怪獣決戦【後編】
2026年(令和8年)12月1日午前11時【火星アルテミュア大陸中央部 人類都市『ウラニクス』郊外の外輪山北側】
早朝に始まった巨大ワニ群とディアナ号・ユーロピア共和国空軍の攻防戦は、太陽が真上にまで昇った現在も激しさを増していた。
外輪山麓低空に留まるディアナ号の左右に展開した水素カニから、紫電を纏ったモンスターボールが間断なく放たれて巨大ワニに命中しているのだが、背中の硬い皮膚がモンスターボールを跳ね返したり、受け流していた。
「右翼!弾幕薄いぞ!なにやってんの!」
水素クラゲ上で胡坐をかいて座る琴乃羽美鶴が、膠着状態の戦況に苛立ちを募らせて水素クラゲ群にむけて叱咤激励する。
「……ノンノン。マドモアゼル琴乃羽。指揮が今一つだから弾幕も今一つなのでは?」
琴乃羽が座る水素クラゲに近寄ってきた、チューブワーム長に跨がるアッテンボロー博士が、肩を竦めながら突っ込みを入れる。
「ムキーッ!そこまで言うなら貴方がやってみなさいよ!」
逆切れする琴乃羽。
「……やれやれ。レディがみっともない振る舞いをしないでください。では、行きますよ『凪ぎ払えっ!』」
チューブワームが収まる巨大煙突に跨がるアッテンボローが、右手を前に振り下ろすと横へサッと払う。
アッテンボローの号令直後、巨大煙突から焦げ茶色をしたチューブワームが飛び出すと左へ大きく身体をひねった後、200M余りの長大な身体をスイングさせて水素クラゲのシールドで立ち往生していた巨大ワニ群の足元を横殴りに凪ぎ払っていく。まるで巨人兵に噴き飛ばされる王〇の様に。
突然フルスイングな横殴りで足元をすくわれた巨大ワニ達は、跳ね飛ばされて宙を舞うと、硬い皮膚で甲羅の様に固い背中を下にしてズデンと地面に叩きつけられる。
「今っス!」
上空で待機していたマルス・アンドロイド・ドローンを操る瑠奈がすかさず、ひっくり返った巨大ワニの無防備な腹にレーザーポインターを当てていく。
「もらった!」
ひっくり返った巨大ワニの腹目掛け、急降下したジャンヌ首相率いるラファール戦闘機編隊から16連装ロケット弾が矢継ぎ早に放たれると、薄い腹部の鱗を貫いて内部で爆発する。
「ジャンヌだけにヒロインの座を独占させないわ。大取りは私」
ディアナ号の火気管制を担う結が対抗して、負けじと舷側のレールガン砲塔をフル稼働させてビシビシと巨大ワニの腹部を貫いていく。
「ブラボー!流石お嬢です」「ナイスショットっス!」「我が妹ながら見事なお手前ね」
見事な連携を称賛するアッテンボローと瑠奈、美衣子。
「まさに一網打尽だね」「今ので140頭はやっつけましたねぇ……」
感嘆する満とひかり。
「……とまあ、こんな感じですが如何でしょうか?」
再び水素クラゲの脇に戻ると、澄まし顔で琴乃羽を見上げてくるアッテンボロー博士。
「ぐぬぬぬぬ!参り……ました」
がっくりと項垂れて負けを認める琴乃羽。
「……フフフ。潔いですねマドモアゼル琴乃羽。さすが武士の国の大和撫子ですね」
上機嫌なアッテンボロー。
「……先生っ!今の素晴らしい神の御業をワンスモア・プリーズ!」
感動に目をウルウルさせながら、何故か揉み手ですり寄る琴乃羽。
「仕方ありませんね。敬虔な信者に祝福を与えるのは神の義務であるゆえ『凪ぎ払えっ!』」
再び巨大煙突から焦げ茶色をしたチューブワームが飛び出して今度は右へ大きく身体を捻った後、長大な身体をスイングさせて巨大ワニ群の足元を横殴りにバシバシ凪ぎ払っていく。
足元をすくわれ、背中から地面に叩きつけられた巨大ワニ群の腹に、間髪入れずにラファール戦闘機のロケット弾、ディアナ号のレールガンや誘導ミサイルが次々に命中して巨大ワニ達を葬っていく。
「……超ブラボーです先生っ!美鶴は先生に一生付いていきます。ですから御業をもうワンスモア・プリーズ!」
怪しい日本語と駅前英語を駆使してアッテンボローを持ち上げる琴乃羽。
「一生憑いて来られるのはちょっと……ですが、貢いで下さるのなら受け入れるのもやぶさかではありません。よく見て、惚れて下さいっ!『凪ぎ払えっ!』」
少しヤンデレ気味な琴乃羽に引きつつも、まんざらではないアッテンボローが右手を振り下ろす。
三度、巨大煙突から焦げ茶色をしたチューブワームが飛び出して左へ大きく身体を捻り、長大な身体をスイングさせて巨大ワニ群の足元目掛けて襲いかかろうとした瞬間、巨大ワニ群後方の個体が尻尾からバチバチと放電させながら紫電を放ち、チューブワームに命中させる。
