政治家の選択
2021年11月5日午後1時【東京都千代田区永田町 国会議事堂 応接室】
二人の与野党議員がすれ違う振りをして、ふらりと入った応接室で"雑談"をしていた。
番記者でその一瞬を見つける事の出来た者は居なかった。
「なあ蓮さん。今、解散総選挙やったらどうするね?」
自由維新党(与党)国対委員長の春日陽介議員が訊いた。
「なんだぁ?春さん。
経済統制や報道規制がされている中で、野党の立場なんて吹けば飛び散ってしまうだろうさね」
立憲地球党(野党)国対委員長の大塚蓮司がため息をついて答える。
「実はねぇ、蓮さん。総理はねぇ、とある事柄について国民に信を問いたいご意向でね。まあ、信を問うなら総選挙。そういうことだわさ。
どの様な内容かは今は言えないが、確実に国論を二分するらしいんだとさ」
どのような政治的選択肢を国民に示すべきか、春日は古くからの同志に相談したのだった。
「う~ん。正直、そいつは贅沢な悩みだべさ春さんよぉ。
この危機的状況で堅実且つ大胆な国家運営は澁ちゃんの十八番だしなぁ。
とにかく野党は敵いっこないべ。時間と金の無駄になるね。
私は負ける戦はしない性格だぁ」
「・・・そうさなぁ。
・・・だったら国民投票はどうよ?」
大塚が提案した。
春日は黙考した。
ふと顔を上げると既に大塚の姿は無かった。
―――同日午後4時【首相官邸 総理大臣執務室】
澁澤総理が春日国対委員長から報告を受けていた。
「そうか、野党は腰が引けてまともに戦えんか・・・」
澁澤が言った。
「・・・確かに国民投票がシンプルですなぁ」
岩崎が言った。
「よし、このプランでいこう」
澁澤が決断して指示を行った。
♰ ♰ ♰
―――同日午後5時【同 執務室】
通信モニターの向こうに居るのは、シドニア地区で研究していたマルス人のアマトハ、ゼイエスである。
澁澤から相談したい事があると言って急遽連絡したのだ。
「アマトハさん、ゼイエスさん、お忙しい所申し訳ありません」
澁澤がまず二人に詫びた。
「実は、この日本列島を覆う壁が一部解除と聞きまして、幾つかお聞きしたい事があったのです」
澁澤が言った。
「澁澤さん、ご自由にご質問なさってください。私達の分かる範囲でお答しましょう」
アマトハが言った。
「まず、先日内閣官房の東山達がマルス各地をイワフネさんの案内で廻った報告を受けました。
その中で、巨大ワーム?と形容するのでしょうか、地球とはおよそかけ離れた生態系の数々が存在し、東山達はかなり驚いたそうです。
『壁』の解除によって巨大ワームをはじめとするマルス生物が、日本列島に大挙して侵入する事は有るのでしょうか?」
澁澤が訊いた。
「ありません」
ゼイエスが即答した。
「日本列島を覆う生態環境保護育成プログラムによる『壁』機能は一部解除されるだけです。
マルス生物が日本列島に殺到すると、生態環境保護育成プログラムが自動的に作動しマルス生物を排除する事になるでしょう」
「生態環境保護育成プログラムは内部の生態系を維持、保護する事が最優先されています。ただし、生態系を侵さないと判断されるレベルで若干の生物が侵入する事は有るかも知れません」
ゼイエスが説明した。
「なるほど、それを聞いて安心しました。それと、我が国ではありませんが幾つかの国が、マルス大地に進出を考えています。
我々人類がマルス大地の生態系を、恐らく、巨大ワームを始めとする人類に危害を加える可能性が有る生物の駆除を行った場合、マルス人としてどう思われますか?」
澁澤が訊いた。
「現在のマルス大地の生態系は、かつて我々が住んでいた頃とは全く違っています。
惑星其々の環境に適応した種が生き残るのは、当然の結果です。
これは、地球の恐竜時代と現在の日本列島の生態系が違うのと同じだと私達は思います」
「ですから、大気と海洋が再生した『今のマルス』で地球の皆さんが火星生物を討伐しても惑星レベルでの災厄にはならないと思われます。
もっとも、核兵器や二酸化炭素を排出する機械を多用すると、徐々に惑星レベルでの変動に繋がると思われます」
澁澤の懸念を打ち消しながらも、予測されうる人類の過剰な行動にアマトハが釘を注した。
「……そうですか。ありがとうございます。我が国の歩む道が少しだけ、見えてきたかもしれない」
瞑目していた澁澤は姿勢を正すと、アマトハとゼイエスに礼を言うのだった。
♰ ♰ ♰
