アーク
2026年(令和8年)12月24日午前8時50分【地球 東シナ海上空】
漆黒の宇宙空間がうんざりするほど延々続く景色と違い、代わり映えがしなくても暗い灰褐色の火山灰を含んだ雪雲と時折覗く黒い陸地や青く輝く大気圏上層部といった彩の増えた光景に顔を綻ばせる我妻総理大臣と随行員達。
「こんなに雲が立ち込めていては地上がよく見えん。君、シャトルの高度を落とせないかパイロットに問い合わせてくれないか?」
我妻が防衛政務官に指示する。
「機長から『あまり陸上に近寄り過ぎるのは危険』との事で、すいません」
インタホンで操縦室に問い合わせた防衛政務官が、我妻に頭を下げる。
「政務官。私達は物見遊山で母なる地球へ来たのではありません!今もなお、地上で環境破壊に苦しむ地球市民の皆さんを救う為にも、人民を間近で見たいと総理はおっしゃっているのです!それぐらい忖度しなさい」
演説原稿を準備していた我妻の向かい側に座る年配の女性秘書官が、防衛政務官をピシャリと叱責する。
「……わかりました。操縦室へ再度掛け合ってみます」
しばらくインタホン越しに操縦室と言い争っていた防衛政務官だったが、通話を終えると強張らせた顔で我妻に「高度を下げさせました」と報告する。
やがて少しずつ探るように高度を下げ始めたシャトル。
その時、突然機内の照明が赤く点滅すると、耳障りな警報ブザーが客室内に鳴り響き始める。
「どうした!?」
動揺して周囲を見回す我妻。防衛政務官はインタホンに飛び付く。
『レーダー警報。射撃管制レーダーが当機に照射されています』
防衛政務官が答える前に、緊迫して張り詰めた機長の声がスピーカーから流れる。
「総理!地上からレーダー照射されています!」
インタホンで操縦室に問い合わせていた防衛政務官が我妻に報告する。
「地上?イスラエル連邦軍は我々の航路を知っている筈だが?」
不審げな顔の我妻。
「……総理。現在このシャトルは上海上空を飛行中ですが、レーダー照射は上海よりも更に内陸部、成都市付近との事です」
軍用携帯電話も駆使して護衛の『ホワイトピース』と連絡を取り合っていた防衛政務官が我妻に答える。
「成都?そんなところにイスラエルの基地が在ったのか?」
首を傾げる我妻。
「……成都はシャドウ帝国=人類統合第11都市と呼ばれておりました」
「なにっ!?」
防衛政務官の説明に絶句する我妻。
そのような情報は朝食後のブリーフィング(事前説明)には含まれていなかった事だ。
『内陸部から未確認飛行物体3機が接近中。これより当機は回避行動を取りつつ、空域からの離脱を図ります。シートベルトを着用願います』
アナウンスが終わると同時に急に右側へ大きく傾くシャトル。我妻の座席テーブル上の演説原稿やコーヒーカップが転がり落ちていく。
その後もシャトルは誘導ミサイルの攻撃を警戒して右や左、さらに上下と不規則に傾き続けた。
不規則な激しい揺れが長く続き、随行員の中にはシートベルトをしたまま嘔吐する者も出始めていた。
「オエッ……どうしてっ!?此処は『平和と友好の海』上空ではなかったの!?」
かつて左翼政権が政権交代を果たした時の総理大臣が、中国の意を汲んで一方的に中国との係争海域をその様に呼び、自衛隊哨戒活動を自粛させた当時の総理大臣秘書を務めた年配の女性秘書官が、吐しゃ物に塗れた口を拭おうともせずヒステリックに叫ぶ。
「……現在、この空域はイスラエル連邦軍とシャドウ帝国軍残存部隊が小競り合いを起こしている地域の一つです。今すぐ命にかかわる状況ではない、と説明されまして」
コース変更時に、イスラエル連邦軍情報将校から航路データを渡された際、念のためと注意を受けていた事を明かす防衛政務官。
「……聞いてないよぉ」
ポツリと呟く我妻総理大臣を乗せたシャトルは、翼を右へ左へと翻しながら上海上空から退避していく。
――――――【パワードスーツ『サキモリ』】
「もうっ!やっぱり予感的中じゃない!」
ぼやくソフィー大尉。
『方位11、距離30からカゲロウ3機編隊が急速接近中ですの』
サキモリAIパナ子が敵の接近を告げる。
『識別信号なし。発進基地は西の内陸部にある人類統合第11都市『成都』だよ』
21型AIケンがカゲロウ編隊の拠点を探知する。
『ソフィー大尉。此処はパペット中隊にフラッグ1を護衛させて上海空域を離脱させ、俺達はカゲロウを足止めする』
「ラジャー。タカマガハラまでのエスコートは果たせなかったけど、敵を食い止めて護衛対象を護るのも立派な任務ね!」
覚悟を決めた高瀬中佐に気分を切り換えて応じるソフィー。
