弱体化
2027年(令和9年)3月27日午前5時30分【千葉県房総半島沖50Kmの太平洋上空 海上自衛隊対潜哨戒機P-1】
火星転移以降、海上からの火星原住生物侵入を警戒して毎朝哨戒飛行していた海上自衛隊の哨戒機の機内は4年ぶりに太平洋の”向こう側”に広がる火星シレーヌス海から侵入したと思われる生物を探知して緊張に包まれていた。
「USO(未確認海中移動物体)探知!深度150m!西へ進行中」
ソノブイからの音響信号に耳を澄ませているオペレーターがインカムで機長に報告する。
「さらにソノブイ投下だ。西へ針路変更。横須賀司令部へ緊急通信だ!」
操縦桿を左へ大きく傾けながら、背後の通信士へ指示する機長。
「……なんだってこんなタイミングで来るんだ!」
呟く機長。
「大停電で日本列島をカバーする電磁シールドが弱体化したんじゃないですかね?」
傍らの副操縦士が応える。
「人類の科学力を超えた存在が停電如きで弱体化するのか?……エイプリールフールにはまだ早いというのに」
仏頂面で操縦桿を握る力を強める機長だったが、副操縦士の発言は的中していたかもしれなかった。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【島根県出雲市 出雲大社 屋根裏】
日本列島生態環境保護育成システムに携わる八百万の神々や、日本全国のAI達が集まって宴会という名の合コンが開催される賑やかな屋根裏は、今朝から異様な緊張感に包まれていた。
「なんじゃと!シールドが弱体化しておるのか!?」
突然の知らせに、かっぱえびせんを口に運び続ける手を止めて愕然とする大黒天。
『いいえ大黒天様。電磁シールドそのものは、弱体化していません。強弱はいつでも調整可能です。
問題は、私達AIによる日本列島警戒・監視システムが人類側の大停電で一部稼働停止に陥っているのです』
ホログラム投影されたスーパーコンピューター付きのAI富嶽が、トレードマークとなる伊達眼鏡のフレームに手をあてながら、大黒天に事情を説明していく。
『大月夫妻と共に日本列島から脱出された美衣子様が私達AIに出された指示により、現在は日本列島の人類が”全滅しない程度”の脅威レベルは人類に対処させる事になっているのです』
「そうだった!美衣子様がいつも何とかしてくれると高をくくっていた我も反省せねばならぬ。それで、監視システムが停止しているのはどこじゃ?」
かっぱえびせんのスパイスが付着した指を舐めながら悔やむ大黒天。
『関東地方の太平洋側と九州長崎方面です』
「手の空いている神々で手分けして人々に警告せねば。富嶽殿の方も、AIの皆と所管する人類へ知らせてくだされよ!」
富嶽に伝えると、背中に背負った袋から小槌を取り出してスッと西の彼方へとび出していく大黒天。かっぱえびせんは完食していた。
『さすがマルス・アカデミーのAIとも言える八百万の神々ですね。私達も負けてはいられません。文部科学省にご注進!っと。……あれ?』
緊急連絡先として登録されている文部科学省の暁事務次官宛に直接メールを送信したのだが、アドレスが変更されているらしくエラーとなって戻ってくる。
『……嘘でしょ!?』
唖然としながらも、可能な限り文部科学省事務次官始め、理化学研究所の対応窓口たる文部科学省サーバーを経由してメッセージ発信しているのだが、一向に受信されなかった。
『まさか、回線が切断されている?』
今度こそ手立てを失ったAI富嶽は、焦燥感を募らせながらも途方にくれるのだった。
後白河副総理の強い意向を伝えられた警察庁、検察庁が行政指揮権を発動、財務・外務を除く省庁全てに秘密情報漏洩容疑で一斉強制家宅捜索へ入り、各省庁のサーバーが一時停止又は押収されていた為にAI間のネットワークが機能停止に陥ったのである。
♰ ♰ ♰
――――――同日午前9時45分【千葉県房総半島沖20Kmの太平洋上空 海上自衛隊対潜哨戒機P-1】
「……まだ横須賀から連絡は来ないのか?こちらの通信は届いているのか?」
通信士に尋ねる機長。
「はい。確かに横須賀司令部は受信していますが、返信は『引き続き厳重警戒せよ』のままです」
困惑しながら応える通信士。
『USOは引き続き西へ進行。推定速度20ノット!先ほどより加速しています!』
機長と通信士の会話に割り込むようにして、ソナー探知オペレーターが報告する。
「応援も要撃部隊も来ないとは、上は一体何を考えているんだ!もうすぐ海岸だぞ!ワームが上陸してしまうんだぞ!」
焦燥感を募らせていく機長だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大黒天=マルス・アカデミー日本列島生態環境保護育成システムを構成する八百万の神端末の一柱。かっぱえびせんが好物。
・富嶽=財団法人理化学研究所に所属するAI。主担当はスーパーコンピューター富嶽。




