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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 火星新大陸
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政務隊員

2026年(令和8年)11月30日【火星衛星軌道 第2衛星ダイモス 日本国航空・宇宙自衛隊『ダイモス宇宙基地』】


「AWACS(早期警戒管制機)からレーザー通信のデータ届きました。アルテミュア大陸中央部で複数の大型地上移動物体を探知。IFF(敵味方識別信号)有りません」


「未確認移動物体を地上UFOと呼称。ダンケルク宇宙基地と情報連携しますか?」


 非常電源に切り替えられた赤く小さく灯る照明に照らされた司令部でオペレーターが報告し、情報将校が当直司令に指示を仰ぐ。


「……ダンケルクと情報連携はしない。

 ……我が国は地球連合防衛条約から離脱している。よって、列島各国とのGSOMIA(軍事情報保護協定)も自動的に破棄されたと判断される。

 それよりも、地上UFOの捕捉を続行。市ヶ谷本省には緊急レーザー通信報告だ」


 少しだけ躊躇した後、独自行動を選択する当直司令。


 指示を受けた通信オペレーターが東京市ヶ谷の防衛省本省へ緊急電をレーザー通信で発していく。


「……アルテミュア大陸中央?あそこは未だ人の手が入っていない未開拓地域の筈だが?」


 慌ただしく市ヶ谷本省とAWACSとの通信に追われるオペレーターの背中を見つめつつ、思案気に首を傾げる当直司令。


 アルテミュア大陸中央部はマルス・アカデミー研究施設が在る他は大半が未開拓地域であるとの認識が彼にはあった。


 故に、数時間前に首相官邸の意向として防衛省本省が秘密電で通達してきたアルテミュア大陸中央部偵察強化の意図が彼には理解出来なかった。


「司令官閣下。私は此処へ来る直前、代々木の党本部でアルテミュア大陸中央には『非合法人類都市』が存在するとブリーフィングを受けています」


 思案に耽る当直司令に、彼の背後に立っていた司令部付き政務隊員が司令席に近づくと小声で囁く。


「非合法!?一体何処の勢力だ?」


「……噂では日本国を1つの思想のもと統一させる目的の組織が本拠地にしているとか……」


「カルト教団か!?奴らまた霞が関で毒ガスをばら蒔くつもりなのか!?」


 1995年にオウム真理教が起こした世界初の地下鉄サリン・テロ事件当時、市ヶ谷防衛省本省の作戦指示で習志野駐屯地で教団の武装蜂起に備えた非常呼集の際、入隊以来初めて「戦死するかもしれない」と緊張した経験を思い出し動揺する当直司令。


「あくまでも噂です。……落ち着いてください司令。部下の皆さまの注目を集めてしまいますよ?

 この問題については、もうすぐ代々木の党本部から新しい指示が来ますので」


 当直司令の胸中を知らず、予想以上に動揺する当直司令を目の当たりにすると慌てて宥める政務隊員。


 当直司令の前で対応に追われる隊員達は此方に振り返っていないものの、明らかに当直司令と政務隊員の会話に聞き耳を立てていた。


「む、動きが早いな。うち(自衛隊中央情報隊)よりも早いとは嘆かわしい事だ」


 政務隊員の言葉に我を取り戻すと、頭を振って嘆息する当直司令。


「だが、君。代々木の党本部からの指示を私に伝えるだと?

 軍事組織の命令系統は常に1つであるべきで、それは市ケ谷の防衛省本省からの指令だ。

 ……君の立場を否定するつもりはないが、他の隊員への手前、発言は慎重にしてくれたまえ」


 政務隊員に注意する当直司令。


「心外ですね。当直司令こそ、シビリアン・コントロール(文民統制)をご存知無いのではありませんか?」


 肩を竦め、皮肉げに口元を歪める政務隊員。


「君こそ考え違いをしているのではないかね?

 君の言動は、軍事を知らぬ素人が介入して作戦行動を脅かす事以外の何物でもない。軍事行動に支障が生じた場合、君に責任は取れるのかね?」


 政務隊員に鋭く応える当直司令。


 自由維新党からの政権交代直後、左翼性向の強い立憲地球党肝いりで急遽導入された『政務隊員』というシステムは、旧ソヴィエト軍における「政治将校」と同じ位置付けであると古参自衛官の当直司令は半ば本能的に確信していた。


 前線に於ける純粋な軍事行動を、政治的動機によって歪めた結果、作戦行動に支障を生じさせかねないこのシステムの定着を自衛隊制服組は恐れ、警戒していた。


「今は火星全域が木星からの電波バーストによる影響を受け非常事態だ。アルテミュア大陸中央で目撃された火星原住生物発見と討伐が本省から下された最優先任務だ。指揮権は譲れん!」


 政務隊員に釘を刺す当直司令。


「司令!AWACSから緊急。赤外線探知システムの反応が大幅低下。大型地上移動物体をロスト!」


「センサー探知は?」

「未だ木星方向からの電波バーストにより通信はホワイトアウト!」


「アルテミュア大陸中央部で複数の低気圧が急速に発達中。

 ……まるで巨大台風集団が一瞬で現われたかのようだ」


 通信オペレーターと情報将校が忙しなく対応に追われていく中、司令部に一人の政務隊員が入室すると、慇懃に当直司令に敬礼をする。


「司令官閣下。代々木の党本部から最優先指示です」


 にこりともしない無表情で一枚の紙片を差し出す政務隊員。


「……先ほども言ったが防衛省本省の通達以外は受け取れん」


 紙片の受け取りを拒否をする当直司令。


「我らシビリアン(文民)のアドバイスを聞かないのですか?」


 政務隊員が半ば脅す様に訊く。当直司令の間に緊張した空気が流れる。


 そこへ新たな通信が司令部に入電する。


「市ヶ谷防衛省本省の総合司令センターから非常レーザー通信による電文です!」

「構わん。その場で読みあげろ」


「防衛大臣発、非常特務42号。

 ”火星原住生物対応については立憲地球党代々木党本部のアドバイスを尊重されたし。”以上」


「なんだと!?」「そんな馬鹿な!」「命令系統はどうなる!?」


 通信オペレーターが電文を読みあげると、政務隊員を除く司令部付き隊員に動揺が走る。


「……了解した。

 それで?シビリアンの代表たる政務隊員殿のアドバイスを聴こうじゃないか、同志?」


 皮肉気に答えると政務隊員が差し出す紙片を受け取る当直司令だった。


 15分後、日本列島上空の静止衛星軌道上に展開していた日本マルス交通と経済産業省が共同運用していた6基の太陽光発電・無線送電衛星からなる『アマノハゴロモ』システムは、ダイモス宇宙基地からレーザー通信で発せられた緊急コードを受信した。


 6基の太陽光発電・無線送電衛星は日本列島へ無線送電する通常モードを停止して静止軌道を離れると、姿勢制御用バーニアを噴射してアルテミュア大陸中央部上空へ移動して送電アンテナを地上のとある一点へ向けるのだった。


 政務隊員が当直司令に差し出した紙片には、地上のとある一点である裏人類都市『ウラニクス』の座標が記されていた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m

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