沈み行く太陽
2026年(令和8年)12月1日午後3時15分【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』跡】
突然頭上からの散水で一時動揺した特殊機動団だったが、無害な水だと分かると直ぐに態勢を立て直してディアナ号へ左右から迫ろうと前進を再開する。
『――――――直ちに武装を解除して乗組員は甲板に出てください』
上空からウォーター・ボールが降り注ぐ中、特殊機動団のパワードスーツが50mmバルカン砲を構えると、ディアナ号の上空を掠める様に警告射撃を行う。
「これ以上交渉の余地はありませんね。琴乃羽さん!GO!」『オッケー!いくわよ珍味諸君!かかれっ!』
満の合図に応えた琴乃羽美鶴が木星原住生物に号令する。
警告射撃を行っていた特殊機動団の頭上に降りかかっていたウォーター・ボールが止むと、特殊機動団はディアナ号が抵抗を断念したと判断、パワードスーツ部隊が警告射撃を止めると随伴していた空挺部隊隊員が前面に進出してディアナ号へ取りつこうと小走りに駆け寄る。
空挺部隊隊員がディアナ号まであと10mという所まで来た瞬間、不意に上空から淡い紫色の球体が紫電を放ちながら空挺部隊とパワードスーツ部隊に降り注ぐ。
紫電を放つ球体は落下すると放電し、しっとりと水分を吸収していた地面や空挺隊員の迷彩服を伝ってスタンガンを凌ぐ威力の電流が周囲に拡がっていく。
「ぬうぉっ!?」「あがあがが……」
あと一息でディアナ号に辿り着く寸前だった空挺部隊隊員達が感電して全身を痺れさせると、次々と地面に倒れ込んでいく。
『くそっ!センサーが駄目になっている!?』『駆動系統に支障!』
パワードスーツ部隊も、剥き出しだった関節やセンサー類に過大な電力負荷がかかり、システムエラーを引き起こしてその場で固まった様に機能停止していく。
「あらあらまあまあ。……結構効きますねぇ」『「お風呂でドライヤー禁止」と言っていたのはこのことだったのかぁ……』
ほぇぇと感心するひかりと、今さらながら常識に気付いた琴乃羽美鶴。
『大月!今よ!取り敢えずこの場を離れて!後は私達が何とかする』
成す術もなく上空を旋回していたジャンヌ首相が呼び掛ける。
「分かりました。すいませんが、よろしくお願いします。ひかりさん、ディアナ号高度200まで浮上」
ジャンヌに応え、離脱を図る満。
『この後はダンケルク宇宙基地へ向かって!向こうには、さっき指示しておいたから!じゃあねっ!』
翼を振ってディアナ号の真横を飛び去っていくジャンヌ首相率いる戦闘機編隊が、放水で温度を下げたウラニクス市郊外のターミナル跡に僅かに残る滑走路へ降下していく。
頃合いを見計らったのか、ふよふよと一団の水素クラゲが着陸支援の為にウラニクス湖からターミナルへ漂っていく。
「……ひかりさん。ダンケルク宇宙基地へ向かいましょう」「アイアイサーですぅ」
ふわりと浮上すると、動きを止めた特殊機動団を眼下に納めつつ、ぐんぐんと高度を上げてウラニクス周辺を覆う雲海も抜けて大気圏を抜けると、針路を衛星フォボスに向けるディアナ号。
『……えっと。私はどうすれば?』「このまま帰還……ですかねぇ」「真っ直ぐ日本に帰れないなら『おとひめ』に戻ればいいんじゃね?」
ウラニクス湖畔に浮かぶ水素クラゲから、ぐんぐんと上昇していくディアナ号を見上げながら困惑する琴乃羽と、同じく水素クジラ上で寛ぐ割と楽観的な華子と優美子だった。
『……ム。ミチガキエテイクノカ?ナゴリオシイガ、カエルトスルカ』『カエロウ』『バンゴハンワクワク……』
湖底ワームホールが変化を始めた事に気付いたチューブワームの長が仲間に呼び掛け、次々と湖の中へと戻っていく水素カニと水素クラゲ達。
『ちょっ、マジで!?私のお家は木星じゃないんですけど!』
琴乃羽の乗る水素クラゲも踵を返し、ざぶざぶと湖に沈み始めたので焦る琴乃羽。
『マスター、ウチクル当然アル』
琴乃羽を傘に乗せていた水素クラゲが触手をくねらせて応える。
『全然当然じゃないんですけど!?お家ないし!ご飯作ってないし!貴女達もそうでしょ!?』
テンパる琴乃羽が、同胞の天草華子と名取優美子に加勢を求める。
「……ですが、私達だけ先に帰ると説明が大変ですし」「『おとひめ』に帰った方が無難じゃね?」
琴乃羽とは対照的に、すんなり木星へ帰る気満々の、華子と優美子だった。
『なんだ、と……』
