ラクショウジャネ?
2026年(令和8年)11月30日【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』郊外】
ウラニクス市を囲む外輪山南東側に進出して顔を出した火星巨大ワニの背中にしがみつく瑠奈が目にしたのは、此方へ向け全砲門を向ける我が家=ディアナ号だった。
「うえっ!?ちょっ、タンマ、タイム!待つっス!」
焦る瑠奈。
制止を呼び掛ける瑠奈の叫びも虚しく、ディアナ号から放たれたレールガンや誘導ミサイルの弾幕が巨大ワニ周囲にズズンドカンと着弾していく。
「うひゃぁっ!!」
1発のレールガンが巨大ワニの顔面中央に命中すると、流石に痛かったのかギャウッ!と鳴き声を上げてズルズルと後退っていく。
外輪山縁から離れたためにディアナ号の死角に入る巨大ワニ。
瑠奈もレールガン砲台の直撃が無くなってホッとする。
一方で、瑠奈の乗っている巨大ワニ後ろに続いていた他の巨大ワニ達は、負傷して後退した仲間に目もくれずに外輪山を越えて続々とウラニクス市に向けて斜面を駆け下りていく。
駆け下りていく巨大ワニ群に向けて放たれるディアナ号からのレールガン・ミサイル弾幕は激しさを増し、甲板のVLS(垂直発射筒)から絶え間なく放たれるミサイル噴出煙でディアナ号が包まれていく。
発射されたミサイルは、マスト上の物見櫓に陣取る琴乃羽美鶴の遠隔操作により、正確に巨大ワニの背中へマッハ6の落下速度でほぼ垂直に落下して巌のような巨体を貫いた後、高性能炸薬の炸裂で巨体を細かい肉塊へ変えて大量の土砂と共に空中へ噴き上げていく。
暫く後、恐る恐る外輪山の縁からパワードスーツの顔だけ覗かせて状況を確認する瑠奈。
どうやら瑠奈の乗る巨大ワニ以外は全て殲滅された様だった。だが、再び甲板から発射されたミサイルの束が今度は縁の向こう側に身を隠していた巨大ワニに向けて迫る。
「って!私まで怪獣扱いは酷いっス!」
我に返り、憤慨する瑠奈。
「此処は何としても美衣子姉様達と連絡を取らないと……」
巨大ワニの背中目がけて落下するミサイルをパワードスーツが装備するバルカン砲でバリバリと撃ち落としていく瑠奈。
「もしもし!こちら瑠奈っス!撃たないで欲しいっス!瑠奈は巨大ワニの背中に居るっス!」
バルカン砲でミサイルを迎撃しながら懸命に通信機でディアナ号に呼び掛ける瑠奈。
『瑠奈?そんな所で何をしているのかしら?』
不意にミサイル攻撃が止まると、美衣子の声が通信機から聴こえて来た。
「美衣子姉様!瑠奈っス!可愛い妹っスよ!」
『私に可愛い妹なんていないわ。お転婆で機械の魔改造が大好きで、コーラを飲んでげっぷをする妹しか知らないわ』
必死な瑠奈の呼び掛けに対し、つれない応えの美衣子。
「それ私っス!瑠奈っス!警備隊の乗り物をアレンジして最強の乗り物にアレンジするのが瑠奈の生きがいっス!
さっきまで荷電粒子ランチャーの出力を巨大ワニを程よく温めるレベルまで抑えたっス!
