闖入者達【後編】
2026年(令和8年)11月29日午後3時【火星アルテミュア大陸中央北部 クナイカ山地】
「いやぁ、助かりました。感謝します」
頭上で目まぐるしく色合いを変えていく怪し気なオーロラの下、先ほどから低く渦巻く雲が垂れ込めた湖畔で、ホッと安堵のため息を吐くアッテンボロー博士。
『キニスルナ。トオリスガリダ』
男前に謙虚な返事をするチューブワームの長。
「まあ、通りすがりと仰っても貴方は動いていませんけどね」
苦笑するアッテンボローが周囲を見渡す。
その場所は、アッテンボローが湖畔で巨大ワニに襲われた場所から微塵も離れてはいなかった。
あの時、巨大ワニのあぎとがアッテンボローを頭から喰い千切ろうとした刹那、巨大ワニの横っ面にチューブワームの長が渾身の体当たりをかましたのだから。
不意討ちを食らった巨大ワニ群は、本能的な危機回避能力に従って早々に湖畔から離れ、南の荒野へと逃走したのだ。
そして湖畔に出現した水素金属で出来た巨大煙突から身を乗り出す、全長200m以上あるチューブワームの長とアッテンボローは対話しているのだ。
「さて、当面の危機は去りましたが、どうしたものか……」
途方に暮れるアッテンボローの前には、ハテな?と首を傾げるチューブワームの長と、それに付き従うかのように続々と湖水から現れ続ける巨大なカニやクラゲが蠢いてアッテンボローに注目していた。
『……レア・ポ◯モン?』
湖岸に辿りついたばかりの水素カニがアッテンボローを見てポツリと呟く。
「違うっ!そっちこそレア・モンスターだろっ!?」
生命の危機が回避され心から安堵したアッテンボローには、大人気ゲームのネタを振られてもキチンと突っ込む冷静さを取り戻していた。
「巨大ワニは見つけましたが、新たな生命体との遭遇は……些か想定外の度を越えていますね」
そう呟くと、首都ニューガリアのジャンヌ首相とディアナ号の満に連絡を取ろうとするアッテンボローだった。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』南東250km ラベアディス地溝帯】
巨大ワニは、アルテミュア大陸中央部各地に出現していた。
魔改造されたミル25メガ・ガンシップを悪戦苦闘しながら乗りこなしてウラニクス南方上空を哨戒活動だった趙も、この異常な生物を発見する。
「……あの怪物が”客人大月”の言っていた、火星巨大ワニという奴か」
200m上空から目を細めながら、岩山のような背中からバチバチと紫電を放つ巨大ワニを凝視する趙隊長。
かつて河川や湖沼が存在した名残を残す、荒れ果てた地溝帯に出来た直径100m程の窪みから這い出した巨大ワニは、僅かに頭上に立ち込めてきた雷雲に目を向けると、北へ向けて動きだすのだった。
「隊長。奴は北へ向かっています」
「……分かっている。それより、高度を落とすなよ?あの紫電に撃ち落とされそうだからな。
しかし不味いな……その先には私達の街がある。瑠奈嬢の魔改造ビーム兵器を取り外したのがこんな所で裏目に出るとは……」
危機感を募らせる部下に応えつつ、今この時に使える武器が無い事に後悔する趙隊長。
「市長に緊急通信。『南方ラベアディスで巨大ワニ発見。北へ進行中』」
「通信障害が発生中。通信送れません!」
「何だと!ならば全速力で帰投するまでだ!」
ハコフグの様な機体に似合わず、両側面のターボエンジンを全力で後方に向け、急加速して北上するミル25・メガガンシップだった。
♰ ♰ ♰
――――同日午後4時30分【火星アルテミュア大陸西海岸人類都市『ニューガリア』から500Km南方 マリネリス海溝上空】
「こちらヴァルキュリア1。迷子発見」
超大型コンテナ船を発見したラファール戦闘機を操る女性パイロットが、衛星に代わり航路誘導及び通信中継任務のために出動したAWACS(早期警戒管制機)に報告する。
火星日本列島の横浜港を出港した超大型無人コンテナ船は、目的地であるアルテミュア大陸西海岸ニューガリアまで20時間という所で、ナビゲーション衛星からの無線誘導システムが突然機能しなくなり、現在位置を中心に緩い弧を描く形で自動旋回していた。
「まったく。私のラファール戦闘機は迷子の道案内じゃないのだから!」
ラファール戦闘機の女性パイロットは、ややご機嫌斜めのジャンヌ・シモン首相である。
「大体、こう言う事はジョンブル共(英国連邦極東)の担当でしょうに!」