愕然とする琴乃羽。
『お疲れ様!ありがとう。助かったわ!『ジュピタリアン使い』だった貴女達の事も、皆に上手く伝えておくから心配しないで!それじゃ、お元気でっ!』
『魔女っ子達に幸あれ!』『さすが魔法少女大国ニッポン』
郊外ターミナル着陸直前にウラニクス湖畔上空を通過しながら、木星原住生物を率いて巨大ワニ群討伐に貢献した琴乃羽達を労うジャンヌ首相率いるラファール戦闘機編隊の面々。
「魔法少女なんて、照れるなぁ。……って!まっ、ちょっと待ってーっ!モガゴボゴボ……」
おだてられてご機嫌な琴乃羽だったが、我に返りつつも水素クラゲと共に湖底ワームホールへ向かって沈んでいくのだった。
木星原住生物が湖の中へ消えて間も無く、ウラニクス上空を覆っていた渦巻き状の雲海は次第に拡散を始め、2時間後には乾燥した風が吹き付ける冬の青空に戻っていた。
木星探索船『おとひめ』から、木星の異常現象がマルス・アカデミーによって収束したと火星日本列島JAXA本部へ報告されたのはその日夜の事だった。
♰ ♰ ♰
――――――3時間後【ウラニクス市街跡 郊外ターミナル跡】
焼け焦げて溶けたアスファルトが再び固まって凹凸の後が若干目立つ滑走路に、ニューガリアから飛来したユーロピア共和国の後方支援部隊を乗せた輸送機が到着してラファール戦闘機編隊に給油と弾薬の補給を行っていた。
滑走路跡の周辺には後方支援部隊を警護する特殊部隊が展開していたが、一部の部隊はジャンヌ首相の指示の下、ウラニクス市街跡で生存者捜索にあたっていた。
「首相閣下。生存者は見つかりませんでした……」
「……そう。ご苦労様。余計な手間をかけさせたわね。ありがとう」
滑走路端に設営されたテント張りの指揮所で特殊部隊指揮官から報告を受けるジャンヌ首相は、本来任務と違う行動に対応してくれた指揮官を労う。
「いえ。状況確認は当然の事ですから。……それで、彼らの扱いはどうしますか?」
一瞬横目で市街地跡に目をやりながら指示を求める特殊部隊指揮官。指揮官の視線の先には、未だ行動不能状態の自衛隊特殊機動団が居た。隊員達の感電からくる痺れは取れた様だが、一切の機器が使用不能状態のままであり、懸命に修理に取り組んでいる様だった。
特殊機動団の眼前にユーロピア共和国軍が展開している事は認識している様子だが、接触は今のところ無かった。
「……そうね。自衛隊で電撃を受けた者の中に重傷者は居そうかしら?」
「観察する限り、軽傷者のみと思われます」
「じゃあ、そのまま放置で。どうせ彼らの後続が来る筈よ。彼らの後続が来たら私達は警備部隊を残してニューガリアへ帰還するわ」
「此処に駐留させるのですか?」
「ええ。五万人余りの先人が犠牲を払って開拓してくれた土地ですから、新たな領土として再建するのよ。すぐ傍には豊かな水源も在る。此処を再び荒野に戻すのは我が国の国益に反するわ」
「かしこまりました」
敬礼してテントを出ていく指揮官を見送った後、パイプ椅子にどかっと座りため息をつくジャンヌ首相。
だが、ため息をついたジャンヌ首相は壊滅したウラニクス市街から漂う焦げた臭いに顔を顰める。巨大ワニ迎撃戦の最中に補給で降下して際に接触したウラニクス市の人達を思い出したのだ。
「……いくら関わりの無い非合法都市だからといって住人ごと焼き払うものかしら!?
今の日本政府は何を考えている?これは明らかに人道に対する罪なのよっ!」
憤懣やるかたないジャンヌ首相だった。
その後、現地にユーロピア共和国首相本人が居ると知った特殊機動団本隊の政務隊員がおっとり刀で駆け付けて、大月家一同の身柄引き渡し交渉をしようと試みたがジャンヌは面会を拒否、そして本隊の滑走路使用許可も暫くは許可しなかったという。
ウラニクスターミナル跡の使用許可を得られなかった特殊機動団は、2時間後に駐屯地の沖縄普天間から駆け付けたオスプレイ輸送機によってようやく撤退する事が出来た。
沈み行く真っ赤な太陽を背景に、足取りも重くオスプレイに乗り込んで撤退していく特殊機動団をテントから見送ったジャンヌ首相は、沈み行く太陽が今の日本政府と重なり一抹の不安を抱くのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る行動派。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。




