グラン・シャトー
*作中に登場する大阪都は火星転移前の地方自治法改正により、特別行政区制度が創設された事に伴い、府から都へ名称変更されています。
2027年(令和9年)3月21日午前0時【神奈川県横浜市中区 横浜中華街】
神奈川県警の警察官やパトカー、バイクが一斉に中華街から退去した1分後、午前零時を迎えたと同時に詰め襟の紺色制服に『台湾警察』と記された、マルス・アカデミー・アンドロイド警察部隊が、横浜港沖の東京湾上空で待機していたマルス・アカデミー・シャトルから、白と黒にペイントされたアダムスキー型連絡挺に乗りこんで中華街へ向けて颯爽と飛び立っていく。
中華街中心部に在る関帝廟に着陸すると初代国家代表となった王から訓示を受け、直ちに中華街各所へ展開し、神奈川県警同様に治安維持にあたるマルス・アカデミー・アンドロイド警察官だった。
同様の動きは兵庫県神戸市中央区の南京町、長崎県長崎市長崎新地でも見られ、地元警察退去に合わせてマルス・アカデミー・アンドロイド警察官が台湾国領土である中華街にアダムスキー型連絡艇パトカーで入り、粛々と治安維持を引き継いでいった。
台湾自治区住民は自らが台湾国民となった事を爆竹や派手な打ち上げ花火で熱狂的に祝うことを一切せず、ランタンで街頭を飾りつける程度で、後はいつも通り観光客相手の商売に励むか、自宅でゆっくり過ごす事で独立記念日を静かに噛みしめた。
落ち着いた、地に足のついた台湾住民の振る舞いを見た観光客やマスコミ各社は、成熟した台湾国の誕生を実感するのだった。
† † †
――――――同日午前9時【東京都千代田区 首相官邸】
「我妻さんが帰ってくるまでの3か月間を無為に待つだけでは、この政権は持ちません」
閣僚達を見回すと、後白河副総理兼外務大臣が言い切る。
「では、どうすると言うのですか?」
総務大臣が手を挙げて質問する。
「マルス・アカデミーと直接交渉するしかありません」
総務大臣に応える後白河副総理。
「確かに。アマノハゴロモシステムは元はと言えば、マルス・アカデミーの技術支援を受けて開発したのですからね」
経済産業大臣が頷く。
「だが私達は政権発足以来、マルス・アカデミーを冷遇してきました」
総務大臣が指摘する。
「今さらエイリアン共に頭を下げろと言うのですか?」
労働組合から抜擢された文科大臣が反発する。
「普通に考えれば、おっしゃる通りでしょう。法務大臣、大月満の罪状はどういったものになるのですか?」
法務大臣に話を振る後白河副総理。
「大月満の罪状は、マルス・アカデミー施設を自由使用して経済的利益を受けながらそれを申告しなかった贈与税未申告による脱税、公益財団法人のメインサーバーに常駐するAIへ不法にアクセス、無許可で利用した電算機不法使用及び機密保護法違反、正規の手続きを取らずにユーロピア共和国へ渡航した出入国管理法違反と自衛隊機の警告を無視した公務執行妨害が挙げられるでしょう」
法務大臣が分厚く積み上がった訴状に目を通しながら淡々と説明していく。
「それぞれの法律違反の罪状に応じた刑法を適用すると、最高で懲役20年、最低でも禁固10年と罰金200億円になります」
法務大臣が六法全書を優しく撫でながら、閣僚達に告げる。
「……なんて罪深い男だ。私ならこの世を儚むだろう」
ぼそりと呟く国家公安委員長。
「そこでマルス・アカデミーの彼女達から保護者役の大月満の恩赦を条件に協力を取り付けるのです!」
閣僚達に後白河が提案する。
「そんなに簡単に行くでしょうか?」
文科大臣が首を傾げる。
「そこでご馳走です。美食に目が無いあの三姉妹をもてなすのです!」
後白河がタブレットの画面を閣僚達に見せる。
タブレット画面には、マルス・アカデミー三姉妹が中華料理の無償提供で台湾国と安全保障契約に合意した記事が表示されていた。
「台湾国の王代表を通じて、交渉の場所は確保しました。
私達は火星各地のマルス・アカデミー施設を手に入れ、一刻も早くアマノハゴロモシステムを復旧させ、大停電を解消させて盤石な経済基盤と人民の支持を取り戻せるのです!」
交渉前から勝利を疑わない後白河副総理だった。
† † †
2027年(令和9年)3月26日【大阪都都島区 『中華大飯店グラン・シャトー京橋店』】
この中華料理レストランは火星転移の数年前から既に閉店していたが、2021年に起きた対馬事変で中国人イメージが低下した巻き添えで台湾人への迫害が相次いだ為、日本国政府と大阪都、台湾自治区が出資した共同ファンドが買収した。
現在はシャトービルに限った台湾自治区領土として独特のCMソングで有名な中華飯店としてリニューアルオープンしている。
5階の大宴会に到着した美衣子達マルス・アカデミー三姉妹を出迎えたのは、フロアを埋め尽くさんばかりのテーブルにところ狭しと並べられたカエルの唐揚げ、イクラとウニの軍艦巻き、新鮮なパイナップルやマンゴーの入った杏仁豆腐、キムチとユッケ、牛タン焼きの大皿だった。
「ふん。私達を買収しようなんて百億万年早いわ」
ふっ、と吐き捨てる様に呟くと縦長の瞳孔を更に細め、出迎えた後白河副総理を見据える美衣子。
鋭い視線に一瞬たじろいだ後白河だったが、気を取り直して美衣子達に「先ずは、お食事でもどうぞ。お話はその後で」と話しかけると、側近に支えられる様にして会場の隅へ移動していく。気力を使い果たした様だった。
「姉さま流石っ!結は感動しました」
美衣子の塩対応に惚れ惚れした顔の結。
満とひかりは「大人げない」と頭を抱えている。
「食通で有名な私達に挑んだ心意気だけは評価するっス!」
美衣子の隣で腕を組む瑠奈。
「……三人とも、言ってることとやってることが盛大に違うのだけど?」
呆れ顔の満。
「……ですけどぉ、お料理に罪は無いと思うのですよぅ」
カエルの唐揚げを箸でつまみ上げ、様々な角度から眺めて「……むーん。此処の料理人、出来る!」と慄きながら、揚げ具合を分析するひかり。
「お父さん。私は嘘は言っていないわ。……でも!だからと言って、出されたものを食べないとは言っていないの。もぐもぐ」
真剣な眼差しで満に応える美衣子だが、口元はカエルの唐揚げを咀嚼するのに忙しい。
「面従腹背ですわ。姉さま……」
杏仁豆腐の入ったボールを抱え込むと、ザバーと口に流し込む結。
「……(もぐもぐ)」
建前さえもあっさり放棄したのか、無言で蟹チャーハンをかき込む瑠奈。
「それで、後白河副総理自ら突然おもてなしする理由はなんでしょうか?」
会場の片隅で休憩中の後白河副総理に、満とひかりが歩み寄って話し掛ける。
離れた場所で料理に夢中な三姉妹はいざと言うときに備え、何時でも『どこへもドア』を開けるように実はスタンバイしていたりする。
「……うむ。端的に言おう。我々にマルス・アカデミーの研究施設を使用させて欲しい。今も続く大停電を一刻も早く解消したいのだ!」
満とひかりに話を切り出す後白河副総理だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生態環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「ルンナ」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・後白河 政徳=日本国内閣副総理兼外務大臣。元自由維新党党員。岩崎に反旗を翻して離党、立憲地球党に合流した。