『……英国連邦極東海軍は既にニューガリアへ向かう船舶の大半との接触に成功、人員を乗り込ませての手動航行に切り替えています』
ジャンヌ首相の憤りに答える早期警戒機の管制官が、苦笑気味に答える。
『ジャンヌ少佐。今はともかく任務に集中してください。
コンテナ船の中身は我が国の国民が半年は食い繋げる食糧品ですから。間も無く目標上空です。ドローン梱包ポット投下スタンバイ』
「りょーかい。『パンが無ければお菓子を食べれば良い』なんて事言わないわよ、私は。目標上空!投下!」
ラファール戦闘機から投下されたドローン梱包ポットは、コンテナ船上空でパラシュートが開き、ゆっくりと降下していく。
やがて降下中に梱包ポットが起動すると、無人航路誘導ドローンとして航路データをコンテナ船に送信し続ける。
ゆっくりと回頭して再び舳先をニューガリアへ向けて航行を再開するコンテナ船を見下ろして安堵するジャンヌ首相。
「この船はもう大丈夫ね。次は?」
『東150Kmに鋼板を積んだ台湾自治区の貨物船が漂流中です』
管制官の返答を聞くと、翼を翻して東に機首を向けるラファール戦闘機。
「これ以上の面倒事はごめんだわ」
『……ご希望に添えず申し訳ありません。アルテミュア大陸中央部からマルス・アカデミー通信システムによる緊急通信です。……クナイカ山地で巨大ワニが発見されました』
「何ですって!直ぐにこの任務を終わらせてニューガリアへ帰投して補給よ!」
アフターバーナーを煌めかせ、東へ急ぐラファール戦闘機だった。
† † †
―――同日午後4時40分【火星衛星軌道上 第1衛星フォボス 英国連邦極東・ユーロピア共和国共同宇宙基地『ダンケルク』】
非常警報が発令された事を示す赤色灯が点滅する司令センター内のメインスクリーンには、数十個もの明るく表示された光点が火星に急速接近していた。
「この前とは比較にならん。何が起きた!?情報将校!」
顔面蒼白となった当直司令が、目の前のレーダー担当オペレーターに張り付く情報将校に報告を求める、
「外宇宙警戒レーダーが多数のデブリ探知!50以上。後続が尚も木星方向から接近中。15分後に大気圏に突入します」
レーダー画面を凝視したまま、顔を後ろに向けずに声を上げて報告する情報将校。
「三鷹天文台のスペース・ガードと日本自衛隊ダイモス基地に緊急警報!」
直ぐに指示を出す当直司令。
「通信不能です!木星から飛来した大量のイオン粒子が衛星軌道から火星大気圏上層部にまで到達しており電離層が乱れています!現在、火星全域で通信障害発生中!」
冷や汗を拭う暇も無い程、忙しなく各種コンソールを操作しながら通信オペレーターが報告する。
「デブリ群のスピードでは、今からF45戦闘機をスクランブルさせても迎撃が間に合いません!」
作戦将校が司令に報告する。
「……何という事だ」
呆然とする当直司令。
「司令!宇宙ドックで補給中だったソールズベリー商会からです」
別の通信オペレーターが内線電話を当直司令に繋げると、ゆったりとした口調の英国紳士が司令に語りかける。
『お困りの様ですな司令?状況はこちらでも確認しております……。
我がソールズベリー商会は、マルス・アカデミー製多目的船舶を所有しております。通信設備もマルス・アカデミー技術を備えています。偶然、こちらで補給をしておりましたが……私共に御用はありませんか?』
「……女王陛下の代理人として、サー・ソールズベリー卿に依頼する。
この危機から火星人類生存圏を救ってもらいたい……」
覚悟を決め背筋を正すと、毅然とした口調で依頼する英国連邦極東軍の当直司令だった。
「……謹んでお受けいたします。
クリス。マルス・アカデミー通信システムを使ってシドニア地区研究所を経由して日本列島へ緊急通信だ」
「いえっサー、マスター。稼ぎ時ですね」
当直司令に優雅な会釈すると、相棒のマルス・アンドロイド少女クリスに指示を与えていくソールズベリーだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・ソールズベリー=多国籍多目的企業「ソールズベリー・カンパニー」社長。元英国連邦極東外務大臣。クリスを引き当てた事で独立起業した。
イラストは七七七 様です。
・クリス=ソールズベリーの助手。大月家結婚披露宴の大ビンゴ大会で賞品としてソールズベリーが引き当てたマルス・アンドロイド。
イラストは七七七 様です。
・趙=劉市長の副官であり、ウラニクス警備隊隊長。元中華人民共和国人民解放軍特務部中尉。




