オンライン食事会

２０２６年（令和８年）１２月１０日【月面都市『ユニオンシティ』宇宙ターミナル 航宙管制室】

「ＡＤＩＺ（防空識別圏）宙域を哨戒中の宇宙空母『インディペンデンス』のレーダーに反応。火星公転軌道からの航行物体が減速しながら接近中。距離５万メートル」

　イスラエル連邦軍のレーダーオペレーターが報告する。

「ＩＦＦ(識別信号)照合。マルス・アカデミー登録船籍『日本自衛隊フラッグ１』です」

　英国連邦極東軍の通信オペレーターも続いて報告する。

　やがて月面都市近くの宇宙空間に滑り込むように、全長５００メートルの二等辺三角形が特徴的なマルス・アカデミー中型シャトルが到着する。

「……ようやくのご到着か」

　管制室のモニターに投影された人類の航空母艦よりも遥かに巨大なシャトルを一瞥すると、溜め息をついて正直な感想を呟く東山龍太郎 地球圏駐在日本国全権大使。

　東山は日本国大使の肩書を持つが、２年前のヨーロッパ救出作戦から付き合いの有るユニオンシティ代表ソーンダイクの補佐を務める場面も多く、真世界大戦序盤でソーンダイク代表が樹木化人類と化した後は、ユニオンシティ行政府庁舎よりも情報がいち早く入る管制室を執務室代わりとして使用する事が多い。

「冷凍睡眠モードを首相官邸が拒否した故の遅さだな。実に非効率だ」

　当直司令のユニオンシティ義勇軍将校。

「世界は動いているというのに、暢気なものだ。観光客気分とは、ニッポンは未だ平和ボケしているらしい」

　皮肉げに応じるイスラエル連邦軍オペレーター。

「おい！私語を慎め。仕事中だぞ」

　顔をしかめて注意する航空・宇宙自衛隊の情報将校。

　ユニオンシティ航宙管制室のメンバー構成は実に多国籍に富んでいた。

「……歓迎ムードが一切見られないこの雰囲気に総理一行が気付いてくれればいいけど」

　空しい願いを呟く東山だった。

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――――――同時刻【地球北米大陸 ユニオンシティ（旧アメリカ合衆国）所属 復興都市『ネオ・ロサンゼルス』（旧カリフォルニア州ロスアンゼルス）】

旧アメリカ合衆国中西部のイエローストーン火山から拡がる火山灰を含んだ雪雲の合間から久しぶりに顔を覗かせた太陽の日差しが、復興を目指す人類拠点のシンボルである幾つもの巨大ドームを暖かく照らしていた。

　透明な特殊樹脂パネルに覆われた巨大ドームが点在する広大なユニオンシティ義勇軍駐屯地内の食堂で惑星間オンライン食事会が開催されていた。

『……モグモグ。クェェ。やはりアメリカン・ビーフは伊達ではないわ。いい仕事をしたわねジョーンズ』

　ステーキを堪能した後、爬虫類人類の習性故か「クェ」と小さく鳴いた後、感服した様子で美衣子がモニターの向こう側からジョーンズ中将に感想を述べる。

　総合商社角紅とソールズベリーカンパニーを中心とする多国籍企業連合がマルス・アカデミーの技術提供を受けて建設した直径３キロに及ぶ超巨大ドームの中は、天井各所に設置された太陽光を模した特殊ＬＥＤ照明が輝いている。

　内部環境は大変動前の北米気候を再現しており、火山灰と放射性物質を多く含んだ外部空気を徹底的にフィルタリングした上で循環し、火星日本列島から”里帰り”した小麦やジャガイモ、アーモンド等の農作物が実験農場で育ち、放牧エリアでは避難先だった瀬戸内海小豆島や沖縄奄美で産まれた牛や羊が里帰りを果たし、のんびりと草を食んでいる。

「ハハハ！そうだろうとも！火星日本列島から里帰りしたテキサス牛の肉質は、和牛に優るとも劣らないと自負しているからな！」

　自らは塩胡椒のシンプルな味付けで焼かれたミディアム・レアのステーキを豪快に頬張りながら、上機嫌でモニター先の美衣子に応えるジョーンズ中将。

　ネオ・ロサンゼルス牧畜エリアで飼育されている肉牛は、２年前の北米救出作戦時に住民と共に火星へ避難した牛の子供である。

　肉牛の飼育は、ジョーンズ中将の部下で畜産農家出身のユニオンシティ義勇軍兵士が現地で救出された生存者と共に行っていた。

『あら、ちょっと調子に乗りすぎよジョーンズ。火星日本列島(こちら)の飼料が途絶えれば！あっという間に肉質は骨と皮だらけよ？』

　ジョーンズのアメリカ牛自慢に、ステーキを口に運ぶ手をピタリと止め、縦長の瞳孔を細めてピシャリと美衣子が指摘する。指摘しつつも、小首を可愛らしく傾げるあたりは冗談と言える。

