して完全に噴き飛ばされ、三度目の斉射も5階部分を噴き飛ばしていく。
被災マンションから家具の破片と思われる木片や、カーテンやシーツの切れ端が砲弾が着弾する度に空中に舞い上がっては階下へと落下していく。
「フライング・フォックス?」
『4階中央部及び3階中央に微弱な小型ワームらしき反応。それ以外は反応なし』
大隊長の問いかけに応える偵察ヘリ。
「全車砲撃やめ!車載機関砲で4階部分を30秒掃討せよ!さらに30秒後に3階部分を掃討」
10式戦車砲塔に備え付けられた12.7mm重機関銃がオレンジ色の軌跡を描いてマンション4階中央に命中していく。
『こちらフライング・フォックス。被災マンションで活動する生物は全て沈黙した』
「撃ち方やめ!全車警戒待機せよ」
偵察ヘリの報告を受けて射撃停止を指示する大隊長。
「……おそらく、これで小型ワームはあらかた排除出来たと思われます。念の為、自動小銃で武装した隊員を同伴させて住民救助と被害確認にあたってください」
拳銃や猟銃とは次元の違う戦車砲の衝撃波と破壊力に呆然自失となって立ち尽くしていた機動隊指揮官と消防局指揮官にそれだけ言うと、市ヶ谷防衛省へ報告するために指揮通信車の中へ入っていく大隊長だった。
港北ニュータウンに落下したワーム弾による被害は、死者56名、重軽症者130名、高層マンション1棟大破、中小損壊住宅200棟以上に及ぶのだった。
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――――――同時刻【火星衛星軌道上 英国連邦極東軍・ユーロピア共和国軍ダンケルク宇宙基地 宇宙ドック『ディアナ号』】
大阪京橋のシャトー飯店で後白河副総理と精神的に疲れる交渉もどきを行った後、なんとかダンケルク宇宙基地へ帰還した大月家一行は、反省会が終わるなり皆自室で就寝していた。それだけ今の政権が厄介な存在であることを改めて痛感した一夜だった。
翌朝、寝ぼけ眼の満がディアナ号の食堂に行くと、美衣子、結、瑠奈の三姉妹が黙ってテレビに見入っていた。
満も美衣子達に混ざって極東BBC放送の臨時ニュース番組を映すテレビに視入る。
『今朝、日本列島各地の海岸に巨大ワームが襲来、神奈川県横浜市、埼玉県さいたま市、茨城県水戸市、同じく土浦市に首都圏各地に駐屯していた自衛隊が出動し迎撃にあたっています――――――』
テレビ画面には港北ニュータウン、大宮駅前、水戸駅前、利根川が映し出されていた。
『このうち横浜市の港北ニュータウン、JR大宮駅前、水戸駅前には巨大ワームが発射したワーム弾が落下、大勢の市民が犠牲になった模様です。日本政府の発表によりますと―――――』
その時、JR大宮駅前を映していた画面が突然強烈な光を放つと暗転した。
『視聴者の皆様、失礼しました。大宮市の映像が何らかの理由で中断されました。
東京の英国連邦極東大使館で取材にあたるメイ記者に聞いてみましょう—――—――メイ?一体何が起きたのかしら?』
佐世保ダウニングタウンのスタジオと思われる場所からキャスターが東京の特派員に状況を確認する。
『こちら東京のメイです。—――—――ツイッターでは大宮駅前から巨大なきのこ雲が上がっているとツイートが――――――ええ、はい。何ですって!?—――—――失礼しました。大使館筋によりますと、小型ワームを駆除する為に大宮駅へ特殊な爆弾が投下されたとの事です』
動転したような声音で応えるメイ記者。
「えっ!?」
あまりにも異常な事態に思考が追い付かず短く一声だけ驚いた声を上げたきり、絶句する満。
『ありがとうございました。東京のメイ記者でした。続報が入り次第お伝えします。
一方、ダウニングタウンの英国連邦極東国防省は先程五島列島沖で巨大ワームと思われる複数の生物を探知したと発表しました。
同時に内務省は先程、国民に対しアラート3”防護シェルターへの避難指示”を発令しました。
政府はユーロピア共和国や九州地区に展開する自衛隊と共同で巨大ワーム迎撃にあたると発表しました――――――はい。分かりました――――――視聴者のみなさん、このスタジオにも避難指示が出されました――――――私達スタッフは直ちにシェルターへ避難します。それでは皆様、ごきげんよう』
唐突に画面が暗転して放送が中断した。
満達は啞然として放送が中断されたテレビ画面を見るのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。