『アババババ』
紫電の直撃を受けたチューブワームは、左へスイングしたまま巨大ワニ包囲陣の外側の地面に電撃で硬直した身体を横たえる。
「なっ!?長!しっかり!」
慌てるアッテンボロー。
『……イタタタ。今ノハ効イタノダ……』
気を取り戻したチューブワームの長は、シュルシュルと身体を巨大煙突に巻き戻して引きこもる。
「ええ~今のはないわ~」
目をハートにしていた先ほどとは、打って変ってげんなりする琴乃羽。
「ちょっと!ムッシュチューブワームの長!今のはまぐれですから!大丈夫!大丈夫!だからもう一回ねっ?」
焦って猫なで声でチューブワームの長を励ますアッテンボロー博士。
『……ビリビリスルノ、モウヤダ』
煙突の奥に引き篭もったまま、か細い声で応えるチューブワームの長。
「長なのにまさかの打たれ弱キャラっ!?」
唖然とするアッテンボロー。
前列がことごとく殲滅されたが、尻尾から紫電を放った最後尾の巨大ワニが放電して輝きを増す尻尾を高々と掲げ、水素クラゲの壁に挑もうと迫る。
「今度こそマジで詰んだー!」「アーメン」
迫りくる巨大ワニ群に観念して目をギュッと瞑る琴乃羽とアッテンボロー。
「いい歳した大人が、簡単にあきらめるんじゃねぇぇっ!!」
ディアナ号の脇でレーザー誘導に勤しんでいた筈の名取優美子が、水素クジラに乗って琴乃羽とアッテンボローの頭上まで来て叱咤する。
「あきらめたらゲーム終了じゃん!行け!ウォーター・ボール!」
名取優美子が水素クジラの背に乗って水素クラゲの壁まで前進すると、水素クジラに命じて巨大な水球を潮吹き穴から次々と噴出させ、巨大ワニ群上空で破裂させる。
空中から大量の水を浴びせられた巨大ワニ群は、後方で尻尾から紫電を放つ個体に次々と感電して全身麻酔を打たれたようにその場で身動きを封じられてしまう。
「これで最後だ!全弾発射!」「全力攻撃ねっ!」「やるっス!」「いちころよ」
満、ジャンヌ、瑠奈、結が動きを止めた巨大ワニ群へ向け一斉攻撃を仕掛ける。
電撃で身体が麻痺していた巨大ワニ群はなす術も無く、誘導ミサイルやロケット弾、レールガンに身体を貫かれ、バラバラの肉塊と化して絶命していく。
「オウンゴール、お疲れ様っス!」「おやすみなさい」
最後に電撃を放った最後尾の巨大ワニに瑠奈がレーザー照準し、結がレールガン砲台の一斉射撃で浴びせて穴だらけにして仕留める。
「これで撃滅した?」
満が岬に確認する。
「巨大ワニ群から生命反応消えました。全滅です」
答える岬。
「……やったか」
ため息をついて船長席の背もたれに深くよりかかる満だった。
『やったわね、ムッシュ大月!大手柄ねっ!裏人類都市の発見も含めてニューガリアへ帰還したらボーナス弾むわよっ!』
ラファール戦闘機の翼を振り、ディアナ号上空を編隊を組んで旋回する上機嫌なジャンヌ首相。
『これからウラニクスで休息がてら、王市長と今後の協力関係を纏めてくるわ!』
「……元気ですね。お疲れさまでした。こちらはニューガリアで補給が出来たらそれで充分です。ニューガリアの復興も控えているのですから、無理しないでいいですよ」
士気旺盛なジャンヌ首相に気圧されながら謙虚に応える満。
『……本当日本人は謙虚ね。もっと胸を張りなさい!』
「お、おう」
『じゃあ、ちょっとムッシュ劉と交渉してくるわ』
ジャンヌ首相率いるラファール戦闘機編隊がウラニクス郊外へ機首を向けた直後、唐突に上空に垂れこめていた雲海を突き破るようにして一筋の巨大な光の柱がウラニクス市へ突き刺さる。
『ええっ!?』「は?」
ジャンヌと満が思わず唖然とする中、雲海を突き破ってウラニクス市に突き刺さる光の柱は数を増していき、6本の巨大な光の柱にウラニクス市はおろか、郊外のターミナルも光の柱に呑み込まれていく。
「……なんなんだ、これは」
掠れた声で呟く満。
絶句するディアナ号面々が見つめる操舵室のメインスクリーンには、光の柱の中で焼かれていく街とターミナルが映し出されているのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る行動派。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・ロンバルト・アッテンボロー=生物学者。ユーロピア共和国学術庁火星生物対策班長。