「……む」

　だが、大月家で塩入りコーヒーを出された経験のあるジョーンズ中将は冗談とは受け取らず、肉を突きさしたフォークを口に運ぶ寸前で止めて顔を強張らせてしまう。

　巨大ドーム外は未だ降り続ける火山灰が厚く積もり、気温は氷点下１５度から２度前後と寒冷気候が一年中続いている。

　また、中国とロシアの核攻撃で壊滅したサンフランシスコ、北米大陸東西沿岸部の大津波と海面上昇によって水没した原子力発電所の燃料格納庫から漏れた放射性物質が太平洋東部、大西洋西部を汚染しており、月面都市ユニオンシティと地球と月面の重力均衡点であるラグランジュ・ポイントに設置された太陽光発電・送電システムを利用した高出力レーザー照射による放射性物質分解除去は試験的に復興都市ネオ・ロサンゼルスと同ネオ・バンデンバーグ周辺が完了した段階に過ぎない。

『ちょっ！美衣子姉さま、言い過ぎっス！このステーキレシピは、ジョーンズおじさんみたいな古き良きアメリカ人しか出せない本場の味っス！外野は黙るっス！ヘイ、おかわりっス！』

　美衣子を注意しつつ、ステーキのおかわりを画面外の給仕に頼む瑠奈。

『……クェェ。瑠奈の言うとおりだわ姉様。私達は今一度”和牛推し”でアメリカン・ビーフと対峙するべきだと思うの』

　ステーキに添えられたマッシュポテトまでもペロリと平らげた結がお腹をさすりながら、瑠奈に加勢する。

『ステーキに夢中な三人の言葉に説得力が無いことだけはよくわかったよ。ジョーンズ中将、うちの娘達がホントすいません……』『ごめんなさい』

　恐縮しきりの満がおもむろに美衣子に背後から近付くと、アイアンクローをあっさりと決め、満の隣に居たひかりがジョーンズに向けしおらしく頭を下げる。

　画面下に消えた美衣子のうめき声が聞こえてくる。

　モニター向こう側の大月家が繰り広げる団欒を見ながらほっこりするジョーンズ中将。

「いやいや、お気になさらずに！相変わらず賑やかで良いことです！大月ファミリーの変わらない支援で我らは緩やかに復興しているのですから。

　……それにしても、今回は変わった所で食事会ですね？」

　満達の食事をする場所が以前訪ねたＮＥＷイワフネハウスとは違い、駐屯地の軍食堂に似ている事に気づくと、不思議そうに尋ねるジョーンズ。

『あはは。此処はダンケルク宇宙基地の食堂ですからねぇ……』

苦笑する満。

『ちょうど良いシェフが居たから開催してみました！』

　アイアンクローから立ち直った美衣子がモニター画面に再登場すると、ドヤ顔で薄い胸を張る。

『……うわぁ。料理人が突然此方に取られて、怒りにうち震えるジャンヌ首相の姿が容易に想像出来るんだけど？」

　嘆息しつつも、怒り顔のジャンヌ首相を想像して身震いする満。

『気にしたら負けよお父さん。ジャンヌなら今頃電力不足が解消されて私達に感謝の祈りを捧げているに違いないわ』

　ドヤ顔を崩さず、ムフーと鼻息荒く得意気な美衣子。

『……そうかなぁ？』『でも、食べ物の恨みは怖いと言いますし……』

　納得出来ず首を傾げる満とひかり。

「……と、ところで、お国の我妻総理大臣がもうすぐ月面に到着するようですね」

　”火星側の事情に深入りするのはヤバい”と感じたジョーンズが、話題を転換する。

『我妻？誰っスか？』

『我が国の総理大臣だよ。……瑠奈はもう一度小学校をやり直した方がいいのかなぁ』

　素で反応する瑠奈を見て、真剣に再教育を考える満に慌てた瑠奈が「う、ウソっス！知ってるっス！我妻ってアレ！むかし流行った鬼滅のキャラ……むぐわぁぁ」と著作権的な危険ワードを口にしかけ、美衣子に口を封じられて満にアイアンクロ―を受ける。

　ちなみに、ジョーンズ中将的には日常的に非常識な瑠奈を見て変わらないなと安堵している。

『ふん！今さら浦島太郎な夢想主義者が地球に来たところで、虚しいパフォーマンスしか出来ないわ。彼からすれば、政治家として最高の晴れ舞台かも知れないけれど。

　イスラエル連邦もタカマガハラの緑地化で忙しいのにご愁傷様と言ったところかしら』

　画面下で簀巻きにした瑠奈を見下ろしながら、手厳しくコメントする美衣子。

『うーん。……それで済むのかなぁ？』

　我妻の地球来訪の意義は立憲地球党側だけではなく、イスラエル連邦側にもあるのではないかと密かな疑問を抱く満。

『……。あ～、コホン！我らが誇る英国連邦のオージー・ビーフを忘れてもらっては困るのだが？』

　オーストラリア中央部ビクトリア基地からオンライン食事会に参加していた英国連邦極東軍欧州抵抗部隊司令のロイド提督が、お国肉自慢の出番を失う危機を感じ、咳払いで参加者の注意を引く。

『……うっぷ。ローストビーフはこの前食べたから、イングランド島ニュー・グラスゴー基地で養殖した北海タラで作ったフィッシュ＆チップスがいいわ』

『そんなぁ……』

　タイミングの悪いロイド提督のメニュー提供にダメ出しする美衣子と、気まぐれに振り回されて涙目になるロイド提督だった。