関東近海攻防戦 ⑤
【千葉県銚子市 利根川河口付近】
その巨大ワームは、生物が醸し出すご馳走の匂いがますます増大するのを感知すると、喜びのあまり200mの巨体をくねらせて途中にかかる中小の橋梁や工業送水管を破壊しながら、細い水の流れの源流を目指して突き進んでいた。
途中、上空から幾度となく身体を擦るような不快な電気的な痺れが遠方から放たれているのを感知したが、間近に迫るご馳走の気配には抗えずに5mに及ぶ巨大な口を開けて川底のヘドロや生物を呑み込んでいく。巨大ワームにとって霞ヶ浦水質汚染の元凶たる富栄養化した水質は天然のエナジードリンクであり、それらを豊富に含むヘドロは特製ポタージュスープの様な甘露であった。
生まれて初めてとなるご馳走を貪りながら上流へ向かう巨大ワームは、利根川河口堰に接近しつつあった。
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2027年(令和6年)3月27日午前9時30分【茨城県土浦市 自衛隊武器学校】
『こちらコードネーム”ワームバスター”01。2機編隊で霞ヶ浦上空1500mに到着』
武器学校講堂に設けられた臨時指揮所の通信機から、F2攻撃機が到着した報告が入る。
「よく来てくれた。霞ヶ浦指揮所 利根川ワーム対処司令の黄泉星少佐だ。
そちらの武装は?」
『GPS誘導の500ポンド(227Kg)爆弾6基だ。僚機と合わせて12基になる』
「了解。間もなくワームが利根川河口堰に到達する。貴官らは利根川河口堰から4Km上流の川幅が狭くなる箇所に爆弾を一気に投下してくれ。爆弾投下直後に新横浜の陸自がMLRS多連装ロケット弾を集中投射して最大火力でワームを粉砕する。幸運を祈る」
『ラジャ。直ちに投下準備に入る』
F2攻撃機パイロットとの通信を終えた黄泉星少佐が、指揮所机に広げられた地図を俯瞰する。
「少佐。迎撃予定地点のすぐ南側は、東庄市の中心部です。ロケット弾が少しでも外れたり、巨大ワームに命中した破片が市街地に被害を及ぼす可能性があります」
戦域航空管制官の天野大尉は指摘せざるを得なかった。あまりにも人口密集地に近すぎ、防衛出動が発令されたとはいえ茨城県・千葉県知事の意向も考慮しなければならない。
市ヶ谷防衛省本省の忖度を現場に委ねた通達は黄泉星少佐の負担となっていた。
天野大尉の指摘に、指揮所に詰めていた隊員達が動きを止めて黄泉星少佐と天野大尉に注目する。民間人に被害が及ぶ可能性に、地元採用で入隊した彼らも注目せざるを得なかった。
一瞬だけ目を瞑った黄泉星少佐が、決然とした表情で天野大尉や他の隊員にも伝わるように説明を始めた。
「確かに天野大尉が指摘する通りだ。だが、此処以外の場所は川の両端とも人口密集地で更に大きな被害が出るかもしれない。かと言って、このまま利根川での迎撃を見送ってワームに霞ヶ浦に入られてしまうと、ワームにとって身を隠す水中は奴にとって有利な場所なのだ。
万一、ワームを見失った場合は索敵に相当時間がかかるだろう。攻撃手段も通常爆弾では威力が減衰してしまうので爆雷や魚雷まで用意せねばならん……そう言った事を考えると、今直ぐに此処で対処するしかない!天野大尉も腹を括れ!ここで必ず撃滅するのだ!」
言葉を尽くして説明する黄泉星少佐。彼もこの選択が正しいのか悩むところであるが、各地へワーム被害が広がる事を考えると決断するしかないと自らに言い聞かせていたのだ。
「分かりました。投下のタイミングは此方で最良を狙います!」
黄泉星に頷く天野大尉。他の隊員達は、被害が及ぶであろう東庄市への緊急連絡に追われるのだった。
5分後、利根川を遡上していた巨大ワームは利根川河口堰上流4kmの場所でF2攻撃機の500ポンド爆弾と東名高速道路厚木PAに展開していた陸上自衛隊第1特科大隊のMLRS精密誘導ロケット弾の直撃を受け、文字通り粉微塵にその巨体を粉砕されて討伐されるのだった。
討伐直後に第1空挺団本隊と共に到着した対戦車ヘリコプターは、鹿島沖を北上する別の巨大ワームを追跡する為に慌ただしく燃料を補給して飛び立っていくのだった。
臨時指揮所の先任指揮官だった黄泉星少佐は、本隊の司令部中隊に指揮を引き継ぐと、ようやく一息をつく事ができるのだった。
天野大尉は引き続き、百里基地から飛来する後続のF2攻撃機編隊や鹿島沖の巨大ワームを捜索すべくRF4E偵察機の指揮管制を休む間もなく行っている。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・黄泉星=日本国陸上自衛隊第1空挺団少佐。霞ヶ浦指揮所先任指揮官。
・天野=日本国航空・宇宙自衛隊東部方面航空隊大尉。百里基地から戦域航空管制官として霞ヶ浦に派遣された。




