日以友好善隣条約構想
2026年(令和8年)12月24日【地球極東 人工日本列島タカマガハラ エリア・富士 イスラエル連邦首相官邸】
「ミスター我妻。道中ご無事でなによりでした」
首相官邸執務室の前で我妻を待ち構えていたニタニエフ首相が我妻に歩み寄ると、満面の笑みで我妻の両手を握り締める。
「ミスター我妻。農業支援も結構だが、我々はショー・ザ・フラッグ、戦場で貴国部隊が掲げる日の丸を見たいのだ」
人工富士五合目の首相官邸で始まった日本国・イスラエル連邦共和国との首脳会談は、我妻が3か月を費やして準備してきた内容と全く異なり、冒頭からイスラエル連邦軍参謀本部が計画するシャドウ帝国=人類統合第12都市『氷城』攻略に、エリア・千歳に駐屯する日本国陸上自衛隊第7師団の参戦をニタニエフ首相が要求して始まるのだった。
「戦場!?ニタニエフ首相閣下。いきなり何をおっしゃるのですか?
シャドウ帝国のエリア51が壊滅した今、地球上から戦争は無くなったのではありませんか!」
ニタニエフの言葉に戸惑い、反論する我妻。
「ミスター吾妻。かつて中東イスラーム圏にある軍事大国の指導者が『イスラエルを地図上から消滅させる』と公約していたが、WWⅢ(第三次世界大戦)と大変動で我が国に直接脅威となる人類国家は居なくなりました。
ですが、過酷な環境と今もなお我らに抵抗を続けるシャドウ帝国軍残存勢力は、この人工列島『タカマガハラ』に住まう750万国民にとって、重大な脅威、生存の危機とも言えるのです」
ニタニエフ首相が執務室に置かれた地球儀を用いて我妻首相に力説する。
「ニタニエフ首相閣下。我が国は憲法第9条で国権の発動たる戦争と武力による威嚇、国際紛争を解決する為の武力行使は永久に放棄しているのです。
すなわち、日本列島外での武力行使は憲法違反となるのです」
バイブルとする日本国憲法第9条を引き合いに出し、ニタニエフの要求を断ろうとする我妻。
「ナンセンスだよミスター我妻。貴国は既に北米大陸で機甲師団を投入して軍事行動に加わっていたではないか!」
首を振って我妻の主張に反発するニタニエフ。
「北米大陸での自衛隊作戦行動は、全ての人類国家が加盟した地球連合防衛条約に従ったまでのことです。シャドウ帝国は地球人類の生存を脅かしていました」
ニタニエフに説明する我妻。
「ミスター我妻。貴方は上海上空で何を目撃したのだ?
首相専用機に攻撃を仕掛け、我が軍部隊が差し違えて全滅させないと倒せない勢力が未だ存在している現実を見ても、地球人類の生存を脅かしていないとでもミスターは言うつもりなのかっ!」
激怒して真っ赤な顔で我妻に詰め寄るニタニエフ。
「め、めっそうもありません首相閣下。貴国部隊の払った犠牲を我が国は決して忘れることはありません。
しかし、人類統合第12都市との戦闘は本当に不可避なのでしょうか?我が国が仲介して共存の道を探る事も――――――」
「ナンセンスだミスター我妻。奴らはクローンだ。機械の様に生産されてプログラムされた通りに行動する。人類では無い。そんな彼らと何を話し合うというのかね?」
我妻の説得を遮って主張を続けるニタニエフ。
「我が国が未だシャドウ帝国残党と戦っている最中に、あなた方新政権の唱える”日本国地球回帰政策”に誰が賛成するというのかね?