同11月6日午前7時【東京都千代田区 永田町 首相官邸 総理大臣会見】
その日、前日から政府からの重大発表が有るので、自宅で待機するようにとのアナウンスが告知されていたため、日本国民は出勤・通学時間を遅らせて政府発表を待っていた。
『これから発表する内容は、極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦、英国連邦極東、ユーロピア自治区、台湾自治区で同時に発表される事になっております』
澁澤首相が前置きした。
『我が国は去る8月25日、外務省飯倉公館に於いて、マルス人を代表するマルス・アカデミーと文化交流・段階的技術承継に関する共同研究について合意し、協定を締結いたしました』
『協定に基づき、現在我が国とマルス文明との間であらゆる分野において基本的情報交換を行っているところであります。
その中で隔絶空間外、すなわち火星大地に空気と海が存在する情報が発見され、マルスアカデミー協力の下、解析を行った結果、地球とほぼ同じ成分の空気と、原初の状態でありますが海の誕生が確認されました』
記者席からどよめきが起きた。幾人かの記者は椅子を蹴倒したまま、号外を報じるべく会見場を飛び出していく。
『現在、我々はごく限られた手段でしか隔絶空間の外に出ることが出来ません。
しかし、マルス側によると近日中に日本列島生態環境保護育成プログラムによる隔絶空間が、一時的に解除される可能性があるとの事です。
既に、大気圏上層部の電離層が地球に存在した時と同レベルまで安定し始めており、列島各国首脳へマルス・アカデミーが通知しております』
『これら状況下で、積極的且つ、即事の技術承継を表明している極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦から、火星大地に進出可能となった場合、我が国を出て火星大地に進出するとの連絡が先日ありました。
我が国は火星大地へ進出する各国の支援を行いますが、我が国独自の火星進出については、現地生態系を調査した上で慎重に検討していく方針です。
火星大地の生物や細菌等が、我が国の国民にとって安全であるか確認出来るまで進出は致しません。
―――発表は以上です』
澁澤総理大臣による発表終了と同時に、報道陣からの質問が殺到した。
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「今この瞬間、我が国は新たな希望の大地である火星開拓の流れから取り残されようとしています!」
澁澤の会見終了後、立憲地球党を始めとする野党は、JR新宿駅前で街頭演説を繰り広げた。
「新天地開拓競争から脱落し、及び腰な技術承継しか考えない澁澤政権は、既得権益保護の為に、科学技術立国としての名声が地に落ちるのを、黙って見過ごそうとしているのです!
我が国が発展し、皆さんの暮らしを守る為には、新天地開拓競争は1位でなければ意味がないのです!」
女性野党議員が声を張り上げる。
「彼女、自分の所属する党が与党時代に公共事業や大規模コンピューター開発を始めとする科学技術振興予算を仕分けして競争力をそぎ落とした"実績"が有るにも拘らず、よくもまあ言えたものですね・・・」
エネルギー供給の安定と電離層の安定から通信制限が緩和された為、久々に活き活きとした偏向報道を行う、とあるテレビチャンネルが伝える街頭演説の様子を視ながら、岩崎官房長官が呆れた声で言った。
「我々はこの耳でマルス人が持つ歴代人類への懸念を聞いているのだ。それを素直に訴えようじゃないか」
澁澤総理が言った。
その日の夕方、澁澤総理は秋葉原で恒例の街頭演説を行い、昼間の野党演説に対する強烈な皮肉や率直な問い掛けを国民に行うのだった。
ここまで読んで頂きありがとうありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・澁澤 太郎=内閣総理大臣。豪胆な性格。
・岩崎 正宗=内閣官房長官。温和。情報処理能力が高い。
・春日 陽介=与党国会対策委員長(国対委員長)。春日洋一の叔父。東日本大震災で兄夫婦の息子だった洋一の保護者となる。
・ゼイエス=マルス人。アカデミー技術担当。好奇心旺盛。
・アマトハ=マルス人。アカデミー特殊宇宙生物理学研究所 所長。ゼイエスの善き理解者。