それとコーラだけじゃなくて、キリ〇レモンでもゲップ出来るっスよ?」
よほどミサイルの全力攻撃に懲りたのか、あっさり自らの行状を認め、余計なカミングアウトまでしてしまう瑠奈。
『……正直に白状するわね。なんで巨大ワニの背中に居るの?』
余計なカミングアウトをする妹にちょっとだけ引いてしまう美衣子が、巨大ワニの背中に留まる瑠奈に訊く。
「……へ?それは、振り落とされてワニに食べられない様にするので精一杯というか……んん?背中が揺れていない!?」
美衣子の質問に答えながらふと、パワードスーツの足元を見る瑠奈。
瑠奈が乗っていた巨大ワニは、先程の顔面への一撃が顔面から頭蓋骨に達していたらしく、既に息絶えていた。
『……おかえりなさい瑠奈。お父さんとひかりが呼んでいるから早く此方へいらっしゃいな』
「ぐすっ。ごべんなざぁいいい」
美衣子の呼び掛けに泣きべそをかきながら巨大ワニの背中から降りてディアナ号へ帰還する瑠奈だった。
♰ ♰ ♰
――――――瑠奈の帰還1時間後【ウラニクス市郊外の湖畔】
湖畔に着陸したディアナ号の甲板で満とひかり、美衣子達三姉様、岬、琴乃羽が円陣で今後の打ち合わせをしていた。
ウラニクス警備隊長の趙は、劉市長に報告する為ウラニクス市に戻っている。
「南から襲ってきた巨大ワニ群はこれで退治したけれど、問題は北方クナイカ山地からの群れだね」
腕組みをしてホログラム投影されたリアルタイム映像を視ながら唸る満。
ホログラム映像で確認しただけでも巨大ワニは数十匹にのぼる。
「……これは流石にディアナ号だけで退治するのは無理ゲーですね」「詰んだーっ!」
両手を挙げてあっさりと降参して後ろへバタリと寝転ぶ琴乃羽美鶴と名取優美子。
「ニューガリアからユーロピア軍の爆撃機を呼びますか?」
タブレット端末でユーロピア空軍機の標準爆撃装備を確認する岬。
「普通の通信は未だ復旧していないわ。
マルス・アカデミー通信システムは空爆部隊と細かいやり取りをするにはあまり向いていない仕様よ」
美衣子が首を横に振る。
「じゃあ、ソールズベリー商会はどうですか?あの英国紳士のマルス・アカデミー千石船と共同で爆撃すれば?」
岬渚紗が提案する。
「ソールズベリー商会は現在、ダンケルク宇宙基地周辺で木星方向から飛来するデブリ群の迎撃に追われているわ」
結がタブレット端末の映像を一同の前にホログラム投影する。
火星を背にした衛星軌道上の千石船『大黒屋丸』から矢継早に放たれたレールガンや誘導ミサイルが木星方向から次々と五月雨式に飛来するデブリ群に命中してその場で粉砕するなり、落下軌道を変更させて火星から遠ざけていた。
『大黒屋丸』の周囲には、ダンケルク宇宙基地からスクランブル発進したと思われるF45宇宙戦闘機部隊も展開して『大黒屋丸』が撃ち漏らしたデブリを搭載した改造フェニックスミサイルで迎撃して軌道変更させている。
「木星の異常現象が収まるまでデブリ群の飛来は続くと見るべき」
説明を追加する結。
「あらあら。……とてもこちらに助太刀するのは難しいですねぇ」「……どうしましょう」
おっとりしながらも困り顔のひかりと、天草華子。
「うーん、うーん……あれ?」
流石に万策尽きたと頭を抱える満がふと何かに気付いて顔を上げる。
「時に水素クジラさん。皆さんなら、あの巨大ワニとどうやって戦いますかね?」
先程から少し離れた空中でディアナ号メンバーを見守っていた水素クジラに話しかける満。
『ハテナ?……ラクショウジャネ?』
「マジですか」
さらりと応える水素クジラに驚く満。
『アンナノ、ハサミデチョチョイノチョイ』『電気ショックデ仕留メル』
水素クジラの下に集まっていた水素カニがハサミを振り上げ、浮遊する水素クラゲも触手をくねらせて満達に向け楽勝アピールする。
「……なんか士気旺盛だけどホントに大丈夫かなぁ」
自分で話しを振っておきながら、ノリノリな木星原住生物にちょっと引き気味な満。
「もうっ!あなたが焚きつけたのですから、最後までしっかりしてくださいねっ!ほれっ!」
ひかりが満の背中をバシンと叩いて気合を入れる。
「お、おう!木星の皆さんが助けてくれるなら、数の上でも有利だからいけるか……」
気を取り直した満は、取り敢えず対抗策の検討に入る。
そこへ結がタブレット端末を振りかざしながら背中にエイヤっとしがみ付く。
「お父さん。クナイカ山地のアッテンボローから連絡。『チューブワームの長』とその仲間達と一緒に此方へ合流するみたい」
背中にしがみ付いた結が満の前にタブレット端末を差し出す。
タブレット端末には、空中に浮かぶ巨大なチムニー(煙突)から身を乗り出したチューブワームと素敵な笑顔でポーズを決めるアッテンボロー博士が映っていた。
アッテンボローの周囲には多数の水素カニと思われるハサミや水素クラゲの傘が見え隠れしている。
「……アッテンボローさん、何やってるんですか」
動物と戯れるのが大好きな某動物王国を統べる主の如く、キャラが変わりゆくアッテンボロー博士を遠い目で見てしまう満。
「……何はともあれ、これで巨大ワニを迎え撃つ事が出来そうだね。後は作戦次第だね」
いろいろと想定外の事態になりつつあるが、木星原住生物の協力も得て何とかなりそうだと自信を付けた満は、ひかりや岬と共にウラニクス市周辺の地図とにらめっこしながら、作戦を立案していくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・琴乃羽 美鶴=ディアナ号生物調査・通信担当。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。言語学研究博士だが、少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。




