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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 昏迷胎動
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報酬

2026年(令和8年)12月9日午後2時【東京都千代田区内幸町 菱友銀行本店 役員応接室】


 本店最上階の在る役員応接室ソファーに姿勢を正して座る自由維新党総裁 岩崎正宗と、同じく青年部長 春日洋一が、瑞星みずほし頭取と法人担当専務、事業部長と向かい合っていた。


「この度のお申し込みですが、現状ではご希望に添うことが出来ません」


 開口一番、ポーカーフェイスを保つ瑞星頭取自ら回答する。


「何故ですか?永田町の党本部は、都心一等地として担保としては高い筈では?」


 春日が訊く。


「勿論、当行としても不動産鑑定士を使って慎重に評価した結果は、非常に高い価値だったと申し上げましょう。

 ですが、既に当行は自由維新党に選挙費用として100億円単位の貸し出しを過去に幾つも実行しており、その残高は他行も合わせると既に不動産担保評価額を大幅に上回っております。

 今さら抵当権を新規設定した所で、万一の場合債権回収出来る可能性は極めて低いと言わざるを得ません」


 法人担当専務が説明する。


「……っ!」


 絶句する春日だったが、党が多額の借金をしているとの話は外務省時代から聞いていた為、納得は出来た。綺麗ごと抜きでやはり選挙にカネはかかるのだ。担保の話はあわよくば程度の手段ジャブに過ぎない。


「瑞星頭取。その様な分かり切ったお話をする為に、わざわざ私達を呼んだのですか?」


 無表情で黙って説明を聴いていた岩崎が瑞星に訊く。


「おっと、これは失礼しました。融資マニュアルに則ったやり取りはここまでにしましょう。金融庁の姿勢が最近当行だけあからさまに厳しいのですよ」


 肩を竦めた瑞星がインターホンで応接受付の秘書に合図すると、総合商社角紅の仁志野社長と台湾自治区の王代表が応接室に入り、岩崎や瑞星の右隣に座ると四者でテーブルを囲む格好となった。


「瑞星さん、金融庁マニュアルを重視するのは結構ですが、あまりやり過ぎると今後の交渉に差し障りますよ?」


「……面目ない」


 瑞星頭取の隣に座った王代表が、苦笑気味に瑞星に忠告し、瑞星が苦笑する。


「……さて、仕切り直しです。本日お呼びだてしたのは、お二人が王代表に提案した”ゲーム”の件です。単刀直入に申しますと、あの”ゲーム”を当行で買い取らせて貰えませんか?」


 ニヤリと悪戯っぽい顔を岩崎に向ける瑞星頭取だった。


「……ふむ、そう来ましたか。此方としては色々と使い方を考えていまして、従来取りのゲームソフト程度の認識では宝の持ち腐れになりますよ?

 マルス・アカデミー謹製自律型AIが加わった”極めて非常に個性的な”プレーヤー参加型ソフトだけでもゲーム業界では画期的なものと言えるでしょう。ですが、このゲームで得られる報酬こそが電力不足にあえぐ日本にとって必要不可欠な光明と言えるでしょう」


 不敵な笑みを浮かべる岩崎。


「……ほう。仁志野さんから聞いていた以上に使い道が有るというのですか……。分かりました。お話の内容によっては当行だけと言わず、菱友グループ皆がWINWINになる様お手伝いさせて頂く所存です」


 楽しい遊びを考え付いた子供の様な無邪気な笑みを一瞬浮かべた瑞星頭取は姿勢を正すと、畏まった姿勢で岩崎に頭を下げるのだった。


 そして春日がゲーム概要と報酬システムを説明し、仁志野がゲーム実現に際して必要とされる設備を提示し、岩崎がアップデート後に予想される経済・社会に与える影響を告げると、瑞星頭取や法人事業部長は子供の様に目を輝かせて話に聞き入るのだった。