開拓に着手したばかりで荒れ地の目立つタカマガハラに住まう750万の我が国民が、もろ手を挙げてあなた方を歓迎するとでも思っているのかね?」
厳しい顔つきで我妻に言い放つニタニエフ。
「……なんですと。……そん、な」
ニタニエフの極めて現実的な主張にまともに言い返せない我妻。
脇に控えて居た秘書官達も、あまりの強烈なニタニエフ首相に気圧されて思考停止状態に陥って固まってしまっていた。
「首相。ミスター我妻は少々長旅の疲れが出ている様です。15分程休憩しましょう」
ニタニエフと我妻の間を取りなす様に入ったモサド長官が休憩を進言する。
「そうだな。いやいや、ミスター我妻の崇高な思想に感動したので私も地が出てしまったのかも知れませんな、ハハハ。これで腹を割って話し合う事が出来そうだ」
先程とはうって変わった様におおらかに笑うニタニエフ。
結局、15分の休憩を挟んで再開された首脳会談で再びニタニエフは執拗に自衛隊参戦を要求し、既に精神的に疲弊していた我妻は遂に根負けすると、1000人の選抜された日本国民がエリア・エゾに『帰還』することを条件に、陸上自衛隊第7師団をイスラエル連邦・日本国合同平和維持部隊として人類統合第12都市に”派遣”する事を了承するのだった。
首脳会談終了直後にイスラエル連邦主導で作成された両国政府の共同声明では、イスラエル連邦・日本国友好善隣条約構想が合意されたと発表された。
共同声明では
1.自衛隊の平和維持部隊としての旧中国領内への派遣
2.財務省が国有化していたミツル商事子会社の日本マルス交通株式の半分をイスラエル連邦に経済支援として譲渡する
3.それらが実現した後、イスラエル連邦政府が指名した日本国民の科学者・工業技術者・農業技術者1000人を人工日本列島タカマガハラに移住させる事を日本国政府が超法規的措置として認めた事が発表された。
日以友好善隣条約構想は経済的、人道的にも日本の国益を大いに損ねる条約だったが、我妻総理に同行したリベラル系マスコミが火星転移後初の地球来訪をセンセーショナルに伝え、地球復興を国民に呼び掛けて条約構想への関心を逸らせたのだった。
アマノハゴロモシステム停止による大停電が続いて日々の生活が困窮していく日本国内において、遥か遠くに在る地球の出来事に国民の関心は極めて薄かった。
自由維新党と一部の財界人を除き、条約構想に亡国の危機感を抱く者は僅かだった。
♰ ♰ ♰
――――――イスラエル連邦・日本国首脳会談が終了して3日後【地球極東『タカマガハラ』エリア・フジ 首相官邸 首相執務室】
失意と憔悴を滲ませた我妻総理大臣一行が火星への長い帰路について3日経ち、エリア・フジのイスラエル連邦首相官邸は、3か月後に開始される人類統合第12都市攻略作戦に関する会議が連日のように開かれていた。
だが、その会議に日本国政府官僚や与党政治家は居ない。
惑星間オンライン会議で既に練り上げられた議題の討議には参加するが、実務を担う官僚同士で顔を突き合わせる機会を日本側は殆ど求めず、一方的にイスラエル連邦政府当局者が練り上げた事項を淡々と日本側担当者が追認するだけである。
故に、最近の実務者会議や打ち合わせに日本側が呼ばれる事は無くなっていた。
「首相閣下」
作戦会議の合間、窓の外を眺めていたニタニエフ首相にモサド(諜報特務庁)長官が声をかける。
「何かね?私は日本人に不条理を押し付けた様に見えるのかね?」
ニタニエフが応える。
「……そうではありませんが、少々やりすぎだったのでは?」
躊躇いがちに指摘するモサド長官。
「まさか!?あの程度の事で?」
肩を竦めて苦笑するニタニエフ。
「……わかっているとも長官。其れぐらいの自覚は私にもある。
だが、全てのユダヤ人を守るためには、世界を敵に回してでも生き残る覚悟が我々には求められているのだ。
……ミスター我妻と日本人には気の毒だが、最大限に日本の国力と火星の資源を限界まで引き出させて貰わねばならんのだ」
皮肉げに顔を歪ませるニタニエフ首相だった。
† † †
2026年(令和8年)12月27日【タカマガハラ エリア千歳 陸上自衛隊第7師団駐屯地 食堂】
その日第7師団駐屯地の食堂は、我妻総理大臣から格別の配慮として''特別メニュー''が振る舞われていた。
雪に閉ざされた駐屯地暮らしで唯一の楽しみが食事であることは言うまでもない。
特別メニューと聞いて格納庫を飛び出し食堂へダッシュしたソフィーは、閑散とした食堂に首を傾げながら、炊事班からトレイを受け取ると、無言で食堂の端まで行くと、小声でトレイに突っ込む。
「何で''寿司太郎''なのよ!トロやサーモンは何処よ!?」
「……日本全国の永谷園ファンに謝れ。文句言うなら大尉の分も頂くぞ」
『何でもありません。……ぼそぼそ』
黙々とちらし寿司をかき込んでいた高瀬中佐に叱られたソフィー大尉は、黙ってちらし寿司を完食するのだった。




