関帝廟で
2027年(令和9年)3月20日【神奈川県横浜市中区 横浜中華街 関帝廟】
この寺院は、三国志の英雄関羽を神格化して祀った祠が建立されたのが始まりであり、台湾国独立を迎えた今年は165年目にあたる。
建築資材の大半は北京、台湾から取り寄せられており、中国道教建築式の寺院は日本在住中国人の心の拠り所となっている。
今、関帝廟本堂内の片隅で二人の政治家が言葉を交わしていた。
「私は英雄関羽よりも商売の神様である大黒天にあやかりたいものです。ほほほ」
舞台袖まで激励しに来た自由維新党の岩崎総裁に話しかける王代表。
「ふふふ。確かに代表は七福神の中にいてもおかしくないですね。
それにしても台湾国の政治体制は何というか、既存の国家組織とは一線を画しているようですね。例えて言うならば商人ギルドの様なものでしょうか」
王に応える岩崎総裁の口調は台湾国の国家体制に興味を持っているようだった。
「ほほほ。ただの商人の集まりでは国家相手の太刀打ち出来ません。ならばいっその事商人国家にしてしまえば良いのです」
岩崎に応える王代表。
「……それでは行ってまいります」
「台湾国の前途に幸あれ!」
独立宣言をする為に姿勢を正して演壇に向かう王代表を祝福する岩崎総裁だった。
白く可憐な蘭に飾られた演壇で一人の台湾人が英国連邦極東ケビン首相、ユーロピア共和国ジャンク首相、神奈川県黒磯知事、自由維新党岩崎総裁、自由維新党春日青年部長ら招待した各国首脳や政治家を前に、列島各地の中華街住民と日本国民へ向けて語り掛けていた。
『台湾自治区の独立は、決して他国へ脅威を与えるものではありません!
……かつて中華民族は、東の海の果てに仙人達が住む理想郷”蓬莱”と言う島国があると信じていました。
我々は日本国を始めとする日本列島各国や火星新大陸各国と共存共栄しながら、この場所こそが”蓬莱”と呼ばれる様に歩んでいこうではありませんか!
本日、台湾自治区は”台湾国”として独立を宣言します!』
初代国家代表となった王が独立宣言を行った。
王が独立宣言を終えると演壇の来賓全員がスタンディングオベーションし、王代表や台湾国民を心から祝福するのだった。
演壇片隅後列に居た大月家一行も惜しみない拍手を王代表に送るのだった。
「これで王代表も大手を振ってお祖父ちゃんと商売出来るわね!」
祖父の仁志野清嗣が経営する総合商社角紅と台湾国が、対MCDA貿易で更に商機を拡大するだろうと喜ぶひかり。
「今まで水面下で何かとお世話になっていたから、王さんの努力が身を結んだのは嬉しいことだね」
ひかりに頷く満。
「……一区切りついたかもしれないね。そろそろ木星へ向かう頃合いだろうかな」
トカゲ娘の美衣子を肩車しながら結を背中に張りつかせて、会場の人々から微笑まれながら関帝廟を後にする満がボソッと隣を歩くひかりに呟く。
勿論ひかりも瑠奈を肩車している。
「……そうですねぇ。木星のイワフネさんに連絡しちゃいましょうかぁ」
ひかりも同じ心境だったらしく、満の呟きに頷いて応えるのだった。
式典終了後、山下公園に駐機していたアダムスキー型連絡艇でダンケルク宇宙基地へ帰宅しようとしていた大月家一行に、春日が駆け寄って王代表からの伝言を満に渡すのだった。
「……おもてなし?」
春日から渡されたメモ用紙の内容に首を傾げる満だった。
2027年(令和9年)3月20日、台湾自治区は台湾国として独立を宣言、MCDA(火星通商防衛協定)に国家として再度加盟申請すると共に、いち早く独立を承認した英国連邦極東、ユーロピア共和国と相互安全保障条約を締結する事で合意するのだった。
日本国政府は当初、この行為を自治区創設覚書の精神を裏切り、国家分断の危機を誘発させたとして王代表以下自治区行政メンバーを日本国刑法の内乱誘発罪で逮捕、拘禁する事を考えていたが、マルス・アカデミーの美衣子達三姉妹から技術提供交渉に応じるのと引き換えに台湾独立を認めるよう提案があり、これを受け入れて独立容認へと方針転換に至るのだった。
王代表に招かれて建国記念式典に出席していた岩崎正宗と春日洋一は、式典が無事に終了したので休憩がてら近場の山下公園まで来ていた。
「……日本国民から見れば、可愛い弟分がいつの間にか独り立ちして家を出ていくまでに成長している姿を見て戸惑っている、とでも言うのでしょうか?私自身そう感じますね」
ベンチに座る自由維新党青年部長の春日が隣でソフトクリーム片手に港を眺めながら、隣で静かにコーヒーを飲んでいる老人に率直な感想を語る。
「……まあ、現実にアレを見たら自らも変わらなくてはいけない、と後白河副総理が思ってくれる事を願いたいところです」
春日の感想にコーヒーカップを口に運ぶ手を止め、横浜港沖の東京湾上空で静かに待機する全長500メートルの二等辺三角形が特徴的なマルス・アカデミー・シャトルを眺める自由維新党総裁の岩崎が応える。
岩崎がシャトルを眺める中、大月家一行を乗せたアダムスキー型連絡艇が巨大なマルス・アカデミー・シャトルに収容されていく。




