修羅の星
ガルディア暦4年(2021年)9月1日【地球衛星軌道上 旧国際宇宙ステーション 現『宇宙国家アース・ガルディア』コア・サテライト】
地球は青かった、と人類初の宇宙飛行士ガガーリンは言っていたが、今の衛星軌道から見る地球は灰色と青と赤茶色が混在したまだらの惑星になっていた。
「今日も地球は怒り狂っているなぁ」
そんな地球を見やりながら、渋い顔でソーンダイク代議員が呟く。
「今日は何処が怒り心頭なんだい?」
その呟きを耳にした、アレクセイエフ代議員が訊く。
「昨日はイエローストーン(ワイオミング州)とセントヘレンズ(ワシントン州)が大噴火したのにまた合衆国だよっ!内陸部は壊滅的損害だ。小麦畑が灰に覆われた。そして、つい先程空震をキャッチした。震源地はハワイ島だ!くそったれ!」
「マウナケア山が半分吹き飛ぶおまけ付きの大爆発だ。ワイキキはじめ全島が火砕流と溶岩流に呑み込まれて、真珠湾基地も全滅したようだ」
ソーンダイクはむっつりした顔で言った。
「ユーラシアはカムチャッカ半島から白頭山(北朝鮮・中国)、ピナトゥボ(フィリピン)、アグン(バリ島)、エルブルス(ロシア)、ベスヴィオ(イタリア)まで絶賛大噴火祭りだ」
この景色もそのうち噴煙で見られなくなるな。アレクセイエフが幾筋もの赤い川で割れたアララト山(トルコ・ロシア南部)を含む故郷、旧ロシアを眺めながら言った。
「どのくらいが宇宙に来れるかな?」
ソーンダイクが訊いた。
「NASA、ESA、ボストーク、インド、中国が秘密基地はもとより、民間企業も徴発して形振り構わずに打ち上げている」
アレクセイエフが答えた。
二人の眼下で一筋のオレンジ色の光が東アジアから立ち昇ったが、やがて失速して大気圏上層部で赤く輝きながら分解して流れ星になって落下していった。
「失敗している者も多いがね」
アレクセイエフが嘆息して言った。
「……おそらくは数千人規模になるだろう。ドッキングした各船体と、廃棄された研究ステーションも活用して凌ぐしかないな」
アレクセイエフが呟いた。
「後は、かき集めた鉄鋼を組み立てたメガフロートを方舟に見立てて乗り切るしかないな。
……こんな状態で『宇宙国家』なんて酷いジョークだよ」
ソーンダイクが自嘲した。
「そんなことはない。我々を頼りに人々が結集するんだ。国連以上にね。総代表もそれをお望みだ」
アレクセイエフが言った。
宇宙国家『アース・ガルディア』は、2年前にロシアで軍需産業を営む実業家が、米露の科学者と共に建国した人類初の宇宙国家である。
"宇宙から迫りくる脅威から地球を守る"という建前で建国されているが、建国者である実業家はロシア連邦保安局(旧KGB)出身であることは公然の秘密である。
。
ネットで登録した15万人の国民は大部分が未だ混乱を極める地上に居るが、衛星軌道上の国家本部「コア・サテライト(旧 国際宇宙ステーション)」から発信された生き残りに必要な情報を活用して、集団としての纏まりを維持していた。
「ところでアレク、君はこの星が何処だかわかるかい?」
ソーンダイクがかつて"赤かった星"の映像を拡大して見せる。
「なんだい?海があるし、大気も有るな。太陽系にそんな星が有ったか?
