食欲
2026年(令和8年)11月29日【裏人類都市『ウラニクス』から南方5kmの荒野】
怪し気に輝くオーロラの下、漏斗状に渦巻く雲海に包まれていくウラニクス市から充分離れた荒野に瑠奈を乗せた通称”ワームバスター”と呼ばれる垂直離着陸機WB23Pが着陸する。
「ちゃちゃっと済ませて晩ご飯に間に合わせるっス!」
ワームバスターから瑠奈の操るパワードスーツが降りると、直ぐさまハイスペック荷電粒子ランチャーをパワードスーツの肩に担ぎ上げ、視界の彼方に在る岩山に狙いを定める。
「照準固定。……エネルギー充填120パーセント。荷電粒子ランチャー、ファイエル!っス」
ちょっと気分が高揚し、何処かの銀河帝国軍提督に成りきった瑠奈がトリガーを引く。
ブーンと鈍い振動音と共に、緑色のスパークを放ちながら遠くの岩山まで赤みがかった光線が荷電粒子ランチャーから一直線に伸びていく。
やがて岩山に到達した光線は岩山を暖かく包み込むと、歓喜の雄たけびを上げた岩山の様な巨大ワニ群が光線の源を目指して動き始めるのだった。
――――――ナンカアタタカイナ。
火星アルテミュア大陸極北地下に広がる、二酸化炭素でできたドライアイスと地下水に満たされた空間で育った火星原種ワニは、今まで感じた事の無い、身体全体がほのかに熱を帯びて温かく包まれるような快感に酔いしれていた。
――――――暗ク寒イトコロハ嫌ダナ
時折、眩暈と共に光に包まれた瞬間、頭上を覆わんばかりに広がる異様なマーブル柄の惑星を仰ぐ極寒の大地に放り出され、アンモニアの強烈な臭気と霧のように立ち込める水素に視界を奪われたまま、あてもなく見知らぬ大地を彷徨い、空腹を紛らわすために空を漂う魚肉に喰らいつく事もあった。
――――――ヤハリ此処ガ落チツク
見知らぬ大地と火星アルテミュア大陸極北地下を知らぬ間に行き来して育った火星原種ワニは、木星原住生物を喰らって充分な栄養を造り出して巨大化していった。
先程も見知らぬ大地からこの落ち着く大地へと戻ってきたのだが、少し前から新しい栄養源として小さいながらも魅力的な匂いのする生物を好んで食していた。この小さいが魅力的な食物は、恒に熱を持って温かく、噛みしめると温かい肉汁が口中に拡がるのだ。
――――――小サキモノヲモット食ベタイ
温かみを感じた巨大ワニは食欲を思い出すと、温かい光の元を目指して動き始める。
♰ ♰ ♰
――――――【裏人類都市『ウラニクス』から南方5kmの荒野】
「うぇぇっ!?岩山が動いたっス!」
荷電粒子ランチャーの標的がにわかに動きだした事に驚く瑠奈。
「しかも此方へ近付いているっス!?仕留めないとっス!」
荷電粒子ランチャーを岩山から外す事無く、照射し続ける瑠奈。
「効き目がないっス!近付くスピードが上がっているっス!出力アップっス!」
強力に照射し続ければし続ける程、何故か歓喜の雄たけびを上げて接近速度を増していく岩山。
「不味い拙いっス!晩ご飯どころか、しばらくお仕置き部屋拘禁の可能性すら……」
予想される事態に顔を青ざめさせていく瑠奈。
「此処は姉妹愛に縋るっス!」
藁にも縋る思いで姉・美衣子に連絡を入れる瑠奈。
『あら瑠奈?どうしたの?また山や湖でも吹き飛ばしたの?』
背後が騒めいているが、冷静な美衣子の姿が瑠奈の前に投影されたホログラムに現れた。
「美衣子姉さま、助けて欲しいっス!」
両手を拝むようにして美衣子のホログラムに縋りつく瑠奈。
『……全く。またやらかしたのね?で、どうしたの?』
軽くため息をつく美衣子。
「……試し撃ちをしていたら岩山が動いて近寄って来たっス!」
バチバチと紫電を纏い、歓喜の雄たけびを上げて迫りくる岩山のような火星巨大ワニを指さしながら美衣子に説明を始める瑠奈だった。
♰ ♰ ♰
――――――満達大月家一行と木星原住生物とのセカンド・コンタクト少し前
【太陽系第5惑星『木星』大赤斑表層から750Km上空 木星探査船『おとひめ』】
「それでは、華子や名取さんは無事だという事ですねっ?」
ホログラム映像にもかかわらず、相手につかみかからんばかりの形相で迫る天草治郎JAXA理事長。
『……ええ、そうです。ソールズベリー商会からの連絡で、天草華子さんと名取優美子さんは無事「火星アルテミュア大陸」にいる事が確認されました。
……ついでにかなりの数の木星原住生物も火星へ移動していたようです』
ホログラムでありながら、迫りくる迫力に若干気押され気味となるマルス・アカデミー先遣隊のリア隊長。
「……よかった~本当に。感謝しますリア隊長」
心から胸を撫で下ろす天草。
「イオの大噴火直後から通信異常で何処とも連絡が取れなかったので、華子達の消息さえも確かめる術がなかったものですから……」
苦笑する天草。
『これほど大規模かつ長時間の通信障害は稀ですからね。
現在、マルス=火星との連絡は我々マルス・アカデミーの通信システムでのみ可能です。火星衛星軌道上に居るソールズベリー商会が火星シドニア地区のアカデミー施設を稼働させて火星日本列島、衛星軌道上の宇宙基地、私達第5惑星派遣船団を結んでいる状況です。
電磁波を利用した地球人類の通信システムは、第5惑星からのイオン粒子によって今も阻害されて使用不可能です』
『この第5惑星を起点としたエネルギーバランスが歪んだ場合、何かしらの影響が周辺宙域に生じたとみるべきなのでしょう』
リアが頷く。
「……やはり、岬渚紗教授が言っていたワームホール理論が木星と火星の間で実現していたという事ですね」
冷静さを取り戻した天草が呟く。
『そう考えるのが自然な流れというものでしょう。ですが、このままの状態が長引くのは近隣惑星までもが異常現象を連鎖して引き起こしかねませんから沈静化させねばなりません』
「この異常現象のどこから手を付けるのですか?」
『沈静化の方法は2つあります。
一つ目は、衛星『イオ』の巨大噴火で生じた噴煙を衛星内に閉じ込め、第5惑星の水素大気と接触させないことで大量のイオン粒子生成をストップさせる。
二つ目は、『イオ』の巨大噴火を原因となる衛星間の潮汐効果で生じるエネルギーを『イオ』以外の場所で放出させる、ですね』
「……壮大な話ですね」
想定の埒外になりかねないスケールに少々惚け気味となる天草。
『規模は多少大きいかもしれませんが、星系一つをコピーしてオブジェクト化させ外宇宙探索拠点とするプロジェクトに比べれば、実行難度はそれほど高くはありません』
事も無げに言い切るリア。
「……いずれ地球人類もその境地に達してみたいものです。それで、どのくらいで沈静化が収まりますか?」
『作業船団を『イオ』周辺に展開させつつ、2つのプラン遂行について最短で実行可能なものを比較検証していますが、おそらく72時間はかかりますね』
『いずれにしろ、第5惑星の問題は第5惑星に帰結する形で収めるのが最善です。
火星に出現したジュピターの子供達である知的原住生物も速やかに元の環境へ戻すべきなのですよ』
決然と話すリア隊長だった。