2機のパワードスーツは首相専用機から離れて方向転換すると、カゲロウ戦闘挺を迎撃しようと50ミリガトリング砲を構える。
その時、突然目の前にフラッグ1を護衛していた筈のパペット中隊戦闘機が割り込んでカゲロウ戦闘挺へ向けて次々と空対空ミサイルを発射する。
殺到するミサイルを避ける為にカゲロウ編隊がパッと散開する。
『パペット中隊が当機より先行して敵と接敵だよ』
AIケンが報告する。
『おい!パペット中隊!あんたら、フラッグ1の護衛どうしたんだ!?』
驚く高瀬。
『予定が変わった。貴官達にエスコートを任せる』
パペット中隊隊長はそれだけ言うと、戦闘機中隊を引き連れてカゲロウ編隊へ突撃していく。
カゲロウ編隊よりも数で圧倒しているにもかかわらず、怯むこと無く誘導ロケット弾や30ミリバルカン砲をイスラエル戦闘機編隊へ向け斉射するカゲロウ戦闘挺。
至近距離でカゲロウ戦闘艇から放たれたロケット弾やバルカン砲を躱しきれず、翼や尾翼に被弾したF15戦闘機やクフィール戦闘機がコントロールを失って撃墜されていく。
初戦の接触で3機の味方を失ったものの、動揺せずに尚も突撃を敢行するイスラエル連邦パペット中隊。
「ええっ!?弱っ!てか、なんであいつら総理をエスコートしないのよ!?」
戸惑うソフィー。
『イスラエル連邦軍の"優先順位"は我々とは違うらしい。戻ってフラッグ1のエスコートを再開するぞ!』
踵を返してシャトルへ向かう高瀬の21型と少し遅れて続くソフィーのサキモリ。
大津波で壊滅した上海上空では、イスラエル戦闘機中隊とカゲロウ編隊の空中戦が続いていた。
『――――――ベングリオンからパペットへ。敵レーダー逆探知に成功。データを送る。”アーク”の使用許可も下りた』
『パペット了解した。目標を確認”アーク”へデータ入力』
激しい空中戦で味方を失いつつも、広州海岸線上空へと突撃を続けるパペット中隊の戦闘機から不意に十数発のミサイルが陸地目掛けて放たれる。
ミサイルを放った後もイスラエル戦闘機はミサイルを護るかの様に海岸線防衛陣地を目指して突進する。
ミサイルの数発は海岸線から発射された中国製迎撃ミサイルで撃墜されたが、海岸線上空で一発が眩い閃光を放って爆発すると、海岸線防衛陣地と上空を飛ぶ両者の戦闘機部隊を巨大な火球が呑み込んでいく。
更に極超音速で陸地奥へ飛び続けたミサイル群は、海岸線防衛陣地中心部に在る特徴的なピラミッドの上空で巨大な火球へと変貌し、都市を呑み込んで幾つものキノコ雲となって暗い空へと立ち昇っていく。
海岸線防衛陣地とその周辺を壊滅させた核爆発は、フラッグ1のエスコートを再開したサキモリや21型に搭載されたAIに探知された。
『人類統合政府軍海岸線防衛陣地で複数の核爆発反応。―――爆発規模は小ですの』『超小型戦術核兵器=中性子爆弾の可能性大だよ』
「パペット中隊は!?」
AIパナ子とAIケンの突然の報告に驚きつつ、パペット中隊の無事を気にするソフィー大尉。
『爆発地点にパペット中隊のレーダー反応なしですの』『音信不通だよ』
「もともと自爆覚悟だったのか!?」
「まさか!」
無情なパナ子とケンの報告に愕然とする高瀬とソフィー。
『……やつら、躊躇いもなく核を使ったな』
「そこまでしないといけない相手なの!?」
核兵器使用の衝撃が冷めやらぬ高瀬とソフィーだった。
「……」
ようやく戦闘空域から離脱したシャトル機内の我妻総理を始めとした一行は、呆然とした面持ちで客室内モニターに映し出された幾つものキノコ雲を視るのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソフィー・マクドネル=自衛隊特殊機動団パワードスーツ『サキモリ』パイロット。大尉、ユニオンシティ防衛軍から在籍出向中。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・パナ子=機動兵器サキモリの機体制御システムを担当している人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・高瀬 翼=自衛隊特殊機動団PS部隊隊長。中佐。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・ケン=高瀬中佐の乗るパワードスーツに装備された機体制御AI。
公益財団法人 理化学研究所(理研)が開発した人工知能で、美衣子達三姉妹がセッティングしたお見合いでパナ子とゴールインした。天体観測を生かした遠距離射撃が得意。
*イラストは、しっぽ様です。
・我妻=日本国内閣総理大臣。