 MCDA、総合商社角紅、菱友財閥グループがこのゲームに関して、異例のスピードで業務提携の覚書に調印したと経済新聞社がスクープを出して報じたのは翌日未明だった。


 勿論、自由維新党の全員がゲームのユーザーに無料登録されたのは言うまでもない。


          ♰          ♰          ♰


2026年(令和8年)12月10日【火星衛星軌道 火星第1衛星フォボス 英国連邦極東軍・ユーロピア共和国軍『ダンケルク宇宙基地』】


 衛星軌道で2カ所目となる太陽光発電・無線送電衛星を設営した大月家一行を乗せたディアナ号は、補給と休息の為この宇宙基地に寄港していた。


 船長の満と副長のひかりを除くメンバーは、美衣子を先頭に突如現れた謎の料理人を伴って基地食堂で急遽始まった『お国料理自慢対決!』で提供されるローストビーフとフランス料理のフルコースを堪能すべく向かっている。


『いやぁ、満君。あのゲームと報酬システムは中々えらい反響やで。角紅うちと岩崎はんのところだけでMCDAと組もうと思っとったけど、報酬システムに目を付けた菱友グループも加わったさかい、経済界の幅広い部分がMCDA側に付く流れやで?』


 菱友側と徹夜で協議したにも関わらず、疲れも見せず興奮気味に話す仁志野。


「このゲームの肝は報酬が『電力』で支払われる所です。今の日本列島ではお金をいくら持っていても直ぐに電力は手に入りません。ですが、新しく作った発電所から生みだされた電力はゲームユーザーに優先供給されます。発送電力も効率化されていますから、従来の電力料金よりも安上がりとなるでしょう」


 応える満。


『……通貨に代わる新たな財産の登場やな。電力通貨!?とも言うべきやろか?』


 唸る仁志野。


「呼び方に興味はありません。

 今の日本列島に私達の居場所を残せる環境を作り出すのが大月家こちらの目的ですから」


 明確に応える満。


『……まあ、ええやろ。満君達自らが住む環境を整えようとせん限り、今の日本は住み辛いからなあ……。情けないわ』


『敢えて気になるとしたら、既得権益を脅かされる大手電力会社や菱友以外の金融機関、MCDAと対立する国が手出しするのは確実やろな……。その辺は岩崎さんと協力して、上手くやるしかあらへん。可愛い孫娘の為でもあるんやし』


「ありがとう、お祖父ちゃん」


 協力を約束する仁志野に感謝するひかり。


『それにしても、ゲーム報酬が電力とはえらい驚かされたけど……それにも増してマルス・アカデミー謹製ドローンをゲーム参加者一人一人に配布するのも太っ腹過ぎへんか?』


呆れた感じの仁志野。


「そのことですが、美衣子が言うには『ドローンはこのゲームに必要不可欠だから』の一点張りで聞かないんですよ」


『……そこまで大掛かりなゲームかいな?』


 満と共に首を傾げる仁志野。


『まあ、マルス・アカデミー謹製ドローンの大量生産で町工場は技術レベルも上がるし、飯の種が増えるから良しとしとくかいな。町工場を家族が継ぐケースも増えてきたしな』


「惜しまれつつも時代遅れと言われてきた、町工場再生の光明となればいいのですが」


『ところで、角紅(うち)の建設部門にえらいオーダーしたそうやないか。表向きは英国連邦極東企業からの発注やけど『求む。アステロイドベルト作業用ドローン操縦頭脳労働者 未経験者優遇!』。コレ、以前に角紅とミツル商事のジョイント・ベンチャー(JV)がやったことと被るがな』


「ええ。美衣子達は最近急に『新たなオブジェクトが必要よ!』と言って暇な時は自室でゴソゴソやっているんですよ。私やひかりが訊いても『その内分かるわ』と言うばかりで……」


 仁志野の問いに肩を竦めて答える満だった。



「アレかいな?もしかしたら、また日本列島が何処ぞへ転移する可能性が出て来たんとちゃうやろか……」


 満との通信を終えた仁志野は、不安げに呟くのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――【地球極東地区 朝鮮半島西側の黄海上空】


