政治家への報連相
――――――【東京都千代田区永田町 首相公邸】
自由維新党が16年前の一時期に政権交代で下野していた時期、左翼連立政権は内外協力者に入館証を大量発行して首相公邸に多数の盗聴器を設置した。
そして澁澤太郎率いる自由維新党が政権を奪還して以降、この首相公邸はあまりにも盗聴器の数が多く、巧妙に隠されている為に完全除去は困難と国家安全保障局が結論を出して以来、自由維新党時代に首相公邸が使われた事が一度もない。
だが再び自由維新党が下野した現在、この首相公邸は左翼連立政権時代の賑わいを取り戻し、労働組合、左翼系ジャーナリストやNPO法人、革命運動家等が足しげく通う伏魔殿と化している。
その伏魔殿に財務省次官と外務省次官が連れ立って訪れ、後白河政則内閣副総理大臣に面会していた。
「そうですか。報告ご苦労様でした。官僚たるもの政治家への報連相を欠かしてはなりません。財務省と外務省には、まだ良心が残っていたようですね」
応接室のソファーにゆったりと腰掛けた後白河副総理が二人の次官を労う。
「公僕として当然の事です」
後白河の言葉に軽く頭を下げて応える財務次官。
「イスラエル連邦と協力しなければならない大事な時期に野党党首と密会して他国からの電力融通を試みるなど、外患誘致罪に問われてもおかしくありません」
財務次官に続いて頭をさげて発言する外務次官。
「これからもお二人に力を貸して頂きたいものです」
ソファーに腰掛けながら軽く頭を下げる後白河。
「「はっ!かしこまりました!」」
即座に後白河の求めに応じる財務、外務次官。
首相公邸を出て溜池山王交差点付近まで歩くと、ようやく流しのタクシーを捉まえて乗り込む二人。
立憲地球党が政権の座に就いて以来、首相公邸の送迎車を始め各省庁が抱える高官専用送迎車の運転手は全て立憲地球党傘下の労働組合員に切り替わっていた。
この事を自由維新党下野に伴って退官する国家安全保障局長から聞かされた二人の次官は、自らの動向を他者に悟らせないように日頃から注意を払っていたのだ。
「……我々だけが生き残っていいのだろうか」
タクシーの後部座席でぼそりと呟く外務次官。
「我々が他の次官連中を売った訳ではない。他の次官連中の脇の甘さが招いた自滅だろう。いまさら贖罪めいた気持ちになってどうする?
プライマリーバランスを黒字化させつつ、我々が予算配分を多く得て盤石な組織となり、行政主導権を維持する事が国家百年の計に繋がり、国民を生かす事に繋がるのだ。それが、他の次官連中への罪滅ぼしだろう」
自らにも言い聞かせる様に答える財務次官だった。
二人を乗せたタクシーは、皇居周辺を一回りすると霞が関へと向かうのだった。
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2027年(令和9年)3月27日午前4時30分【神奈川県横浜市西区 横浜駅東口バスターミナル=YCAT】
始発電車が動き出す前は人気の無い横浜駅東口だが、そごうデパート地階に在る長距離バス乗り場だけは農機具や着替えを詰め込んだバッグを抱えたスーツ姿の乗客達で混雑していた。
『4時45分発、水戸、いわき経由仙台行をご利用のお客様は、指定席券をお持ちになってお並びください!荷物や農機具は乗車前に2両目のロッカーへしまってください!』
水素燃料エンジンを搭載した2連結バスの入り口に立つ係員が、集まった乗客に呼び掛けると、スーツ姿の乗客達が折り畳み式の鍬や鋤、化学肥料の入ったバッグを待ち構えている係員へ手渡して先頭車輌へ乗り込んでいく。
日本列島火星転移後に見られるようになった通勤・就農スタイルである。
火星転移によって海外からの食糧輸入が不可能となり、自給率を上げる為に官民が協力して仕事3日、就農2日、休日2日という新しいライフスタイルが確立されて4年が経つ頃になると、主要バスターミナルや駅で農機具を抱えたサラリーマンの姿は見慣れたものとなっていた。
「今年こそはジャガイモを沢山収穫するぞ!」
小さく呟きながら、拳を軽く握りしめる40代半ばの神奈保志農林水産省事務次官もその一人だった。
昨年は”秋ジャガイモ”に挑戦したものの、寒さで植えたばかりの種芋が腐って全滅した為、畑を借りた地元農家に相談して今年は栽培が簡単な”春ジャガイモ”で様子を見ることにしている。
大停電で水素燃料生成プラントが稼働停止に追い込まれて長距離バスの運行本数も激減し、茨城県大洗町で借りた畑の手入れも疎かになっており、今日は種芋を植える前に雑草取りや畝の掘り起こしに時間をかけなくてはならないだろう。
一度は政治家達に頼ろうともしたが、各省庁の次官が情報を持ち寄る事で電力の融通が可能との目算が立ったのだ。
これで久し振りに農業三昧の一日を過ごすのだ!
そんな事を考えながら、長距離バスに乗り込もうとした神奈保志の肩を叩いて呼び止めた者が居た。
「失礼ですが、農林水産省事務次官の神奈保志さんですね?」
神奈保志を呼び留めたのは背広姿の二人組の男性だった。
「ええ。そうですが、大臣官房の方ですか?」
神奈保志は、前日のうちに行き先と目的を大臣官房や部下に伝えており、緊急時でもない限り不意に呼び止められる事はなかったが、この数日は入省以来初となる他省庁との連携に忙しく、昼夜を問わず調整に明け暮れていた。
てっきり、ようやく事態を把握した立憲地球党出身の農林水産大臣からの呼び出しかと思い、断る理由を考えながら二人組に向き直る神奈保志。
「私は東京地検特別捜査部の星田と申します。
……神奈保志さん。茨城県における不正な農地賃借と、農林水産省の機密情報を不正に外部へ持ち出した機密情報保護法違反の容疑でご同行願えますね?」
検察手帳を提示した二人組は神奈保志の両脇を抱える様に取りつくと、有無を言わさぬ雰囲気でいつの間にか連結バスの後ろに停車していた黒塗りのワゴン車へ神奈保志と共に乗り込むのだった。
この日早朝、財務・外務事務次官を除く各省庁の事務次官達が似たような状況で次々と東京地検に任意同行を求められて霞が関で取り調べを受けた後、拘留されていったのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
【このお話の登場人物】
・神奈保志=農林水産省事務次官。横浜市在住。




