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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 昏迷胎動
315/462

事務次官達

2027年(令和9年)3月26日午後4時【東京都千代田区永田町 自由維新党本部 総裁執務室】


 停電中の為、上階の総裁執務室まで階段を駆け上がった春日洋一青年部長が、風呂敷に包んだ資料を小脇に抱えて岩崎総裁の前に立っていた。


「大変お疲れ様でした。間に合いましたね」


 微笑む岩崎。


「ええ。勉強会に参加していた各省庁の若手官僚が非常に協力的でしたので。それでも、取り寄せた資料を纏めるのに時間がかかりました」


 冷や汗を拭いながら答える春日。


「おかげで事態打開の可能性が見えてきました」


「……はい。今回の事態はもともと"日本国だけで"対応可能だったのです。私達は、甘え過ぎていたのかも知れません」


 岩崎の言葉に応える春日の顔は、神妙だった。


「私達政治家も、襟を正さねばならないと言う事です」


 口元を引き締める岩崎。


「……では、始めましょうか」


 少しだけ息を吐くと、執務机前に並べられたウェブ会議モニターの電源を次々と入れていく岩崎だった。



――――――午後4時25分【自由維新党本部 総裁執務室】

          

「……外務省と財務省が居ませんね。……これは穏やかではありませんね」


 急遽、総裁執務室の実務机前に増設された幾つものモニターへ向けて話し掛ける岩崎自由維新党総裁。岩崎の隣には春日青年部長が書記役として控えている。


「私達各省庁の事務次官は、国家存亡の危機に際し、岩崎さんにお願いに上がった次第です」


 額に滲む汗を拭おうともせず、緊張した顔で話す経産省事務次官。


『どうか、日本列島の電力不足解消にご協力願います!』


 ガバッと勢いよく頭を下げる経産省事務次官。並んだモニターに映る他の事務次官達も皆、一斉に頭を下げる。


「……いきなりその様に頭を下げられましても。下野した野党党首に出来る事など有りませんよ」


 肩を竦め、静かに答える岩崎。


『岩崎総裁がMCDA加盟国やマルス・アカデミーと連絡を取り合い、懇意にしている相手に電力を確保されている事は我々も把握しております。どうか、そのお力を日本全国に!』


 総務省事務次官が岩崎に訴える。


「あなた方は、各省庁の事務方トップでいらっしゃる。私へお願いする前に、全て手を打たれたのですか?」


『最早我々の手に負える状況ではありません!

 電力不足よる交通、通信インフラの弱体化が日々進行しており、庶民の不満が高まっているのです!』


 国土交通省事務次官が答える。


「星川さん。国土交通省が経産省と共同管理している小笠原沖のメガ・フロート研究施設は、確か自家発電式太陽光発電システムを採用していましたね?そちらから電力融通出来るのではないですか?」


 岩崎が尋ねる。


『お、小笠原メガ・フロート研究施設は、潮力と太陽光のハイブリッド発電システムでありまして、大気状態に左右される為、安定的供給という観点ではアマノハゴロモに遥かに及びません。

 また、施設を利用している東南海大学の海洋観測研究に支障がある為、他所への融通は不可能です』


 虚を突かれた感じで一瞬口ごもりながら、国土交通省事務次官が答える。


「……そうでしたか。海洋観測研究に膨大な電力が必要だとは知りませんでした。どの程度、電力消費されるものでしょうか?」


 岩崎が訊く。


『……うっ。しばしお時間を頂きたく』


 口ごもる星川事務次官。


 事務次官の背後では「東南海大学の大島教授に見積もりを!」「悠長な研究よりも見積もりが先だ!」などと口論を交わしながら、ドタドタと幾つもの足音が扉を開け放って遠ざかっていく。


 盛んに背後の職員とやり取りが続く星川事務次官のモニターから隣の文部科学省の暁事務次官が映るモニターへ視線を移す岩崎。


「では次に暁さん。信州地区に文部科学省が管轄するニュートリノ研究観測施設『ハイパーカミオカンデ』が在ると思うのですが、マルス・アカデミーの瑠奈さんが以前、大月家でお仕置き――――――もとい、"善意"で改修して予想を超えるエネルギー効率と"火星の火薬庫"とも言われる現象を産み出すまでに膨大なエネルギーを発生させるに至ったと、貴女から官房長官時代に聞いた記憶が有ります。そちらからの電力融通はどうなっているのです?」


『ハイパーカミオカンデは日本学術会議に所属する会員研究者が使用中です。

 ……私共は、学術会議メンバーの自主性を重んじており、研究施設への電力カットで自由な研究を妨げるような事は出来ないのです』


 何故か冷や汗を噴き出しながら、釈明に追われる女性事務次官。


「勿論です。研究継続は大事でしょう。私が言っているのは、余剰電力が生じているとの話です。余剰電力さえも必要な研究内容になっているのですか?」


 岩崎が尋ねる。


『カミオカンデの余剰電力は僅かでして。とても日本列島を賄う迄には至らないのです』


「他の省庁が管理する施設と合わせれば、結構な電力になると思うのですが、余剰電力は具体的にどれくらいになりますか?」


『……少々お待ち下さい』


 彼女の背後では「先の見えない研究に補助金を出しているのだから、少しは役に立ちなさい!」「次回も会員に推薦して欲しかったら、直ぐに言うとおりになさい!」等女性官僚達が慌ただしく何処かと折衝したり、資料を取り寄せるべく扉を蹴破って出ていく音が聴こえる。


 国土交通省同様、盛んに背後の職員とやり取りが続く暁事務次官のモニターから隣の総務省事務次官が映るモニターへ視線を移す岩崎。


「総務省は火星転移直後から、高高度通信拠点となる飛行船を日本列島上空に多数配置、運用されていましたよね?

