平和と友好の海
2026年(令和8年)12月24日午前8時30分【地球 南アジア上空30000フィート】
火星転移後に初めて地球を訪問する日本人政治家となる我妻総理大臣を乗せたスペースシャトルが、ゆっくりと降下を続けている。
ずんぐりした形状から『トーマス』との別名を持つJAXAが開発した日本版スペースシャトルの機体が火山灰の濃厚な大気圏に突入して20分が経過していた。
――――――15分後【東南アジア 南シナ海上空】
北に位置する人工日本列島タカマガハラから接近するイスラエル連邦が開発した国産戦闘機クフィール、F15戦闘機とF16戦闘機の混合機種で編成された戦闘機部隊から通信が入る。
『ようこそ、地球へ。これよりイスラエル連邦空軍第13防空隊がエスコートさせていただきます』
戦闘機からヘブライ語(イスラエルの公用語)の通信が直接、船内スピーカーを通じて我妻首相達に届く。
「こちら日本国政府首相専用機『フラッグ1』。エスコート感謝します」
我妻首相に同行していた防衛政務官がヘブライ語で応答する。
『日本自衛隊の機動兵器に告ぐ。イスラエル連邦空軍第13防空隊”パペット中隊”だ。エスコート交代の時間だ。当空域より退去せよ』
機械的な声音で高瀬達パワードスーツに呼び掛けてくるイスラエル連邦軍の戦闘機パイロット。
「ちょっと隊長!どうして私達はこんな中途半端な所でエスコートを引き継がないといけないのよ!?」
不満タラタラなソフィー大尉。
「文句言うな。我妻総理のご意向らしい『平和の使者として人殺しである軍用機の随伴は相応しくない』らしい」
肩を竦める高瀬中佐。
「何よ!宇宙ターミナルで話した時は『赤い竜星』のエスコートが有れば心強いって調子良いこと言っていたくせにぃ!」
プリプリ怒るソフィー。
「そう怒るなよ『ホワイトスワン』」
おどけて応える高瀬。
「なっ!?その名前で呼ばないで!勝手にアガツマがつけたあだ名に興味ないからっ!」
一瞬照れた顔をしたが、プイッと顔を背けるソフィー。
月面ターミナル出発前にせめて護衛と意思疎通させようと東山が奔走し、我妻と護衛部隊の名取准将が面会する機会を作り、其処へ高瀬やソフィーが付いて行った際、イケメンな高瀬と可憐なソフィーに、一般党員から秘書官に成り上がったばかりの者達が興味を示して群がり、身内の党員には優しい我妻がそれに目を付けてリップサービスしたのである。
「それに!航路データを見たけど、直前になって変更されているし!しかも、この前カゲロウが攻撃して来た所を通るのよ!?どうみても罠でしょ!?
丸腰で行けばシャドウ帝国軍が見逃すと思っているのかしら?まさか話し合いでも始めるんじゃないでしょうね?
ここは平和な日本列島じゃないのよ!?クレイジー極まりないわ!」
捲し立てるソフィー。
『心配し過ぎだよ。どうせあと30分もすれば、東シナ海で待機しているイスラエル連邦軍の水陸両用戦艦『ベングリオン』と搭載飛行隊が合流するらしいから心配ないだろう』
冷静に応える高瀬。
「はあ?おかしいじゃない!イスラエル連邦の軍用機はOKで私達はNGってどういう事かしら!」
『それこそ分からん!相手を持ち上げる『政治的配慮』じゃないのか?』
「確か『ソンタク』だっけ?そんな心遣いなんて今の地球では不必要なものよ。イスラエル連邦だってわかっている筈なのに!」
『今回の首脳会談はイスラエル連邦が日本の”心遣い”を大いに利用して火星の資源を根こそぎ持って来させる為の政治ショーだよ』
『――――――二人とも、私語はそこまでだ。「フラッグ1」の護衛とエスコート引き継ぎに注意しろ』
大気圏には突入せず、衛星軌道から首相専用機をフォローしているホワイトピースの名取艦長が通信に割り込む。
「……なんか。お先真っ暗な予感しかしないんですけど!」
機嫌の治らないソフィーだった。
そして、しばらくして唐突に高度を下げ始めたシャトルを見たソフィーは真っ暗な予感を更に深めていくのだった。




