怪獣決戦【中編】
――――――巨大ワニ群との戦闘開始から3時間後
2026年(令和8年)12月1日午前8時【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』郊外 ターミナル】
ウラニクス郊外ターミナルに、前方翼とデルタ翼が特徴的なラファール戦闘機編隊が次々と着陸していた。
アルテミュア大陸東海岸『人類都市ボレアリフ』や南方マリネリス海を航行する非合法貨物船を飛び立ったヘリコプターやセスナ機等プロペラ機向けに造られた500M級のターミナル滑走路は、本来であれば数千M級の長さがないとジェット戦闘機ではオーバーランしてしまうのだが、滑走路中程の中空に待機している水素クラゲが垂らす触手をワイヤー代わりにして華麗な着陸に成功している。
「……まるで母国の航空母艦『クレマンソー』の着艦フックね」
待機していた整備員の目の前でピタリとラファール戦闘機が停まり、コックピットで満足気なジャンヌ首相が呟く。
完全に停止したラファール戦闘機に、待機していたウラニクス警備隊の整備員が近寄って、燃料補給とロケット弾やバルカン砲弾の補給が手際よく進められていく。
その光景を、ターミナル脇の格納庫から劉市長が警備隊隊長の趙と共に見守っている。
「巨大な空飛ぶクラゲだけでも仰天モノだが、戦闘機部隊を率いる彼女がユーロピア共和国の首相だとは。まるでSF映画みたいだな……」
警備隊隊長の趙から耳打ちされた劉市長は、ヘルメットを脱いで茶色がかったブロンドの髪をなびかせる女性パイロットを信じられないとばかりに驚きの眼差しで見つめながら呟く。
ディアナ号の岬渚沙からユーロピア戦闘機部隊受け入れ要請を受け、ウラニクス市の劉市長はターミナルの大半を滑走路及び臨時補給拠点として準備していた。
「ユーロピア共和国首相である彼女が客人である大月に巨大ワニ問題の対処を依頼していたのか」
「彼の国は日本を追われた大月氏を受け入れています。日本政府との対立も覚悟しているのでしょう」
「あの若さで火星一番の大国と貼りあうなど大した胆力ではないか……」
趙から説明を受け、ジャンヌ首相に感嘆する劉市長。
彼女を見ていた劉市長に気付いたジャンヌ首相が、ヘルメットを小脇に抱えて小走りで近寄ってくる。
「ボンジュール。お会いできて光栄です。あなたが『ウラニクス』市長のムッシュ劉ですね?」
ヘルメットを左手で抱えたまま、右手を差し出すジャンヌ・シモン首相。
「こちらこそお会いできて光栄です。ジャンヌ首相閣下。巨大ワニ迎撃にご協力頂き感謝します」
ジャンヌの手を握り感謝の意を伝える劉市長。
「あの巨大ワニはニューガリアに甚大な被害をもたらしたの!此処で彼奴らを仕留めない限り、火星で過ごす人類の明日は無いわ!」
言い切るジャンヌ。
「ムッシュ劉の補給に感謝するわ!直ぐに出撃するからこれからの事については、巨大ワニをやっつけた後でゆっくり話し合いましょう。それではっ!」
そう言うと、小走りでラファール戦闘機へ戻って行くジャンヌ。
「……なんとも騒がしく、けれども頼もしい指導者だ」
呆気にとられつつも感心する劉市長。
「彼の国と友好を深めるのも良いかもしれません。今回の事を考えると対外協力を考えなければいけないでしょう……」
趙隊長が提案する。
「趙隊長の意見に同意する。だが、そうなると、我々をこれまで支援してくれた中華街の大陸派や代々木の同志達が黙ってはいまい。
一歩間違えると代々木上層部に粛清されかねん……」
趙の提案に頷きつつも、悩み始める劉市長だった。
思索する彼の目の前を、着艦フックの役割を果たした水素クラゲがふよふよと空中を漂いながらディアナ号へと戻っていき、補給を終えたラファール戦闘機が再び外輪山上空へと出撃して行くのだった。
☨ ☨ ☨
2026年(令和8年)12月1日午前8時【神奈川県 横浜市中区山下町 横浜中華街『台湾自治区』政務庁舎】
「それで?例の街の場所は代々木に知られたのかね?」
台湾自治区代表の王が傍らに控える部下に問いかける。
「はい。劉市長は新潟の中国大使館勤務時代から中華街(我が国)で大陸派と繋がりの深かった党員でした。
確実に立憲地球党上層部との繋がりがあるでしょう」
部下が明確に答える。
「我妻政権はどう動くのでしょうか?」
王代表に向かい合って座っていた、自由維新党の春日洋一参議院議員が訊く。
春日は情報交換のため岩崎総裁と共に中華街を訪れていたのである。
野党となった自由維新党に霞が関の官僚から毎朝最新情報が届けられる事が無くなった今、岩崎総裁以下幹部は各省庁や各国大使館に情報収集すべく奔走していた。
「あの街は言わば、日本列島各地で行われる裏仕事の元締めが集う場所です」
ソファーに背中を預け、烏龍茶をずずっと啜りながら中空を見つめながら春日に答える王代表。
「あの街には澁澤総理大臣暗殺未遂事件や、イスラエル連邦に唆された立憲地球党がでっち上げたMR(火星鉄道)汚職事件、真世界大戦終盤に内閣法制局へEMP(電磁波攻撃)兵器に関する軍事機密が流出した事件などに関わった工作員が潜伏している可能性は高いでしょう」
「……ほう。そこまでの事件を起こした者達が潜んでいたのですね」
興味深いと関心を示す、自由維新党の岩崎党首。
「故に、あの街の存在が今明らかになるのは都合が悪いのですよ」
渋い表情で答える王代表。
「確かに。政権交代直後に起きた巨大ワニ対応では、アルテミュア大陸西海岸『ニューガリア』への巨大ワニ駆除支援に消極的で見殺しにしているとの批判も根強く、おまけに火星経済防衛協定(MCDA)という対立勢力を生みだしてしまった。
場当たり的な対応は政治素人とも言える新政権への風当たりは、厳しいですね。
過去の左翼政権で悪夢に遭った国民の厳しい目にさらされるのは当然の成り行きでしょう」
王の説明に頷く岩崎党首。
「新政権が直接例の街を封鎖するか、特殊部隊を投入して工作員の口封じに出るかは分かりませんが……何れにしろ『臭いものには蓋』になるのでは」
烏龍茶の入った茶器に蓋をして肩を竦める王代表。
「……おっと、折角の商談の始まりに余計な雑談をしてしまいました。
それで、今日は情報交換以外にもお話があると伺っていますが?」
二人に尋ねる王代表。
「……オンラインゲームに出資してみませんか?」
悪戯っ子の様な笑みを浮かべ問いかける春日だった。
「ほほほ。それはまた唐突ですね……伺いましょう」
目を細めながら微笑むと、岩崎と春日の提案に耳を傾ける王代表だった。
この場に居た全員が、追い詰められた新政権の対応を読み違えていた。




