ウオーター・ボール
2026年(令和8年)12月1日午後3時【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』跡】
ディアナ号の背後に在るウラニクス湖から、木星原住生物によるウォーター・ボール投射が続けられ、灼熱の大地から立ち昇る水蒸気をモクモクと立ち昇らせるウラニクス市街跡を挟んで、ディアナ号の大月家一行と飛来した自衛隊特殊機動団が対峙していた。
地上に降下するなり小隊単位で集結して武装を整えると、ウラニクス市街を挟んだ左右からディアナ号に迫ろうとする砂漠迷彩色のパワードスーツと空挺隊員達。
「うわっ!50mmバルカン砲の他にもミサイルランチャーを備えた最新型のパワードスーツも投入していますよ!?自衛隊の皆さんは本気ですね……」
最新型パワードスーツまで投入している自衛隊に引く岬渚紗。
操舵室に居る他の面々は意気軒昂な三姉妹を除いて、本格的な軍隊が自分達に対峙するのを見て緊張を隠せない。
『こちらはJSDF(日本国自衛隊)特殊機動団です。貴船の所属と行動目的を知らせなさい』
レーザー通信を用いて無感情且つ平坦な口調で照会する特殊機動団。
「こちらはユーロピア共和国登録多目的船『ディアナ号』。当地において人道支援中です」
満が返答する。
『ディアナ号は去る11月19日、国土交通省の認可を受けていないにもかかわらず、我が国で犯罪を犯した者を搭乗させている疑いがある。船内への立ち入り検査を要求します』
「……ええ~」
満の返答を理解しているのかしていないのか、聞き流したかのように一方的な要求を行う特殊機動団の対応に何を言えばいいのか困り果てて言葉を失う満。
「何を馬鹿な事を言っているのでしょうねぇ……あなた。此処は私が!」
満の肩に手を置いたひかりが通信を交代する。
「本船は国際法に則り、救助を求めてきた市民を保護すべく、人道的支援を行う目的で何処の国の領土でも無い当地に滞在している。
また、本船内部はユーロピア共和国法の下にあり、我が国の主権を侵害する立ち入り検査には応じられない」
反論の言葉を探すのに手古摺る満に代わり、自衛隊の要求を明確に拒否するひかり。
『ちょっと!あなたたち、ユーロピア共和国首相の私の目前で我が国の主権を犯そうと言うの!?いい度胸ね!後悔するわよ!』
ディアナ号と自衛隊特殊機動団の上空を旋回しながら満達と特殊機動団のやり取りを見守っていたジャンヌ首相が通信に割り込み、特殊機動団相手に啖呵を切る。
操舵室内に居たアッテンボロー博士が「なんて負け犬フラグなセリフを……」と頭を抱える。
『再度告げる。不法な手段を用いて日本国を出立した容疑者捜索の為、ディアナ号への即時立ち入り検査を要求します。
要求に応じない場合、我々は改正火星転移措置法に基づく海外警備行動を実施せざるを得ない』
ジャンヌ首相の呼びかけを無視する特殊機動団。
「本船はユーロピア共和国政府首相府の直接要請を受けて当地にて活動中、当地住民の救助要請を受けて対応しているだけです。
本船に関わる事について、ユーロピア共和国政府の了承を得ているのですね?」
粛々と自らの正当性を主張するひかり。
特殊機動団とひかりの主張は平行線だった。
「お父さん、ひかり。自衛隊が戦闘準備を整えて接近中。動くなら今よ」
美衣子が満の背中にしがみついて囁く。
空挺団の隊員を先頭に、パワードスーツと無反動砲を積んだジープがじりじりとウラニクス市街跡の左右からじりじりと接近する。
「うーむ」
悩む満。
自衛隊とは今まで協力してやってきた思いがあるために敵対行動は控えたかったのだ。
その時、自衛隊特殊機動団が降下中でもウラニクス市街跡へ消火と救助目的の為に投下され続けていたウォーター・ボールが市街地跡を越えて、満達の反対側で展開していた特殊機動団の頭上に次々と振りかかり、パワードスーツや空挺部隊がウォーター・ボールで次々とずぶ濡れになって足元がぬかるんでいく。
『うわっ!敵が放水した!』『散開しろ!』『透明な液体が頭上から!サリンか!?』『成分分析急げっ!』
前進を止め、落下する液体から身を守ろうと荷物や装甲盾を頭上に掲げながら状況確認に追われる特殊機動団の頭上にはひっきりなしにウォーター・ボールが落下している。
「えっ!?ちょっと何してんの?」
まさかの放水行動に呆気にとられる満。
『社長!取り敢えず水でもぶっかけて奴らの頭を冷やしちゃいましょう!』
木星原住生物を指揮していた琴乃羽美鶴が楽し気に呼び掛ける。
「ちょっと美鶴何やってんの!ウラニクス湖は放射能汚染されているでしょ!汚染水の投射で抵抗していると思われるわよ!」
岬渚紗が慌てて琴乃羽を制止しようと呼び掛ける。
「……おかしいわね。琴乃羽率いる木星原住生物が投げるウォーター・ボールは汚染されていないみたい。計測機器の値は日本の環境影響評価基準以下よ」
タブレット端末の情報を見ると首を捻りながら報告する結。
『社長。木星原住生物が出現してからずっと、ウラニクス湖底から大量の荷電粒子が放出され続けていますよ。
確か放射能は荷電粒子を浴びると原子転換されて無害化されるって研究発表があったような?』
さらっと説明したつもりだったが、自信が無いのか語尾が疑問形になってしまう琴乃羽美鶴。
「……マドモアゼル琴乃羽が言われている方法は、地球復興会議でユーロピア共和国の核物理学者が提案しています。
衛星軌道から地表をレーザー照射することで放射性物質を原子転換させて無害な物質に変えてしまうものです。
もっとも、大規模なレーザー照射施設が衛星軌道上に無いので現実味に欠けるとイスラエル連邦に一蹴されましたがね」
アッテンボロー博士が肩を竦めて琴乃羽の説明を捕捉する。
「じゃあ、ウラニクスの人達は木星原住生物の出現で助かったかも知れないっスね……」
ポツリと呟く瑠奈。
「何はともあれ無害な水で良かった。この状況で時間が稼げますね。次の手は……」
自衛隊と対峙する状況は依然として切迫しており、次の手を考えなければならない満だった。
「お父さん自衛隊が態勢を立て直したわ。また近づいて来る」
周囲を警戒していた美衣子が告げる。
じりじりと迫る特殊機動団パワードスーツ部隊の迫力に操舵室の面々が押し黙る中、不意に天草華子から通信が入る。
『……あの、天草華子です。大月さん、これって、巨大ワニとやりあった時と同じじゃありませんか?』
「……んん!?ああ、そうか!」
華子の問いかけに巨大ワニ群への最後の一撃を加えた前後の動きを思い出した満。
「琴乃羽さん!『次はモンスターボールよろしく』」
次の手を指示する満だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る行動派。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・ロンバルト・アッテンボロー=生物学者。ユーロピア共和国学術庁火星生物対策班長。




