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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 昏迷胎動
297/462

電光石火

――――――【火星アルテミュア大陸西海岸 人類都市『ニューガリア』上空】


 ラファール戦闘機から見下ろすニューガリアの街は暗闇に包まれていた。


 普段なら新凱旋門から南北に伸びるシャンゼリゼ通りや火星エッフェル塔から郊外へ放射線状に拡がる幹線道路の煌びやかな街頭、ミツル商事が開発したベイサイドエリアの照明が街を彩る筈だが、今は政府施設や高層建築物の高度警告灯といった僅かな灯り以外は暗闇が支配し、空港の滑走路に灯る誘導灯だけが辛うじて都市の存在を示そうとささやかに抗う様に見える。


「あれ?街の灯りが消えている。姉さん、今更灯火管制なんて聞いていないんですけど!」


 ジャンヌ・シモン首相が操縦席から、地上で待機している姉に呼び掛ける。


『ジャンヌにもメールで報告をした筈なんだけど?既読スルーは感心しないわね……。

 日本列島の電力を賄う衛星発電システムがダウンした影響を此方も受けているのよ』


 姉のクロエ・シモン首相補佐官が応える。


 ニューガリア国際・宇宙空港にラファール戦闘機編隊が着陸すると、滑走路脇には姉のクロエが軍用ジープのエンジンをかけたままジャンヌを待ち構えており、操縦席を出ると同時にジープがラファール戦闘機脇にピタリと停車する。


「ジャンヌ、早く。首相府に閣僚はみんな揃っているから」


 駆け寄るジャンヌにクロエが声をかける。


「分かっているわ」


 助手席へジャンヌが滑り込んだのを確認する事なくジープを急発進させるクロエ。



 沿道の建物は事務所ビルディング、マンション、スーパーマーケットの区別なく照明を落としており、街路を吹き抜けていく風は地球欧州より厳しい火星北半球の寒さを感じさせて体感温度以上にジャンヌの心身を凍えさせていく。


「……想像以上に不味いわね」


「既にソールズベリー商会が飛ばしている広高度通信プラットホームや地球から帰還したばかりの多目的原子力戦闘艦『リシュリュー』、建造中の陸上戦艦『バスティーユ』からも電力を融通してもらっているけど、この国を維持出来るのは持って2日よ」


 ジャンヌの呟きに応えるクロエ。


「……」


 押し黙ってしまったジャンヌを乗せた軍用ジープは、そのまま全速力でシャンゼリゼ通りを走り抜けて首相府へ向かうのだった。


          ♰          ♰          ♰


「……それで、これはどういう事かしら?」


 首相府に到着したジャンヌ首相は、目の前の光景に首を傾げていた。


 停電で真っ暗な首相府を頼りなさげに照らしていたキャンドルに代わり、柔らかなLED照明が灯り、先程まで冷や汗を流していた閣僚達はあからさまにホッとした顔でジャンヌ首相に会釈すると足早に帰宅していくのだった。


「それが、首相の机の上にこの様な書き置きが……」


 困惑した様子でメモ用紙をクロエに差し出す職員。


「んん?」


メモ用紙を一瞥するクロエ。


「……何かの伝言?」


 執務机の上に積み重なった決裁書類と闘う準備をしながらジャンヌが訊く。


「マルス・アカデミーのマドモアゼル美衣子からね……『フレンチのフルコースを食べたくなったから諸々頂戴。お代は電光石火で払うわ』ですって!ぷっ!」


 メモを読み進むうちに笑いを堪えなくなるクロエ。


「電光石火って、もしかしてこの事?」


 電灯を指差すジャンヌ。


「そうでしょうね。それにしても、気まぐれな火星人ね。

 ところでジョルジュは何処かしら?夜食をお願いしたいのだけど」


 職員に尋ねるクロエ。


「……警備の近衛隊員が、小さいトカゲ娘に手を引かれたジョルジュが壁の中に消えたのを目撃したそうです」


 自らが支離滅裂な事を口にしていると自覚する職員が躊躇いがちに報告する。


「大丈夫。貴方は素面よ。ありがとう。それよりも……」


「どうせマドモアゼル美衣子の『どこへもドア』でしょう?これで解決じゃない。まだ何か心配事?今さら警備体制の見直しなんて彼女相手には意味が無いわよ?」


 釈然としないクロエを不思議そうに見るジャンヌ。


「……貴女。今夜から食事はどうするつもり?」

「―――ああっ!」


 その日夜から美食家揃いで有名なユーロピア共和国首相府職員の食事は、しばらくの間カップ麺のフルコースが続いたという。


          ☨          ☨          ☨


2026年(令和8年)12月9日【日本列島上空の火星衛星軌道上 多目的船『ディアナ号』】


赤茶けた大地と青い大気の火星を背景にした宇宙空間に、太陽光を反射して輝くミラーボールが浮かんでいた。


 ディスコやカラオケボックスに備え付けられた、お馴染みのミラーボールと瓜二つの形状だが、実際には太陽光パネルに覆われた直径50メートルの球体状太陽光発電・送電衛星であり、円筒形をした20mの送電アンテナがミラーボールを上下左右に貫くよう伸びている。


『お父さん!ひかり!組み立て完了っス!』


 ミラーボールの送電アンテナにポールダンスの如く絡まりながら、宇宙服を着た瑠奈がディアナ号へ向け、誇らしげにVサインを決める。


「……ええ~。なんか設計図と違うんじゃね?」「デ○・スター?それともアルテミスの〇飾りですかぁ?」


 操舵室の船長席で腕を組みながら、”8面立体展開型送電衛星”の組立図面と取扱説明書を交互に見ながら唸る満と、隣で同じく腕を組みつつ首を傾げ著作権に抵触しそうなワードを呟くひかり。


 取扱説明書の通り「普通」に組み立てれば、ダンケルク宇宙基地に設営したものと同じソーラーパネルを四方八方へ羽根の様に伸ばした太陽光発電・無線送電衛星になる筈だった。


 ちなみに、岬は真面目な顔で「……でも、……いや、あの形状の方がパネルの角度調整をせず無駄なく太陽光を吸収出来るから効率的!」等ぶつぶつ呟いている。


「……うう、可哀想な瑠奈。……見事に外したわね」


 よよよと泣き真似をする美衣子。


『うぇっ!?マジっスか!』


 キョトンとした後、太陽光パネル上にORZと崩れ落ちて落ち込む瑠奈。


「瑠奈。誇りに思いなさい。いつも以上にすべり技が冴えているわ……流石末妹。グッジョブよ!」


 親指を立てて独特のセンスを褒める結。


『……それ、褒め殺しっスか?』


 とどめを刺され、太陽光パネルに五体投地する瑠奈。


「あの……なんだかんだ言って、瑠奈さん寛いでますよね?」


 ジト目の岬が突っ込みを入れる。


 岬の突っ込みが図星だったのか、慌てて起き上がると点検作業に入る瑠奈だった。


「それで、この発電システムで作った電気はMCDA各国へ送電するのですか?発電能力的にかなり余剰が出るのでは?」


 あたふたしながらミラーボール点検を続ける瑠奈を見ながら、岬が訊く。


「今のところはそうだけど……私の予想では、もうすぐ送電先の変更が来ると思うよ」


 それだけ答えると、座席を後ろへ倒して天井を眺めながら物思いに耽る満だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。

・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーターさち様です。


・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、イラストレーター七七七様です。


・クロエ・シモン=ユーロピア共和国首相補佐官。妹のジャンヌ・シモンはユーロピア共和国首相。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、イラストレーター七七七様です。

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