関東近海攻防戦 ②
2027年(令和9年)3月27日午前8時50分【茨城県霞ヶ浦 陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地内 自衛隊武器学校】
霞ヶ浦北端に面したこの駐屯地は、首都圏に展開する部隊に弾薬や燃料を補給する後方支援部隊と小規模な警備隊しか駐留していなかった。
40分前に東京市ヶ谷の防衛省総合指令センターから防衛出動準備命令が発出された事で、この駐屯地は近郊に所在する全部隊の集結場所となった。
現在も自衛隊員と物資を乗せたトラックが各地から続々と駐屯地内へ入っていく。
「朝霞から此方へ向かっていた第31普通科連隊から『千葉県・茨城県内道路が避難車両で大渋滞の為、到着に時間がかかる』と入電」
武器学校1階の広間に置かれた移動用通信システムを操作する隊員が第1空挺団から先遣隊指揮官として派遣された黄泉星少佐に報告する。
「あんな内容のJアラートなら誰でもパニックになるだろう。地元警察に誘導協力だ」
苦虫を噛み潰したような顔で指示する黄泉星少佐。
「地元警察も大渋滞で身動きが取れないようですが」
困惑気味に応える通信隊員。
「一般車両は道端に寄せてしまえ!非常事態なんだぞ!到着した部隊から武器を持たせて配置に就かせるしかないだろう。火力は?」
黄泉星少佐が通信隊員の横で部隊配置の指示を出していた副官の少尉に訊く。
「……タブレットに転送します。
現時点の火力は、120ミリ迫撃砲と12.7ミリ重機関銃、携帯式対戦車誘導弾、武器学校に保管されている年代物の無反動砲だけです」
タブレット端末に表示されたデータを副官の少尉が読み上げる。
「普通科連隊の装備だからこれが精一杯か……」
嘆息する黄泉星少佐。
「習志野 本隊到着は?」
「1時間後です」
「陣地構築は今から着手するとして、間に合うか……それで、火力の決め手となる木更津の対戦車ヘリコプター部隊は?」
顎に手を当てて考え込んでいた黄泉星が尋ねる。
「コブラ対戦車ヘリ6機がホバージェットエンジンを使用して此方へ向かっています。20分後に到着予定です」
黄泉星の問いに答える副官。
武器学校校舎を臨時指揮所として設営した、陸上自衛隊第1空挺団先遣部隊を指揮する黄泉星少佐が戦力を把握しようと躍起になっていた。
そのとき、指揮所に警備隊員が一礼して入室する。
警備隊員の後ろには、航空自衛隊の制服を着用した大尉が通信機の入ったアタッシュケースを持って続く。
「東部方面航空隊天野大尉、百里から到着しました!
これより戦域航空管制に入ります!百里ではF2支援戦闘機4機が爆装して待機中」
「よく来てくれた!第1空挺団先遣隊指揮官の黄泉星少佐だ。
空域管制は任せた――――――木更津のコブラ(対戦車ヘリコプターの名称)は20分後に到着する」
「了解しました少佐殿。百里のF2なら5分で展開可能です」
「助かる。直ちに上げてくれ!」
黄泉星少佐が天野大尉に霞ヶ浦上空でのF2支援戦闘機による戦闘空中哨戒を指示している間にも、通信機から東京市ヶ谷から通信が入ってくる。
『—――—――防衛省総合指令センターから東部方面展開中の全部隊に告ぐ。
防衛出動が発令されていない現段階での武器使用は、隊員に直接危害が加えられる非常時を除き厳禁である。繰り返す、非常時を除き武器使用は厳禁である!』
「……何を馬鹿な事を」
F2支援戦闘機の管制を行っていた天野大尉が呆れて呟く。
「上は一体何を言っているんだ!?改正火星転移特別措置法の拡大解釈をすればいいだろうに!国民の命が危険に晒されているんだぞ!」
唖然とした空自の天野大尉の隣で、怒りのあまり机に拳を叩きつける黄泉星少佐。
その時、拳を叩きつけた少佐に、部屋の片隅で通信機の調整をしていた通信隊員が弾かれるように椅子から立ちあがると、ヘッドホンを片手に少佐に速足で近づいて一枚の紙片を手渡す。
「なっ!?……ワームが利根川河口へ侵入!?」
驚きの声を上げたが、直ぐに小声になって呟く黄泉星。指揮官が動揺を大袈裟に見せてはいけないのだ。
「河川警戒に当たっていた銚子消防団からの第一報です。その後、銚子市一帯から連絡が途絶えました……」
黄泉星の声に小さく応える通信兵。
「……銚子がやられたのか。次は――――――」
既に甚大な被害が出ているであろう、最悪な状況を必死に頭の中で整理する黄泉星少佐だった。
♰ ♰ ♰
2027年(令和9年)3月27日午前8時55分【茨城県鹿嶋市沖15Kmの太平洋】
Jアラートが発令されて混乱を極めつつある陸上と異なり、海上を航行する船舶には海上保安庁から警戒警報が発令されているものの、差し迫った危機感を感じていない船舶がほとんどだった。
大分県別府市から兵庫県神戸市、茨城県大洗町を経由して北海道苫小牧市へ向かう長距離フェリーの甲板は、朝食後に海を眺めながら一服する長距離トラック運転手やのんびりとした船旅を楽しむ大勢の観光客で賑わっていた。
「やっと手に入れた水素でトラックを動かせることが出来たんだ。しっかりと稼がにゃあならんね」
タバコを吸いながら朝の凪の海面を見つめてひとりごちる運転手。
「……やっぱり、畑の掛け持ちの方がよかったのかね?」
脱サラして長距離トラック運転手になったものの、直後に列島大停電が長期化して水素燃料が入手できず、仕事につけなかった。
脱サラせずに副業で畑を耕した方がよかったのかと後悔していたりする。
その時、運転手から50m先の視線に鈍色に光る巨体が波間に見え隠れした。鈍色の巨体は一定の距離を保ちつつ、全長200mのフェリーに並走している様だった。
「……おお。くじらか。……デカイな」
何と無しにフェリーと同じくらいの大きさに見える巨体を眺めていた運転手だが、不意に波間に見え隠れしていた巨体が海上から100m程飛び出して煙突の様な巨体が垂直に伸びていくと、ブベッ!という音と共に何かを北西の空高く吐き出す光景を目の当たりにするのだった。
「……な、なんじゃあ!?こいつら巨大ワームか――――――!」
目の前の光景に呆然とした運転手が次の行動に入る前に、口からワーム弾を吐き出した巨大ワームは、垂直に伸ばした巨体を倒すようにフェリーに向けて叩きつけるのだった。
運転手が最後に見た光景は、甲板に倒れ込みながらズズズッと這うようにこちらに急接近する巨大ワームの巨大な口だった。
甲板に居た乗客をズズズッと吸いこんだ巨大ワームは、船体に身体を巻き付かせながら、船尾駐車区画へ口を差し差し込んで中に居た者を吸い出すと、満足したかの様に海中へ戻っていくのだった。
甲板から駐車区画にかけて大ダメージを受けたフェリーは、車両格納庫の浸水が機関室まで拡大、エンジンが停止して操船不能となって漂流すると1時間後に沈没した。
乗員・乗客760名のうち、生き残って海上保安庁や海上自衛隊哨戒艇に救助された者は100名に満たなかった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・黄泉星=陸上自衛隊第1空挺団少佐。先遣隊指揮官。
・天野=航空・宇宙自衛隊東部方面航空隊大尉。百里基地から戦域航空管制官として霞ヶ浦に派遣された。