 シベリア寒気団から来る雪雲と、朝鮮半島北部から南下して広がる白頭山からの火山灰が立ち込めるどんよりとした空を、2機のパワードスーツが飛行していた。


「相変わらず煤だらけの空ね。帰艦してからの掃除が大変じゃん!」


 50ミリバルカン砲の代わりに筒型の携帯式大型スコープをライフルの様に構え、陸地北側の人類統合第12都市『瀋陽』を偵察しながら愚痴るパワードスーツ『サキモリ』パイロットのソフィー大尉。


『マスター。火山灰の煤だけじゃなくて、空気中の放射能も結構キツイですの。洗浄は念入りにして欲しいですの』


『サキモリ』AIのパナ子がコックピットのレーダー画面片隅に現れ、ソフィーの愚痴に応える。


「わかったわよ。……そういえば、この辺りは北朝鮮の核施設と中国の原発が在った場所だっけ」


『よそ見をするなよソフィー大尉。

 ……全く。木星からの電波バーストが止んで、久し振りの遊覧飛行だと言うのに贅沢を言うな』


 ソフィー機を警護しながら隣を飛行する21型パワードスーツを操る高瀬中佐が、ソフィーを窘める。


「中佐こそ遊覧飛行なんて気休め言わないで下さい!ほら、早速フラグが立っちゃったじゃないですか!うひゃっ!」


 ソフィー機が急上昇すると、先程までソフィー機が居た空間を対空ミサイルの束が通過していく。


『下だ!大尉!カゲロウ3機来るぞ!』


 高瀬がけん制とばかりに下方へ向け12連装ミサイルランチャーから誘導弾を一斉に発射する。


 海面スレスレの高度から急上昇したシャドウ帝国軍水陸両用戦闘艇=通称『カゲロウ』編隊は軽快にパッと散開してミサイルを躱すと、ソフィー機目指して再び編隊を組み直すと上昇を再開する。


「こいつらしつこい!」


『人類統合第12都市防衛軍の戦闘艇カゲロウと識別しました。エリア51は壊滅しましたが、個別都市の防衛機能は維持されている事を確認しました』


 追尾を振り切ろうと必死なソフィーを余所に冷静に分析を進めるAIパナ子。


『データ収集完了、偵察はここまでだ。ソフィー大尉ついて来い!アフターバーナーを使え!』


 高瀬が合図する。


 上昇して東に向きを変えると、バックパックに搭載された水素エンジンを最大出力まで点火すると一気に亜音速まで加速して黄海北部からぐんぐんと離脱する2機のパワードスーツ。


 カゲロウ編隊は追撃を諦めたのか、統合都市へ戻っていく。


 何とか離脱に成功して飛行を続ける2機のパワードスーツ前方に、母艦『ホワイトピース』が雲海の合間から姿を現して接近する。


「あれ?ランデブーポイントでも無いのにどうしてかしら」


 首を傾げるソフィー。


『偵察ご苦労。高瀬中佐、ソフィー大尉。新たな指令が来たので急いで貴官らを収容しに来たのだ。本艦はこれから月面都市へ向かう』


 艦長の名取准将が二人に告げる。


『火星市ヶ谷司令部からエリア・フジのイスラエル連邦軍司令部を経由した最優先命令だ。

 月面都市『ユニオンシティ』に我妻総理大臣一行が到着した。本艦は総理をタカマガハラのエリア・フジまでエスコートする事になった』


「……了解、しました」


「はぁ……(ちょっと、パナ子!アガツマって誰?)」『(ソフィーはアホですの)……』


 名取艦長から告げられても今一つピンと来ない高瀬と理解不足のソフィーだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。

・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・岩崎 正宗=自由維新党総裁。元内閣官房長官。

・春日 洋一=自由維新党青年部長。参議院議員。元ミツル商事社員。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。

・王=台湾自治区代表。

・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。

・瑞星=菱友銀行頭取。仁志野とは大学同期。


・ソフィー・マクドネル=自衛隊特殊機動団パワードスーツ『サキモリ』パイロット。大尉。ユニオンシティ義勇軍から在籍出向中。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。


・パナ子=機動兵器サキモリの機体制御システムを担当している人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。


・高瀬 翼=自衛隊特殊機動団PS部隊隊長。中佐。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。

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