木星の衛星イオならば、海が在ると聞いたが……それにしても若干赤茶けているか」
アレクセイエフが目を見張る。
「そうだよね、実は火星なんだ。この数ヵ月で環境が激変した様だ。地球の異変は火星にも影響を及ぼしているのかな?」
ソーンダイクが応えながらも首を傾げる。
「直ぐには行けない距離にあるのがもどかしい……。まともな調査手段も今は無いしな。次の大接近時に探査したいものだ」
アレクセイエフが溜め息をついた。
「でも、地球が修羅の星と化して居住不可能になりつつある現在、火星は人類にとっての希望だね。ところで、火星に映るこの島は何処かで視た記憶が有るのだが?」
アレクセイエフが映像を指差していった。
拡大していく「青い火星」映像の中緯度に、『日本列島』が、火星の海のただ中に存在していた。周囲は禍々しい赤黒い線で囲われている。
「はあ!?冗談だろ?これは!」
唖然とするソーンダイク。
「っ!直ぐに総代表へ連絡だ!」
唖然とした硬直から先に解けたアレクセイエフが、直通回線に繋がる送信機に飛びつくのだった。
♰ ♰ ♰
2021年9月1日午後4時【北米大陸フロリダ沖のカリブ海 アメリカ合衆国海軍 第7艦隊所属 ロスアンゼルス型原子力潜水艦「ルイビル」】
「超長波通信、他の周波数でも試しましたがやはりパールハーバー、サンディエゴ、ノーフォーク基地の応答有りません、上空の電離層が不安定でまともな通信が受信出来ません」
発令所で通信担当士官が艦長に報告した。
「付近の友軍基地との交信は可能か?」
「プエルトリコ州兵基地が近いのですが、応答ありません。」
「艦長!海底から救難信号をキャッチ!友軍です」
「コールサインは?」
「……第3艦隊旗艦 空母「アメリカ」です。自動発信モード、海底800m」
艦長はため息をついた。
恐らくカリブ海で起きた巨大地震の大津波で転覆したのだろうか?プエルトリコ基地が応答しないのも津波で基地が壊滅したのだろうと推測できた。
「付近の状況を確認する。操舵員、進路をフロリダ半島沖1キロ、ケープカナベラル基地付近にまで寄せてみろ」
「アイアイサー!」
2時間後、夕暮れのフロリダ半島沖に浮上した潜水艦のハッチを開けて久しぶりの空気を吸った艦長と副長はすぐに顔をしかめた。
陸地側からの風が死臭に満ちていたからである。
「・・・沿岸部の都市はツナミで軒並み壊滅しているようだな」
双眼鏡で陸地の海岸沿いを一通り観測した艦長が言った。
隣の副長は背中の無線機で無線交信を試みていた。
「誰かいますか?誰かいますか?こちらルイビル。誰か応答してくれ!」
『……ルイビル。こちらイギリス海軍戦略ミサイル潜水艦「ヴェンジェンス」……貴官はどこにいる?』
驚いたことにイギリスの戦略ミサイル潜水艦がコンタクトしてきた。
艦長は驚いたが副長からマイクを受け取って交信を試みる。
「こちらはフロリダ半島沖。合衆国海軍第7艦隊所属潜水艦「ルイビル」、艦長のサザーランド大佐だ」
『サー、艦長。私は「ヴェンジェンス」艦長のグリナート大佐です。
我々は現在ハバナ沖3キロの海上に浮上している。付近に友軍も敵軍も居ない。ハバナはツナミで壊滅した模様』
「こちらも付近に応答できる者が誰もいないようだ。先程友軍の空母アメリカが沈没しているのを確認した」
『お悔やみを、大佐』
「感謝する。グリナート艦長」
『貴官はこれからどうする?』
「司令部からの最後の通信は「別命あるまで安全な海域で待機せよ」だった。グアムから西海岸寄りに南下して喜望峰を回ってここまで来たが、新たな指令はまだ来ない」
『我々が知る限りでは、貴国の指揮系統は潰滅状態だ。そもそも国家として機能しているかも怪しい状態だ』
「うれしくないジョークだな」
『ああ。ジョークでないところがタチの悪いところだ。こちらも同じ状況でね。グラスゴーからの通信が途絶して3日になる。通信衛星の故障か、電離層の状態が劣悪なのか、グラスゴー海軍基地自体が海の底かはわからんがね』
「そうですか・・・地上の放送はどこか聴いていますか?」
『BBCの海外放送は先週から途絶えたままだよ。お国の放送局はVOA(ヴォイス・オブ・アメリカ=アメリカ政府の対外宣伝放送)がたまに傍受出来るくらいだ。ラジオのみだがね。
2日前に傍受したところだと現在のお国の最高司令官はバンデンバーグ基地に避難している空軍長官らしい。
ちなみに我が国の政府は軍の指揮権をNATOに移譲したようだ。だが、ブリュッセルとも通信が取れない』
「そうですか・・・情報に感謝します。本艦はバンデンバーグ基地との連絡を試みます」
『サザーランド艦長の幸運を祈る』
「貴官はどうされるのか?」
『取りあえずグラスゴーに戻るよ。どのような状態かわからんが本国の近くに戻れば何かしら情報が得られるかもしれん』
「グリナート大佐の幸運を祈ります」
『感謝する。交信終わり』
サザーランドは副長の背中の無線機にマイクを戻すと、
「副長、取りあえずバンデンバーグに向かおう」
「アイ、艦長」
1週間後、米海軍潜水艦「ルイビル」はバンデンバーグ基地との交信に成功し、生き残っていた補給艦から糧食などの補給を受けることが出来た。
一方のイギリス海軍戦略ミサイル原潜『ヴェンジェンス』はグラスゴー基地近くまで戻ることに成功したが、海軍基地自体が海面上昇により水没しており、グリナート艦長は無線でグラスゴー近郊で避難民の保護にあたっていた陸軍部隊とコンタクトを取りながら、グラスゴー基地周辺に集まっていた避難民の支援にあたった。
ヴェンジェンスの原子炉から得られる電力を陸上の友軍工兵に有線で送電し、避難民キャンプの開設を支援したのである。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソーンダイク=アース・ガルディア 英語圏代議員。
・アレクセイエフ=アース・ガルディア ロシア語圏代議員。
・サザーランド=アメリカ海軍攻撃型潜水艦『ルイビル』艦長。大佐。
・グリナート=英国海軍戦略ミサイル潜水艦『ヴェンジェンス』艦長。大佐。




