焦土
ウラニクス山麓で繰り広げられる大月家一行+木星原住生物&ユーロピア共和国VS火星巨大ワニ群との攻防戦を背にして、劉ウラニクス市長を乗せたBMP装甲戦闘車がウラニクス市街へと戻っていた。
「……あれほどの戦力を持つ存在は我が街にとって有益な存在になるだろう」
BMP装甲戦闘車の中から彼我の流れ弾が着弾する荒野を眺める劉市長が呟く。
「そうですね。根無し草の集まりの様な我が街にとっては申し分のない後ろ盾になる事でしょう」
劉市長の向かいに座る趙隊長が同意する。
「大月家をウラニクスに取り込むには、まずは大月家と友好関係にあるあの女首相に取り入るとしよう。巨大ワニ群討伐後に女首相と交渉する予定だしな」
「私達が日本で挙げた実績をアピールして水面下の下働きとして有用だと彼女達に認識してもらいましょう」
「我々と日本新政権を牛耳る立憲地球党が手を握っている事を知らせれば、ユーロピア共和国と日本の仲介役として我々の地位も向上するに違いない」
劉市長と趙隊長が車内で話をしている間に外から聞こえていた戦闘音が途絶えている事に二人が気付く。
趙隊長が運転手に停車を命じ、ハッチから車外に出て外輪山麓を双眼鏡で確認する。
「戦闘は終結した様です」
趙隊長が劉市長に報告する。
「これからが我が街にとっての正念場だな……んん?」
腰に手を当てて外輪山麓を眺める劉市長だったが、不意に地面が明るく輝きだした事に気付く。
劉の不審気な様子に気付いた趙隊長は、足元の異変を感じると劉を守るべく駆け寄ろうとしたところで――――――周囲一帯が眩いばかりの光に包まれていった。
劉市長と趙警備隊長は衛星軌道上の無線送電システム『アマノハゴロモ』から大量の荷電粒子を上空から照射されると、一瞬のうちに燃え上がって塵と化すのだった。
二人の傍らに停車していた装甲戦闘車も、上空から照射される荷電粒子によって車体が溶ける程の高温にさらされると、搭載していた砲弾が爆発して車体を四散させながら溶けていくのだった。
☨ ☨ ☨
2026年(令和8年)12月1日午後1時【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』跡地】
2時間に渡って天空から炙る様に地上を照らし続けた6本の光柱が消えた後、表面が黒焦げた土砂とテクタイトと呼ばれる超高温で生じる濃緑色のガラス状をした小石の散らばる焦土が、『裏人類都市ウラニクス』と呼ばれていた半径1キロの円状に広がっていた。
高熱で焼かれた地面から立ち昇る空気で風景が揺らぐ焦土に原型をとどめる建築物は一切見られず、地面に溶け落ちたレーダー鉄塔や通信アンテナだった残骸の他に目ぼしいものは存在しなかった。
そしてその焦土を通り過ぎる風が、かつてこの地に存在していた様々な物の焦げついた匂いをディアナ号操舵室まで運んでいる。大月家一同の誰もが、その匂いとモニターが投影する拡大映像の惨状に言葉を失い、重苦しい空気が操舵室内に漂っていた。
『大月!これは一体、どういう事なの!?』
間一髪で難を逃れたラファール戦闘機編隊を率いるジャンヌ・シモン首相が焦土と化した街の上空を旋回飛行しながら、動揺をあらわにして問いかける。
「かつてミツル商事がマルス・アカデミーと共同開発し、現在は日本国経済産業省が運用する『アマノハゴロモ』太陽光無線送電システムによる最大出力でのエネルギー照射でしょう。
……ジャンヌ首相も一度ご覧になった事がある筈です。長崎沖の水棲怪獣『マリネ』討伐の時です」
ミツル商事元社長として関わった事業と訪問者三姉妹が関与した事件だったので答える満。
『何てこと!直ぐに救助を――――――「手遅れよ」』
ジャンヌの言葉を途中で遮る美衣子。
「ジャンヌ。こちらの生体電気感知センサーによると、彼処に生体反応は無いわ」
美衣子が伝える。
「……ウラニクス郊外に生体電気反応有りません」
食い入るように観測機器を見ていた岬渚紗が震えた声で報告する。
「……でも、もしかしたら地下室やシェルターに避難して難を逃れた人が居るかも!名取さん!水素クジラからウォーター・ボールで地上の温度を下げないと!」
生存者が居る可能性を諦め切れない満が、ウラニクス市内の消火を名取優美子に指示する。
「……お、おぅ」
満の気迫に押された名取優美子が、水素クジラにお願いして潮吹き穴からウォーター・ボールを幾つも出して貰い、ウラニクス市街だった場所に落としていく。
ウラニクス市内に落下した水球は、地面に落ちた瞬間にジュワッ!と水蒸気に変わり、郊外ターミナルも含めたウラニクス周辺はもうもうと立ち込める水蒸気に包まれていく。
「これで温度を下げれば救助が可能になるね。ひかりさん、ディアナ号を出来るだけウラニクスに近付けたいのだけど出来るかな?」
「……分かったけど、街を包む水蒸気が晴れるまで上空で待機しますよぉ?」
「……それでも良いから、お願い」
満にお願いされたひかりは一瞬躊躇ったもののディアナ号の舵を握り、船をゆっくりとウラニクス上空へ向け進めていく。
「地上温度は急速下降中。現在は65度」
岬が報告する。
「名取さん、もう少しの間ウォーター・ボールをお願いします」
『分かった』
満はウラニクス市街の温度を下げることに集中する。
「社長!私も木星の皆を使って何とかしてみますっ!全珍味と全カニミソは、湖からバケツリレーよ!進め!」
『ウイ。マスター』
琴乃羽美鶴の号令に従い、水素カニと水素クラゲが続々とウラニクス山を登って反対側に在るカルデラ湖を目指す。
『ムッシュ大月!ニューガリア空港に待機していた補給部隊と救助部隊の出動を指示したわ。3時間後には到着して救助活動を行う予定よ!』
上空からラファール戦闘機でディアナ号と水素クジラの動きを見守っていたジャンヌ首相が満に連絡する。
「ありがとうございます。もう少し地上の熱が下がれば郊外ターミナルへの着陸も可能となるでしょう」
『そうね。燃料がギリギリだからもって30分ってとこかしら。
こちらが着陸した後でいいから、地上捜索について私達も手伝うから打ち合わせをしましょう』
満とジャンヌが今後の話に入ろうと考え始めた所で、美衣子が何かに気付いて声を上げる。
「んん?お父さん。南から急速接近する飛行物体よ。
……このIFF(識別信号)は、日本国自衛隊ね」
「何でこんなところに自衛隊が来るのですかねぇ」
首を傾げるひかりだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス文明「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る行動派。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・ロンバルト・アッテンボロー=生物学者。ユーロピア共和国学術庁火星生物対策班長。
・劉=裏人類都市『ウラニクス』市長。元中華人民共和国新潟領事館駐在人民解放軍特務部大佐。
・趙=劉の副官であり、ウラニクス警備隊隊長。元中華人民共和国新潟領事館駐在人民解放軍特務部中尉。




