マルス人の選択
2021年11月10日【火星アルテミュア大陸 シドニア地区ナザレ 旧マルス・アカデミー本部】
アルテミュア大陸中央部には、学問と研究に人生を費やすマルス人を統括する拠点が置かれていた。それがシドニア地区であり、地球人類に分かり易く言うならば"マルス首都"である。
もっとも、マルス人が他星系へ移住した現在、此処は摩天楼が聳え立つものの、放棄された都市だった。
放棄された摩天楼"旧マルス首都"地下には広大な研究施設が広がり、マルス人が移住して久しいが現在も管理システムは稼働しており、時折アンドロイドが各種メンテナンスを行っている。
その地下研究施設中心部にあたる中央管制区域機密ブロックの一室にアマトハ、ゼイエス、イワフネが神妙な顔つきで集まっていた。
「久しぶりの場所だな」
アマトハが言った。
「そうだな。ゼイエスが"やらかした"ときにいつも此処で対応策を練っていた気がする」
イワフネも言った。
「おれは"やらかして"いないぞ。
あの時は、新天地を皆に見てもらいたかっただけなんだ」
少しばつの悪くなったゼイエスが弁明を試みるが、ため息をついて止めた。
「今日は3人で情報の共有と、今後の日本人との関係について話したいんだ」
真剣な顔でゼイエスが切り出すのだった。
♰ ♰ ♰
―――同日午前10時30分【東京都千代田区 永田町 首相官邸 総理大臣執務室】
「極東アメリカ合衆国と極東ロシア連邦は共同で火星進出を行うようです。
空母『ロナルド・レーガン』、強襲揚陸艦『タラワ』『ペリリュー』、第3海兵師団、ロシア陸軍が択捉島ヒトカップ湾に集結しつつあります。
おそらく、アルテミュア大陸北部に上陸して拠点構築を行い、火山地帯で鉱物の採集を行うようです」
桑田防衛大臣が報告した。
「総理、極東アメリカ国務省から拠点構築までの間、補給物資の提供、輸送について、日米相互防衛条約に基づく支援要請がありました」
後白河外務大臣が報告した。
「更に、こちらは今私の携帯に沖縄ペンタゴンから、在日極東アメリカ海軍司令部が火星大地の水先案内人として、角紅社員を1名派遣して欲しいと打診がありました」
岩崎官房長官が携帯電話の画面をプロジェクターに繋げると、集まった面々に見せる。
「なんだそれは。日本人を人質にすると言う事か!」
「厚かましいにも程があります!」
桑田防衛大臣と後白河外務大臣が憤慨する。
「セカンドコンタクトからホームステイに至るまで、大月君達はマルス人とのパイプが太い。そこを狙われました。
彼なら物資の手配も商社マンだから可能でしょう。しかし――」
岩崎が澁澤総理に向けて言った。
「――駄目だ、危険過ぎる。物資の提供はやむを得ないとしても、国民を案内人として送るのはいかん」
澁澤総理が岩崎の言葉を遮って反対する。
「人員の派遣をせずとも、事前に大月さんからレクチャーを受ければ済む話ではありませんか?」
後白河外務大臣が言った。
「イワフネさんからホームステイのお返しでアルテミュア大陸の大地を訪れた大月さん達にはかなり、想定外の出来事が有ったようです。
ショックが大きく、参加したメンバーは皆今も肉が食べれないそうです。物事を整理してレクチャーをするには時間が足りないでしょう。それを見越して極東米露は"生きた水先案内人"を欲しているのでしょう」
岩崎が二人に説明した。
「詳しくは聞けませんでしたが、何でも地中から高層ビルクラスの巨大ワームが突然襲い掛かって来たり、オオトカゲや凶悪なサソリモドキが地上にいるようです」
「ならばますます送れんぞ。いくら日本列島最強の軍事力を持つ極東米露でも、未知の巨大生物相手に敵うのか?奴等は何を考えてるんだ!」
憤慨する澁澤総理。
「とにかく、水先案内人の話は駄目だ。マルス・アカデミーから即時技術承継と同様、よく説明を受けるように説得しよう」
澁澤はミッチェル大統領へのホットラインをかけ始めるのだった。
♰ ♰ ♰
――――――【アルテミュア大陸中央部シドニア地区ナザレ マルス・アカデミー 中央管制区域機密ブロック機密ブロック】
「最初に地球へ送ったカプセルは、我々マルス人の少女型クローンを搭載した親カプセルと850万のナノマシーンを搭載した子カプセルに分かれている」
ゼイエスが一同に告げる。
「子カプセルに搭載した人工知能は、親カプセルに搭載されたクローンに収集した情報を報告している」
「そのクローンの名前は『ミーコ』と言う。
我々マルス人と全く変わらない感情を宿しているが、感情の根底は"人工知能としてプログラムされた脳"から発している」
ゼイエスが説明した。
初めて聞いた内容に、縦長の瞳を見開いて驚くイワフネ。
「初耳だったよ。……これはまだ、大月さんも含めた地球人類には言えないと思う」
驚きから少し立ち直ったイワフネが率直に言う。
「そうだな、ちなみに親カプセルの現在位置が最近分かった」
ゼイエスが言った。
「何処だ?」
イワフネが訊く。
「此処だよ。
この尖山基地最深部にある。私とゼイエスしかアクセス出来ない」
アマトハが答える。
「イワフネ、君は尖山を偶然に基地にしたのではない。脱出シャトルの航法装置に親カプセルに搭載されたミーコが介入して呼び寄せたものと思われる」
ゼイエスが説明した。
「……」
余りの内容にしばらく思考が停止するイワフネ。
「ミーコは"自律進化"する人工知能だ。
おそらく、ミーコ自身のクローン体を使ったり、精神体となって地球人類の思考を読み取ったりしながら、転移してきた日本列島内部の生物が求める事を叶えようと行動するものと予測される。
人工知能ミーコが何を考えているのか?どうしようとしているのかを知るアクセス権は、アマトハと私だけが持っている」
ゼイエスが説明する。
「ミーコからの情報はこれからも収集を続けるが、マルス文明の正当なる承継者である地球人類には、いずれアクセス権を譲ろうと思う。今は地球人類も混乱中だから時間はかかるだろうがね」
アマトハも説明する。
「今は地球人類の誰にするかは見極めている最中だがおそらく、日本人が最適だと私は思う。アマトハ、イワフネとも話し合って決めたいがね」
ゼイエスが今後の意向を伝えた。
「分かったよ、ゼイエス。私はしばらくオオツキ達と行動を共にするから、彼らの事をよく見ておこう」
イワフネが言った。
「私は我々の文明承継を巡る各国の対応を注視してみよう。勿論この件については中立だがね」
アマトハが言った。
「ありがとう。アマトハ、イワフネ。
我々が悠久の昔に放った萌芽がやっとここまで来たんだ……。多少の紆余曲折は有るだろうが、期待を持って地球人類を見極めるとしよう」
ゼイエスの言葉に、アマトハとゼイエスはしっかりと頷くのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・イワフネ =マルス人。第3惑星調査隊長。
・ゼイエス =マルス人。アカデミー特殊宇宙生物理学研究所技術担当。好奇心旺盛。
・アマトハ =マルス人。アカデミー特殊宇宙生物理学研究所 所長ゼイエスの善き理解者。
・澁澤 太郎 =日本国内閣総理大臣。
・岩崎 正宗 =日本国内閣官房長官。温和。
・桑田 =日本国防衛大臣。
・後白河 政徳 =外務大臣兼副総理。