 あの飛行船はソーラーパネルでエネルギーを賄っていたはずですが、どうして出力不足で通信障害が起きるのですか?」


『通信拠点用飛行船は地上に比べ、常に宇宙放射線を浴び続けています。直ぐに船体やアンテナが劣化して発電効率が低下してしまうのです』


「私が官房長官の頃からその問題は聞いていましたが、総務省は防衛省と共同でマルス・アカデミーの段階的技術承継を応用した電磁シールド、レーザーバリアによる宇宙放射線ダメージ軽減技術の開発に成功したと、昨年の予算委員会で説明されていましよね?未だ実用化に至っていないのですか!?」


『『……』』


 大袈裟に驚いてみせる岩崎の追及に口を開けたまま、返事が出てこない総務事務次官と防衛事務次官。彼らの背後からはひそひそ声で激しく何処かへ問い合わせる声が聞こえてくる。


 慌ふためく官僚達を視て大きく溜め息をつくと、岩崎が一同に呼び掛ける。


「……それで、あなた方は省庁間調整を尽くした上でも、本当に最善を尽くしたと言えるのでしょうか?」


 居並ぶ事務次官達は、何も言えなかった。


          ♰          ♰          ♰

          

「岩崎さん。答えを教えてあげるなんて、少々優しすぎるのでは?

 我々が”政治主導”の名の下でイニシアチブを取って事態を解決へ導けば、世論を味方にして官僚達や与党=立憲地球党に対し有利に立てるのでは?」


 オンライン協議終了後、春日が岩崎の対応に釈然としなかったのか、意図を訊く。


 春日に訊かれた岩崎は昆布茶を啜りながら、思考を纏める様に話し出した。


「春日さん。我々は”誰と”戦っているのでしょうか?

 我々から見た官僚は我々政治家が出した政策を事務的に実現すべくサポートする存在であり、対立相手では有りません」


「本来、官僚組織は国民国家を守るために力を合わせなくてはなりません。

 今回は官僚達で解決する事で、官僚を鍛える機会になるのです。万が一、上手くいかなかったとしても、我々がマルス・アカデミーに電力融通を要請すれば良いのです」


「自分の組織を守るべく動くのは官僚の本能と言っても過言ではない。まあ、組織人ならば1度はそういう気持ちになるのではないでしょうかね?

 それに、安定した澁澤政権下の4年間で今の体たらくが出来上がってしまったのです。

 ……官房長官だった私の責任でもありますから、最低限の支援はしてやるべきでしょう」


 肩を竦めて苦笑する岩崎。


「いずれにしろ、政治家も官僚も国民の為に働く公僕です。

 各省庁が今まで蓄えた力を国民の為に出し切るのは、組織の健全性を保つ為に必要でしょう。そして出し切った力を国民へ効率的に還元するのは政治の役目です」


 春日に言い含める岩崎。


「各省庁に連携をとらせ、政治家へ働きかけるのですね」


 頷く春日。


「事務次官達の動きは正解ですが、連携までには至りませんでした。わが党が長年やって来た省庁間の垣根を飛び越えた若手官僚との勉強会が、こういう時こそ生きるのですよ」


 微笑する岩崎。


「……官僚以外にも”異分子”が居たような気もしますが?」


 勉強会の記憶を辿った春日は、若手官僚に混じって意見を戦わせていた一人の立憲地球党男性若手議員を思い出す。


「ははは。彼は国会対策委員長だった蓮ちゃんの孫なんです。話を聞くべき相手を色分けせずに向かい合う事の出来る、イデオロギー色の強い立憲地球党には珍しい存在です」


「彼との繋がりを保てば、最低限、政治家と官僚が連携して国家機能を維持出来ますね」


 岩崎の説明に、こうやって人の繋がりを引き継ぐのだと実感する春日だった。


「……私達の役割は此処までです。さて、そろそろ大阪でも動きがあるようですね」


 執務机前に並ぶモニター群では無く、モニター群の上に現れたホログラム投影モニターを指差す岩崎。


「後白河君はどう手を打つのか、興味深いですね」


 ゆったりと総裁の椅子に背中を預けると、昆布茶を啜る岩崎だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・春日 洋一=自由維新党参議院議員。元ミツル商事社員。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・岩崎 正宗=自由維新党総裁。元内閣官房長官。

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